37:盾の話
結局、ジュリアスはギルバートを置いて帰ってしまった。
待たされるユイが可哀想なので、トウカは何とかして、隅でキノコ栽培に勤しむ主人を部屋から追い出さねばと考えていた。
「結局、何の用でこちらに?」
ジュリアスが仕事の代わりに置いていった事件の報告書に目を通しながら、面倒くさそうに声をかける。
しかし反応がない。
トウカは報告書にサインをして、ファイルをベッド横のテーブルに置と、ふぅ、と呆れたように息を吐いた。
「用が無いなら帰ったらどうです?」
「…用ならある」
「なら要件をどうぞ?」
「見舞い。見舞いに来た」
「見舞いに来た人の距離感ではありませんが」
見舞いに来たにしては明らかに距離が遠い。
部屋の隅で、飽きずに膝を抱えて丸くなったままの主人を見る。
よく見ると、彼の目の下には少しクマができていた。
「殿下、寝れてますか?」
「…問題ない」
「眠れないようなら、ユイにカモミールティーでも入れてもらってくださいね」
「…ん」
相変わらずよく気がつく侍女だ、とギルバートは思う。
彼は大きくため息をついて、自分の膝に顔を埋めた。そして、ボソボソと呟く。
「お前に近づきたい」
「どうぞ?」
「でも出来ない」
「は?」
トウカは思わず怪訝な顔をした。
ベッドの隣には見舞客用の椅子が2脚置いてある。別に座る場所がないわけではないし、個室だから話し声を気にする必要もない。
寧ろ会話するなら近い方が声量も抑えられる。
それなのに近くに寄ることを拒否する彼を見て、また要らぬ事を気にしていそうだ、とトウカはため息をついた。
「どうしたの?って聞いてほしいんですか」
「聞いてほしい」
そこは素直だ。しかし、鬱陶しい。
「どーしたんですかー?」
トウカは面倒臭そうにしながらも、一応聞いてあげた。
ギルバートは俯きながら、例え話をし始める。
「例えば今、俺がお前の側に行くとする」
「はあ…」
「その時に窓から槍が飛んできたら、お前はどうする?」
「どうするって…。状況がよくわかりませんが、とりあえず殿下を庇うと思いますけど」
「自分を盾にするのか?」
「そうですね。必要とあれば」
「では、やはり近くには行けない」
何となく、彼が何を気にしているのか察したトウカは、めんどくさそうにため息をついた。
そう、彼は『あの時フィオナを庇おうと自分が前に出なければ、トウカが傷つくことはなかった』と考えているのだ。
しかし、もう終わったこと。そんなもの考えても仕方がない。
「確かに、フィオナ・モートンを庇おうと、前に出た貴方の行動は褒められたものではありません。けれど、それと私の怪我は関係ありませんよ?」
トウカは少し呆れたように言う。
「…お前の怪我は俺の責任だ」
「私の怪我は私の責任です」
わかりやすく落ち込んでいるギルバートだが、トウカは別に、彼に気を使わせまいと言っているわけではない。
事実、彼女の負傷は別に彼のせいではないのだ。
確かにあの瞬間、トウカはギルバートを守ろうとして彼の手を後ろに引いたが、そこで終わっていれば良かっただけの話だ。
フィオナを庇うように前へ出たのは彼女の判断。故に今回の負傷も彼女の責任だ。
そのことを説明し、
「だから、別に気にしなくてもいいんですよ。そんな事」
と、トウカは優しく微笑みかけた。
しかし、それが彼を怒らせる。
「『そんな事』じゃ無い!!」
ギルバートは声を荒げ、立ち上がった。
「何針縫ったと思ってる!?白いはずのシャツは血で赤く染まっていた。ここに着くまでずっと意識はなく、顔色はどんどん悪くなるし、体はずっと震えていて…!その後もなかなか意識を取り戻したという連絡が来なくて…、俺がどれほどっ…!」
言葉に詰まったギルバートは、俯きながら唇を噛み締める。拳を強く握りすぎているのか、その腕は震えていた。
学園を出た後、ギルバートはトウカを抱きしめたまま病院に飛び込んだ。
だが、医師に彼女を引き渡したところで、ギルバートは城へと帰されてしまった。
翌日、意識が戻ったと連絡を受けるまでの時間は、彼にとって途轍もなく長い夜に感じられた。
自分を庇い、自分の友を庇い、そのせいで大事な人は大怪我を負った。なのに、自分はその人が目を覚ますまで側にいることすら出来ない。
立場上仕方がない事とはいえ、ギルバートはそんな自分が悔しかった。そして、その事実は彼の心に深い闇を植え付けた。
「…『そんな事』じゃない。失うかと思ったんだぞ」
ギルバートは力なく言う。
「この程度では死にませんよ…」
「そんな事、わからないだろう!」
キッと自分を睨みつけ、苦しそうに言うギルバート。
その姿にトウカは、流石にやらかしたと深く反省した。
(…思っていた以上に心配をかけてしまったらしい)
トウカは、ギルバートがここまで気にしているとは思っていなかった。
何故なら、仮にギルバートを庇って負傷していたとしても、彼に責任などないからだ。
臣下として、王太子であるギルバートを守るのは当然のこと。まして今回は、そもそも彼を守っての負傷ですらない。
だから、そこまで気にしないだろうと思っていた。
しかし、その辺りのことを彼は割り切れていなかったのだ。だからこんな風に怒る。
トウカは決して、ギルバートの複雑な感情を理解出来ないわけじゃない。
だが、それでも彼女は毅然とした態度で言わねばならない事がある。
「殿下、やはり『そんな事』です。私は護衛騎士ではありませんが、有事の際は殿下の盾となるよう指導を受けています。間違っても貴方の後方に下がる事はありません」
ギルバートは王族。守られるべき立場。
対するトウカは伯爵令嬢だろうと彼の従者。側仕えとして、彼を守る立場にある。
ギルバートはそれを理解しなければならない。
「ご心配をおかけした事は謝ります。ですがもし、また今回のような事が起こり、その時殿下の身に危険が及んだ場合には、私は迷う事なく盾になります」
「だから、俺はそれが嫌なんだよ!」
「ならば私を側仕えから外せば良い。そうすれば貴方の憂いは解消されます」
「…っ!」
トウカは、しっかりとギルバートを見据えて言い放つ。
ギルバートは彼女の正論に何も言い返せない。
彼女に守られ、彼女を盾にすることを嫌がるのならば、側に置かなければ良いだけの話。
手離せない癖に守られたくはないと主張をするのは、ギルバートのワガママにしかならないのだ。
もちろん、トウカを『守られる立場』にする方法もない訳ではないが、彼女はそれを受け入れる気が無いので口には出さない。
ギルバートはそのまま押し黙ってしまった。
病室に重い空気が流れる。
長い沈黙の後、居心地の悪いトウカはボソッと呟いた。
「終わったことを、ウジウジウジウジ。鬱陶しい」
さすがのギルバートもこの発言は流せないのか、怒りで顔が火照る。そして険しい顔でトウカを睨みつけた。
「おまっ!俺はお前を傷つけたくないから!」
「傷つけたくないなら傷つけないでください」
「はあ!?」
「私は今、貴方のせいで傷ついてます」
「…は?」
ギルバートは怪訝な顔をする。
トウカはジッとギルバートを見つめて、
「遠い」
と見舞い用の椅子を叩いた。
「見舞いに来たと言うくせに遠くて寂しいです。傷つきました。責任とってください」
「おま…それは狡いだろう!」
「狡くて結構。見舞う気がないのならどうぞお帰りください?ユイが待っています」
入り口を指差しながら、絶対に心にも思っていなさそうなことを何食わぬ顔で言う彼女に、ギルバートは複雑な心境になる。
自分の物になる気などないくせに、自分の恋情は利用してくる。
「下衆い。下衆の極み」
「なんとでもどうぞ?」
しかし惚れた弱み。ギルバートは渋々近づき、椅子に腰掛けた。
トウカは満足気に隣のギルバートを見る。
最近してやられていたので、これは意趣返しだ。
そんなトウカに、ギルバートはブスッとした顔で聞く。
「傷は残るのか?」
「まあ残るでしょうね、結構深いし」
「なんでそんなアッサリしてるんだよ。嫁入り前の体だぞ」
「嫁に入る事がないので問題ありませんよ」
トウカは笑顔で答えた。
ギルバートは、いつか嫁に入らざるを得ない状況を作ってやると心に誓った。
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