35:学園の開放日(6)
しばらくすると、医務官を連れたギルバートが戻ってきた。
「トウカ!医務官を連れて…、 え?」
走ってきたギルバートは、久しく会っていなかった叔父の姿に足を止める。
「…お、叔父、上?」
「久しいな、ギルバート」
不敵な笑みを浮かべるハルト。一瞬呆けていたギルバートだが、彼のその表情にすぐ我に帰り、彼を睨みつけた。
「何故ここにいらっしゃるのですか?」
叛逆を企てていると噂の叔父が目の前にいる状況に、ギルバートはいつになく殺気立つ。
「そう睨むな。学園長に用があっただけだ。他意はない」
「本当ですか?」
「信用ないなぁ。まあ別に構わないけれど」
ハルトはそう言って肩をすくめた。
そして、視線を甥の傍にいる侍女へと移すと、クスッと笑った。
「私のことよりも、今はそこの彼女を手当てする方が先じゃないか?ひどく顔色が悪い」
ギルバートはハッとして、トウカの方を見た。
彼女は化け物でも見たかのような表情をしており、今にも倒れそうだった。
「この場は一旦私が預かろう。ギルバート、それで良いか?」
「…お手数をおかけします。叔父上」
ギルバートは軽く頭を下げ、この場をハルトに預けた。
そしてトウカを治療できる場所へ連れて行こうとする。しかし、彼女はギルバートの声が聞こえていないのか、動こうとしない。
「トウカ、立てるか?手当てを…。トウカ?」
トウカはおそらく、主人が戻ってきていることにすら気がついていないのだろう。
彼女の視線はずっと、王弟ハルトに向けられていた。
ハルトは動こうとしない彼女にゆっくりと近づくと、その白い髪を優しく撫でた。
「早く手当てをしなさい。別に君をどうこうしに来たわけじゃないよ。今回はね」
トウカはその手を思いっきり払う。
ジュリアスが同じことをした時以上に強く。
「触らないで!」
彼女はかつてないほどの殺気を放ち、明確にハルトを拒絶した。
怪我のせいなのか、それとも恐怖心からなのか、顔は青ざめ、その体は小刻みに震えている。
「ト、トウカ?」
相手は王弟だ。この行動は不敬に当たる。いくら王の寵臣といえど、許されない。
自分に対してそれをするのとは訳が違うのだ、とギルバートはトウカを諌めた。
しかし、当のハルトは嬉しそうな顔で今度は彼女の頬へと手を伸ばす。
「そんな顔をするなよ。お前と私の仲ではないか」
「…え?」
ギルバートはその発言に大層驚いた。
彼は、二人に面識があった事を知らない。
何故なら、トウカが城へ上がった頃に叔父は表舞台から姿を消したからだ。
その頃からずっと、王宮にも近づいていないし、住んでいる場所は王都の外れにある邸宅。 職場は主に軍部であり、王宮に足を運ぶことはほとんどない。
そして何よりトウカは、城へ上がってすぐの頃から王太子付きの侍女。ギルバートの側にずっといた。
(…顔見知り、なのか?)
それにしては険悪な雰囲気だ。
彼女の目には明らかに憎しみが浮かんでいる。
「その敵意むき出しな目、懐かしいね。あの時と同じだ」
彼がそう言った所で、トウカは意識を手放した。
***
結局、気になることは山ほどあったが、ハルトにその場を引き継いだギルバートはトウカを担ぎ上げ、医務官とともに急いで車へと向かう。
駐車場の近くでできている人だかりを掻き分け、ユイが待機している車のドアを勢いよく開ける。
「トウカ様ぁ」
半泣きのユイと医務官にトウカを預けると、自分も乗り込んだ。
「急ごう」
そう車を出すよう指示を出した所で、外から声を掛けられた。
ギルバートは思わず舌打ちをする。苛立ちながら扉を開けると、そこには血色の悪い顔をした聖女の姿があった。
「あ、あのギル!私…」
「まだ帰っていなかったのか、フィオナ。事情聴取は後日だと言われただろう。沙汰は追って伝える」
「あ、いえ。そうではなくて…」
「屋敷まではクリスの家の車で送ってもらえばよい」
「違うんです…。あ、あの、私、トウカさんが心配で…」
「…心配?」
その言葉に、ギルバートの眉間のシワはぐっと深くなる。
「今日はもうゆっくり休め」
彼は『心配しているのなら引き止めるな』と怒鳴りたくなる気持ちを抑え、そう冷たく言い放つと、激しく音を立てて車の扉を閉めた。
そしてすぐ病院へと向かう。
「どうしよう…嫌われちゃったかな…」
フィオナの頬には一筋の涙が流れた。
彼女を見る彼の目に、僅かに蔑みの感情が浮かんでいたからだ。
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