22:王太子の妻
今朝、「初恋は叶わない」宣言をされて以降、ギルバートはトウカと碌に話していない。
中途半端な時期の編入で手続きに不備があったらしく、そのせいで今は忙しいそうだ。学園では休憩時間の度に姿を消していたし、帰りも先に帰るよう促された。
避けられてはいないと信じたいが、何だか気まずいから避けられているのならそれでも良い気もすると、ギルバートは悶々としていた。
そして、そんな息子の心境を知ってか知らずか、父王エドワードは彼を自身の執務室に呼び出していた。
コンコンと扉を叩く音に応え、エドワードは入室を許可する。
「失礼します」
神妙な面持ちで入ってくるギルバートに対し、エドワードは揶揄うように尋ねた。
「ギルバート、お前今日振られたらしいな」
入室して早々にぶっ込んできた父。
ギルバートは一時停止した後、そのまま後ろに二歩下り、扉を閉めた。
エドワードは傍に控えるジュリアスに扉を開けさせる。
「あの方から逃げられるとお思いですか?」
同情はするが観念しろ、とジュリアスは再び入室を促した。
抵抗は無駄だと悟ったギルバートは、促されるがまま入室し、ソファに腰掛ける。
(…この人は何をどこまで知っているのだろうか)
対面座る君主エドワードは足を組み、意地の悪い笑みを見せている。
妙に威圧感のある父の前で、まるで子犬のように震えるギルバートは動揺のあまり、うっかり口を滑らせた。
「…ど、どちらの事を言っているのですか?」
その言葉に、エドワードはニヤリと口角を上げた。
「『どちらの』とは?もしや、たった1日の間に二人の人間に告白し、二人ともに振られたのか?なかなかやるな」
父の返答で、彼はようやく自分が口を滑らせたのだという事に気がつき、項垂れた。
どうやら元々はどちらか片方の情報だけ仕入れていたようだ。
(情報源はユイ・キトルだろうか…)
ギルバートはため息をつきながら、先程お小遣いをもらったと喜んでいた新人侍女の顔を思い浮かべた。
だが、ひとまず事実誤認があるので訂正する。
「正確には告白したのではなく、言う隙も与えてもらえず一方的に振られました」
「知っている」
正直者の息子は話さなくて良いことも、包み隠さず全て話してくれる。彼はそんな馬鹿正直な息子が可愛くもあり、王としては心配でもある。
「…まったく。せっかくお膳立てしてやったというのに」
エドワードはため息混じりにボソッと呟いた。
その意外な言葉にギルバートは首をかしげる。
「父上はフィオナを排除したかったのではないのですか?」
ギルバートはそのように聞き及んでいる。
だから、ジュリアスにもトウカにも散々小言を言われてきたのだ。
「その通りだが?あんな娘を王族に迎え入れるなど、王家の沽券にかかわる」
「しかし、今お膳立てと……」
「それはもう片方の話だ」
「え?もう片方って…」
今朝『初恋は叶わない』と曖昧な言葉で振ってきた彼女のことだ。
ギルバートはポカン口を開けたまま、間抜けな顔をした。
彼は、自分の恋心がエドワードやその近しい人間には知られているという自覚はあった。
だが、エドワードは何も言わなかったし、何ならトウカに自分の婚約者の選定をまかせていた。それは、そうすること事で彼女自身に『身の程を弁えろ』と伝えているのだと、ギルバートは捉えていた。もちろん例の彼女も。
「父上は、反対していたのではないのですか?」
「いつそんな事を言った?」
エドワードは恐る恐る尋ねてくる息子を鼻で笑う。
確かにエドワードは口に出してはいない。
ならば勘違いだろうか。だが抜かりのない彼女が果たしてそんな勘違いをするだろうか。甚だ疑問である。
「私があいつに言ったのはモートンの娘の排除であり、婚約者を指名はしていない」
その発言に、流石に今まで口を出さなかったジュリアスは口を開いた。
「お言葉ですが陛下。陛下は『排除せよ』とは仰っておりません」
「……あれ?そうだっけ?」
「いつものように、彼女が陛下の真意に気付くかどうかと遊んでいらしたのが原因かと」
「むむ。私としたことが、ぬかったな。」
そう言いながら、無いはずの髭に触れるように顎を触るエドワードからは、王の威厳が一瞬にして消え去った。実に締まりが無い。
あまり自分の侍女で遊ばないでほしい、ギルバートは心の中でそう思った。
「まあ、何にせよだ。考えてみろ、何故アレが伯爵令嬢となったのか」
「それは補佐官にするためではなかったのですか?」
「そのためだけに貴族籍を与えるなんて面倒な事はしない。補佐官にするためなら、特例で認めれば良いだけだ。皆、アレの優秀さは認めているし反対する者などいない。」
「そうすると…もしや学園に通うことになったのも……?」
ギルバートの疑問に、エドワードは満足そうに答えた。
「私はアレに『学園の中から婚約者を選べ』と言った」
即ちそれは彼女も候補者の一人となった事を意味する。
ギルバートは益々わからなくなった。
王は彼女を認めている。
察しの良い彼女だが、やはり今回は誤解しているのだろうか。
確かに、誰も何ひとつハッキリと口には出していない。
足元を掬われないように、曖昧に伝え、相手が察してくれるのを期待する。それはギルバートには苦手な高貴な人間特有の話し方。
故にフィオナが昼間言っていた通り、どこかで誤解が生じてもおかしくはない。
「父上がハッキリと、彼女を王太子妃に望むと伝えれば丸く収まるのではないか…?」
口に出すつもりがない言葉がうっかり漏れてしまい、ギルバートは慌てて手で口元を塞いだ。
エドワードはそんな迂闊は息子を鼻で笑う。
「私が言えばそれは命令になるぞ?それはお前の本意ではないだろう」
王が望むと言えば、それは命令になる。
彼女の気持ちがどうであれ、逆らうことは許されない。
「それに、アレが自分からお前を望まなければ意味がない。アレと拮抗できるほどの女など、カーライル家のマリアくらいだ。自分の目でほかの令嬢を見れば、『マリア以外には自分しかいない』と観念するかと思ったのだが…」
そう言うとエドワードは、とあるリストをギルバートに手渡した。
そこには少なくない数の貴族の名が並んでいた。どれもエドワードが重用する彼に近しい人間の名だ。
「何ですか?これ」
「お前とお前の侍女の婚約に賛成する者のリストだ」
「…え?」
「少なくとも城で働く貴族連中は、アレをお前の隣に置く事を認めている。王妃アメリアも補佐官ジュリアスも認めている。宰相と我が弟については現在説得中だ」
しれっと、とんでもないことを告げる父にギルバートは唖然とした。
「めちゃくちゃ周り固めてるじゃないですか」
「お前がモタモタしてるから、仕方がないだろ」
早く落とさないと逃げられる。エドワードはそう告げた。
王太子が妃にと望む娘は、王が認め、王妃が認め、宮廷貴族もが認めた娘だった。
(俺たちの間には、始めから何の問題もないじゃないか)
何が自分たちを阻むのか、ギルバートはわからなかった。
長年、喉から手が出るほど欲しいのに、「欲しい」と言葉にすることも許されないのだと思っていた。
しかし今はもう、ハッキリと言葉にして伝える事が許されるのだ。そう思うと彼の心は浮き足立つ。
だが、父はすぐ様息子を突き落とす。
「あいつは私の補佐官より、ずっと察しが良いぞ」
察しの良いジュリアスよりも更に聡い。
その言葉は、彼女が全てわかった上でギルバートを拒絶した事を意味していた。
「どういうことですか?」
困惑する息子にエドワードはひとつ助言した。
「我々は、その気になればどんな物でも手に入れる事の出来る立場だ。だからこそ自分を律する必要がある。しかし、その力を決して使ってはならない、というわけではないぞ?」
そう言って、不敵に笑う。
「現に私の婚姻は、アメリアにとっては政略結婚だが、私にとってはそうではない」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに国王陛下の御成です




