21:王太子の失恋
欲しいと願いながらも、ハッキリとは口にしなかった。
たまに、抑えきれなくなった思いが溢れ出そうになった事もあったが、それでも未遂に終われば安堵した。
お互いがお互いを想っていながらも踏み込まない、そんな関係がどこか心地よかったのかもしれない。
言わないから始まらない。
始まらないなら終わらない。
ギルバートはずっとそう思っていた。
***
昼休み、ギルバートは食堂へ向かわずに学園の中庭にあるベンチで項垂れていた。
今朝のトウカの言葉が、頭から離れない。
(……終わった?終わったのか?俺の初恋は)
膝を曲げ、それを抱き抱えながらベンチに座るその姿は王族の威厳などまるで皆無である。
道行く人間は、まさかそこで王太子が膝を抱えてキノコを生やしているなどと思いせずに素通りする。
誰も自分を見ないその状況に、彼は少し幼少の頃を思い出した。
「こんなところでどうしたのですか?」
中庭でキノコを生やす王太子を見つけたのは、学園の聖女フィオナだった。
ギルバートはその顔を見て、少し安心したような残念なような、複雑な笑みを見せた。
「フィオナ…」
「ギルはお昼に行かないのですか?」
「食欲がなくてな」
遠い目をするギルバート。
ふと、フィオナの後ろに視線を向けると、複数の女子学生がランチボックスを抱えて困ったような顔をしてこちらを見ていた。
「今日は食堂へは行かない」と前もってギルバートに告げていたフィオナだが、どうやら数人の女子学生とこの中庭でランチの予定だったらしい。
自分は邪魔だな、と思ったギルバートは席を外そうと立ちがるが、タイミング悪く腹の虫が鳴く。恥ずかしさのあまり、彼は顔を赤くした。
「ふふっ。はい、どうぞ?今日はサンドイッチを作ってきたのです」
フィオナは、連れていた女子学生に断りを入れ、彼の隣に腰掛けた。
女子学生たちは空気を読んだのかその場から離れる。
「何か、邪魔したみたいだな」
「いいえ?そんな事ありませんよ」
申し訳なさそうにするギルバートに、フィオナはランチボックスから手作りのサンドイッチ取り出した。
ローストビーフが挟んであるボリュームのあるサンドイッチだ。
彼女はそれを笑顔で差し出す。
ギルバートはそれを困ったように受け取った。
(…どうしたものか)
王族が他人の作ったものを毒味なしに口に入れるわけにはいかない。普段ならこういう時は、いつもそばに控えるトウカが毒味をしてくれるが、その彼女は昼休みが始まってすぐにどこかへ消えてしまった。
(…いや、いいんだけどさ)
どうせ、気まずいままだ。
ギルバートは仕方がない、とサンドイッチを返そうとした。
「ごめん、フィオナ。申し訳ないんだけど…」
「あ、お毒味が必要でしたね…」
ようやくその事に気づいたフィオナは、すぐ様ランチボックスからサンドイッチを取り出し、一口分ちぎるとパクッと一口食べる。そして、
「問題ありません。美味しくできました!」
と、花が綻ぶような笑顔をギルバートに向けた。
ギルバートはその笑顔に少し心が安らいだ気がした。フィオナといると、いつも穏やかな気持ちになれる。
「お前は可愛いな」
「可愛いだなんて、そんな…。照れます」
フィオナは赤く染めた頬を両手で覆う。
その仕草もまた可愛らしい。
ギルバートは小さくため息をついた。
トウカは、自分がフィオナに恋をすることを望んでいる。そして叶わぬ初恋と訣別することを望んでいる。
もう、隣に座る少女で良いのではないか。
そうすれば全て丸く収まるのではないか。
後の面倒なことは優秀な侍女がどうにかしてくれると言っていた。
ギルバートはそんな事考えているうちに、無意識に言葉を発していた。
「俺、もうフィオナと結婚したい…」
声出して初めて、自分が言葉を発していることに気がついたギルバート。
ハッと顔を上げて隣を見ると、目を丸くしてフィオナがいた。
地面には驚きのあまり、彼女が落としたのであろうサンドイッチが落ちている。
(…まずい)
大変まずい事になった。やからした。ギルバートにはその自覚があった。
フィオナの事は嫌いじゃない、むしろ好ましいと思っている。だが、今この状況で事が進んでしまうのは本意ではない。
ギルバートはどう弁明すべきかと、無い頭を働かせた。
しかし…
「嫌ですよー、ギルのお嫁さんなんて」
フィオナは笑顔で拒絶した。
「そうか、嫌か。……えっ!?」
まさかの本日2回目の拒絶である。
正直、フィオナに好かれていると思っていただけに、自分は自意識過剰だったのかと何だか恥ずかしくなるギルバート。
そんな彼をクスッと笑いつつ、フィオナは話を続けた。
「だって、ギルはフィーの事好きじゃないでしょう?」
「…それは」
「ギル。フィーはね、幸せな結婚がしたいのです。フィーはギルの事好きですし、ギルと一緒にいると心が安らぎます。でも、私は想いを返してくれないとわかりきってる人を好きになりませんよ?」
フィオナ・モートンは、にこっと天使の笑みを見せて一国の王太子の求婚をキッパリと断った。
まさか断られるとは思わなかったギルバートは唖然とする。
「フィオナ…お前、まさか…」
「フィーは、ギルの一番大切な人が誰か知っていますよ?何なら当ててあげましょうか?」
悪戯な笑顔を浮かべるフィオナ。
ギルバートはどこか彼女を侮っていたのかもしれない。この娘、意外と察しが良いらしい。
「やめてくれ」
「ふふっ。ギルは、彼女の話をするときが一番生き生きとしています。それに彼女がクリスやアーサーに馬鹿にされたらとても怒ります」
「ほんと、やめて…」
「ギルが怒るのって彼女を馬鹿にされた時くらいですよ?」
やめろと言われたので、名前は伏せているが誰のことを指しているのか丸わかりだ。
「気持ち、伝えないんですか?身分的な問題はもうないのでしょう?」
何故なら彼女は今日、同じクラスに編入してきた。
フィオナは密かに憧れていた人と学友になれて嬉しいと笑う。
そんな彼女に、ギルバートはポツリとこの学園の誰も知らない過去を漏らした。
「…気持ちは伝わってるんだ。昔、一度だけ伝えた事がある」
「まあ、そうなのですか?」
「うん。もちろん結果はノーだったけどね」
人生で初めての告白を『そんなものは刷り込みです。軽率な発言は控えてください』と鬼の形相で返された事は今でも鮮明に覚えている。
当時ただの平民だった彼女への告白は、彼女の立場を悪くするもので、当の本人にも、当時は自分の補佐官をしていたジュリアスにもきつく叱られたらしい。
ギルバートは遠い目をしてそう語った。
「でも昔の話でしょう?今はどうかわからないじゃないですか」
「わかるよ」
「何故?」
「今朝、振られたところだから」
「あらまあ」
ほんの数時間前、2回目の失恋を経験したところだ。
今度は何も伝えていないのに、唐突に終わった。
『初恋は叶わない』
と言われて。それは言外に、気持ちを返すことはないと言われたも同じ事。
「んー、それって本当に振られたんでしょうか?」
フィオナはギルバートから今朝の話を聞き、首を傾げた。
「どういうこと?」
「だってハッキリ言っていないし、言われてないですよね?好きだとも好きじゃないとも。迂遠な言い回しが必要な立場なのはわかりますが、こればっかりはハッキリ明確に言葉にしないと、その真意は分からないと思います。終わったとも終わってないとも言えないし、言わなくて良いと思います」
「た、たしかに…」
「それに、ギルだって、フィーがギルの事を好きだと思っていたでしょう?」
「…否定はしない」
「それは明確に意思表示をしていないから、そう思い込んだのですよ」
恐ろしくど正論だ。ぐうの音も出ない。
意外にも痛いところを的確に突いてくる娘だ、とギルバートは内心思う。
「確かに立場や身分が邪魔をして、ハッキリ言えない言葉もあるかもしれません。けれど、ハッキリ伝えていないのであれば、どこかですれ違いや勘違いが生じているかもしれませんよ?」
フィオナは唐突にベンチから立ち上がると、ギルバートの前に立つ。
そしてまたしても天使の微笑みで、甘い言葉を囁く。
「まだ、終わったとは限りませんよ?伝えてもいないのにそう判断するのは早計です!」
そう言われ、ギルバートは背中を押されてしまった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
一日の間に二度と振られましたね。
しかもこちらから告白してもいないのに。
なんという不憫…。
あ、フィオナは別に悪い子ではないです。




