11:金薔薇とお茶会(2)
マリアは紅茶をひと口啜ると、フィオナの浅はかさがわかるエピソードを語り始めた。
「最近、フィオナさんの周りで虐めがあったみたいなの。虐められたと主張するのは、最近叙爵したルイズ男爵家のご令嬢。対して虐めたとされたのは歴史のあるノイマン侯爵家のご令嬢。私が遭遇したのはルイズ男爵令嬢がフィオナさんに相談している場面だったのだけど…」
ティーカップの縁を親指で撫でながら、マリアはフッと暗い顔をした。
「相談を受けていたフィオナさんの側を、間が悪いことにノイマン侯爵令嬢が通りかかったのよ。それだけで済んだらよかったのだけれど、あろうことか彼女、その場で侯爵令嬢を捕まえて糾弾しはじめたの」
「…え、マリア様の前で、ですか?」
「私の前というよりみんなの前で、かしら。その時、食堂はランチタイムでとても賑わっていたから」
それはつまり、虐めた側の人間を晒し者にしたという事。
その暴挙にトウカは驚きを隠せなかった。
「フィオナさんは皆の前で虐めを行なった侯爵令嬢を激しく糾弾し、そして謝罪させたわ。その一方で虐めを受けていた男爵令嬢には、『彼女は反省している。謝っているのだからこれで許してあげましょう?』と言ったの。これまでのことは水に流して仲良くしましょうって、彼女達の手を取って無理矢理握手をさせてね。その後はお綺麗な言葉を並べただけの崇高な演説で場を締めて、彼女を信奉する者達が彼女の勇敢な行動を絶賛し、解散という流れだったわ」
その光景を想像し、トウカは絶句する。
「……なんというか、地獄絵図ですね」
「本当に恐ろしかったわ。あの時、許すことを強要された男爵令嬢の目に生気は感じられなかった」
止めに入れたのなら良かったのだけれど、とマリアは悔しそうな表情を見せた。
マリアとフィオナは共に、正式に発表されておらずとも王太子妃候補の筆頭。そのためにあまり迂闊な事は出来ない。
もしこの時止めに入っていたら、それをきっかけとして、学園を二分する派閥争いを起こしていた可能性もある。
だからマリアは今、極力フィオナとの接触を控えている。
「身分とか立場とか、そういうの、時々すごく煩わしくなるわね」
俯き、制服のスカートをぎゅっと握るマリア。
彼女はせめて、後からフォローを入れようとしたようだが、あの日絶望を味わったご令嬢はその日を境に学園から姿を消したらしい。
「ギルバート殿下は何もしなかったのですか?」
「いたらどうにかしてくれたでしょうけど…」
「まあ、こういう時に限っていないのが殿下ですからね」
言外に『役に立たない』と言うトウカに、マリアは『殿下を責めてはダメよ』と諭した。
(…貴族のイジメというのは恐ろしいものだ)
トウカはマリアのティーカップに紅茶を追加しつつ、深くため息をついた。
ノートを破かれる、嫌味を言われる程度の行為が目に見える範囲で収まっている内はまだ救いようがある。こういう場合はより高位の貴族に保護してもらい、水面下で交渉する。
おそらく、男爵令嬢は同じ男爵家であるフィオナを頼ったのではなく、その周りにいる公爵家のアーサーや王太子であるギルバートの力を借りようとしたのだろう。
だが、彼らに取り次いでもらうだけのつもりだった男爵令嬢の予想は大きく外れた。
フィオナはそれを自分で解決しようとしてしまったのだ。
彼女の行動の結果は、事態を引っ掻き回して悪化させただけ。
そして、公衆の面前で恥をかかされた侯爵令嬢は、家の力を駆使し被害者を学園から消したのだろう。
フィオナが手を出されないのは王太子の庇護下にあるからにすぎない。
(…侯爵家が男爵家を潰すことなど、造作もない、か)
トウカは目を閉じて考える。
心地よい風が頬を掠めるのに、心臓は動揺からか激しく波打つ。
おそらく、フィオナは良かれと思って行動したのだろう。
彼女が悪魔のような女ならば状況を引っ掻き回して楽しんだだけと思えるが、それはない。
そんな性悪をギルバートが側に置くわけがないからだ。
周囲からの評価を鑑みても、彼女の行動に悪意はカケラもなく、善意からの行動だったはず。
だが、このやり方は悪手でしない。
思慮深い人間ならもっと慎重に対応できた。
仮に分かり合えると思っていたにしても、当事者だけを呼び出し、話し合いの場を設けても良かったはずだ。しかし、彼女はそれができていない。
そこから導き出されるフィオナ・モートンという人物は……
「………恐ろしく何も見えていない」
トウカは足元を見て、低い声で静かに呟いた。
フィオナ・モートンは自分の立ち位置を理解できていない。自分の発言や行動が何にどのような影響を与えるのかまるで予測できていない。
『地獄への道は善意で舗装されてる』という言葉があるが、フィオナ・モートンという人物はまさにそれを体現したような人だとトウカは思った。
(…これが原因か)
フッと自嘲めいた笑みを浮かべる。
彼女はつい先ほどまで、主人の相手にフィオナを押すことに特に大きな問題はないと考えていた自分の甘さを恥じた。
王やその周辺が彼女を排除したかった理由はこれだ。
ギルバートの性格を考えても、彼女を近くに置くことで彼女の影響を悪い方に受けてしまう事態を危惧したのだ。
「もし、貴女が彼女を王太子妃候補に選ぶというのならその辺りの矯正も視野に入れなければならないわ」
マリアの言葉は彼女に重くのしかかる。
こんなもの、立ち居振る舞いの矯正より遥かに厄介だ。この年で性格や思考を矯正するのは中々に厳しい。
しかも、彼女は他者の意見にあまり耳を傾けてくれない頑固なところがある。上手くいくかわからない。
少なくとも、現段階では王太子妃候補として祀り上げて良い娘ではない。
長い沈黙が二人の間に流れる。
気まずさを紛らわそうと、マリアはまたマカロンを口に含む。
「相変わらず美味しい」と微笑む彼女にトウカは少し和んだ。
そして、ふと、とある疑問が浮かんできた。
なぜフィオナのような厄介なご令嬢にの側に人が集まるのかと。普通の人間なら彼女を避けそうなものだが、現実にはそうなっていない。
「…フィオナ様は何か特別な能力でもお持ちなのですか?例えば物語の世界でよくある魅了の魔法とか」
「そうね、確かに側から見ているとまるで魔法だわ。なんとも筆舌しがたいのだけど、彼女は人の心の中の弱い部分に入り込むのがとてもお上手なのよ」
そう言って、マリアは紅茶が並々入ったティーカップへと視線を移す。
揺れる水面を見つめながら、マリアはフィオナ・モートンが支持される理由を語った。
この学園には、貴族故の悩みを抱えた人間が多い。
例えば、周囲からの期待や重圧に苦しんでいる者、爵位の低さゆえに能力を正当に評価されない者、政略結婚を強いられて苦しんでいる者。
マリア曰く、彼女はそういった人たちの悩みによく気がつくらしい。
そして、彼らの心に巣食う闇に耳を傾け、そっと寄り添い、共感し、甘言を弄してその闇からそっと解放するのだ。
彼女の屈託のない笑顔は彼らの心に陽だまりのような温もりにを与え、彼女の口から紡がれる耳障りの良い言葉の数々は、真綿で包まれたような心地よさを与え、それらは時に、彼らの思考を微睡みの中に閉じ込めてしまう。
「こうして盲目的な信者を増やしているの。尤も、彼女自身はただ善意で彼らの心を解放してあげたに過ぎないようだけれど」
話をしながら、マリアは弟であるアーサーの顔を思い出し苦笑した。
アーサーもまた、悩んでいたのかもしれない。
たしかに彼女によって救われたものは多くいるだろう。
だが同時に彼女によって夢の世界へと連行され、現実を見れなくなった者もまた多くいる。
それこそアーサーのように。
「まるで教祖様ですね」
「それは言い得て妙ね。それで?どうするつもりなの?」
お茶を飲みながらマリアは核心に迫った。
トウカにとっての理想はマリアだ。
マリアはその公爵令嬢という地位だけでなく、所作や立ち居振る舞いから見ても、彼女こそが王族の仲間入りをするにふさわしい人物である。
フィオナを王太子妃に臨む声は確かに無視できないほどに多いが、所詮は学園の中の話。宮中での彼女の派閥はそれほど大きくはない。
そして、そもそも本来トウカに求められていることは、フィオナの派閥をどうにかする事。
「私のことなら気にする必要はないわ」
何を、とは言わずマリアは覚悟を示す。
マリアは聡明な女性だ。その婚姻が政治的に必要なことと判断すれば、自身の恋心など割り切って王太子妃の座に座る事も受け入れてはくれる。
その辺はギルバートほど子どもではない。
だが、おそらく彼女を友人として大切に思うギルバートは、彼女の気持ちを無視して話を進める事を良しとはしない。
暗い顔をして考え込むトウカに、マリアは小さくため息をついた。
「ねえ、殿下は本当にフィオナさんのことが好きなの?」
怪訝な表情で問うマリア。長年ギルバートと共にいただけの事はあり、的確に痛いところをついてくる。
「…どうなんでしょうね。あ、でも一緒にいて居心地が良いそうですよ?」
トウカは曖昧に答えてはぐらかした。
しかし、勘の良いマリアはそれすらも気づき、またため息をついた。
「それは彼女が自分を全肯定してくれるからでしょう?」
「あの方を無条件に肯定してくれる人は少ないですから、貴重です」
「貴重ね…。そうかしら?彼はすでにその貴重な人間を手に入れているように思うけれど?」
「どういう意味でしょうか」
「殿下の隣に新たに理解者を置くなんて必要ないんじゃないかしら、という意味よ」
マリアはトウカの険しい表情を見て、「ごめん」と一言呟いた。そしてトウカが「何の謝罪ですか?」とわからないふりをして返せば、切なげに微笑んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
フィオナはあれです。ヒロイン症候群なのです、
よくいる少女漫画のヒロイン。
元気で明るくて人懐っこい、純真無垢な女の子。
でも現実にいるとちょっとうざいタイプ。
人工物の天然系ヒロインより、天然物の天然系ヒロインの方が実際には厄介ですよね。




