10:金薔薇とお茶会(1)
小鳥たちの囀りと仄かに香る薔薇の匂いが心地良い学園内にある薔薇園で、トウカは鼻歌を歌いながら、そよ風で揺れる木陰の下でお茶会の用意をしていた。
テーブルにクロスをかけ、これからここに来る“彼女”が好むマカロンを金枠のケーキ皿に乗せ、それをスタンドにセッティングする。
そして、マカロンに合わせて用意したダージリンの茶葉の香りを嗅ぎつつ、それを温めたポットにセットした。
あとは彼女が来るのを待つだけだ。
忙しい彼女が自分の文を読んで、わざわざ自分のために時間を割いてくれたことにトウカは喜びを隠せない。
そんな少し浮かれ気分のトウカの様子を隣で眺めていたギルバートは、いつも自分にアフタヌーンティーを用意する時よりも慎重なその手際に少し苛立つ。
「おい、何故マリアにはそんなに丁寧なんだよ。あと俺はマカロン好きじゃない」
「殿下の好みは聞いてないんで」
そっけない態度のトウカに、ギルバートは『お前の主人は俺だぞ』と念を押した。
そう、これからこの場所に来て、トウカにおもてなしされる“彼女”とはマリア・カーライルだ。
ギルバートの幼馴染であり、婚約者候補の中でも最有力候補ご令嬢。
そして学園の金薔薇と称される、トウカがこの世で最も敬愛するご令嬢でもある。
ギルバートは、自分よりも明らかにマリアを敬っているのが心底気に入らないらしく、不貞腐れたようにトウカに尋ねる。
「何でそんなにマリアのこと好きなの?」
「色々ありますが、一番は話しが通じるからですね」
殿下の友人で、自分と対等に話しができる程度の教養がある人間はマリアくらいだと語るトウカ。
物凄く失礼な言い分だが、事実なだけに反論できないギルバートは頬を膨らませた。
「というか、何故殿下はここに?これから無駄なお茶会するんでしょ?さっさとサロンに行ってはどうです?」
「無駄とか言うな。今日はただの勉強会だから。アーサーに教えてもらうんだよ」
「それなら尚のこと早く行きなさいよ」
「…俺はお前の淹れたお茶が飲みたいし、お前の作った菓子が食べたい」
子どものような駄々をこねるギルバートは後ろからお茶会の用意をするトウカに抱きつき、肩に顎を乗せる。目の前にある彼女の白い髪からは薔薇の香油の匂いがした。
「あ、薔薇だ」
大方、マリアが好きな花だからこの香りにしたのだろう。自分にはそんな気遣いした事ないくせに。そう思うと腹が立つ。
「重いんですけど」
「なぁ、俺も同席していい?」
「ダメです。ほら、これあげるから早く行きなさい」
トウカはケーキ皿からマカロンを一つ取ると、それを彼の口に突っ込む。
「だから、俺マカロン好きじゃないって」
「でも私の作ったお菓子ですよ?」
「そういうとこ本当ずるい」
なんだかんだ言いつつ甘いマカロンをちゃんと飲み込んだギルバートは「次からは甘さ控えめでよろしく」と言い残し、その場を立ち去った。
***
艶やかな美しい黄金の髪を風になびかせながら優雅にお茶を啜る麗しの公爵令嬢。
その傍らには、彼女を瞬き一つせずガン見するお仕着せ姿の女。
少し異様な光景である。
「目が怖いわ、トウカ」
突き刺さるような視線が痛くて、マリアは少し困ったように笑う。
「申し訳ありません、つい」
「トウカは本当に私の顔が好きね」
「顔だけではありません。全身余すところなく好きです。大きなサファイアの瞳も、白い肌に咲くバラのような艶やかな唇も、白魚のような手足も、頭のてっぺんから足の先まで全てが好きです。ショウケースに入れて一生愛でていたいくらいに好きです」
「それはそれで怖いわ、トウカ」
憧れの令嬢を前に己の欲望を抑えきれず、荒い鼻息で全身舐め回すように彼女を見つめるトウカの姿は、周りに人がいれば通報されかねないレベルの変態だ。
しかしそんな変態相手に笑みを崩さず、完璧にあしらってみせるマリアはさすが筆頭公爵家のご令嬢。隙がない。
マリアはクスッと笑うとマカロンをひとつ手に取りつつ、トウカに尋ねる。
「それで?トウカはどこまでご存知なの?」
何を言わずとも、今日ここに呼び出された理由がわかるマリア。そういう察しの良さはトウカにはありがたい。
「そうですねぇ…。到底貴族のご令嬢と思えないほど、淑女としての立ち居振る舞いが出来ていないこと。クリストファー・アルダートン様やアーサー様をはじめとする多くの男子生徒を籠絡し、学園内に派閥を作っていること。見かけによらず我が強く人の意見をあまり聞かない人物であること。くらいでしょうか?」
指を折りながら、淡々と自身の持つ情報を伝えるトウカ。
彼女が麗しの公爵令嬢をお茶会に招いたのは他でもない、フィオナ・モートンの人柄を探るためである。
もちろん毎日主人に付いて学園まで足を運んでいるので、トウカ自身でも調べられる範囲の事は調べた。
だが誰に何を聞いても『気高く美しい心を持つご令嬢らしい』『慈愛に満ちたお方らしい』『まるで聖女のような人らしい』などどいう評価ばかりで、満足できる情報を得ることはできなかった。
何しろトウカは、つい最近貴族の仲間入りをしただけの元平民。彼女の身分内で入手できる情報は、使用人が入る事の許されるエリアでの噂話程度。
詳しい内情を知るには少しツテが足りない。
そこで学園に通い、学園の事情に精通するマリアを頼ったのだ。
「珍しく私情が混じっているわね」
トウカの話を聞きながら、マリアはまたクスッと笑った。
彼女の指摘で無意識に私情を挟んでしまった事に気付き、トウカは顔が火照る。
「さっき貴女が言った事は大体正しいわ。あと付け加えるなら、フィオナさんの脳内はお花畑で、まるで王太子妃の器ではないということかしら」
「お花畑、ですか」
「彼女はね、『人類は皆、綺麗な心を持っており真に悪い人などいない。きちんと話し合えばどんな人とでも理解し合える』と本気で思っていらっしゃるの」
「それはまた、何というか…」
その考えは語るだけならば問題はないし、高い理想を持ち、現実をその理想に近づけようと努力するのは素晴らしい事である。
だが、それが現実にはあり得ないということを理解できていないとなるとかなり厄介だ。
(…あの雰囲気は、自分でキャラ付けして作り上げたものではないという事?)
そうなると話は変わってくる。トウカの顔が険しくなった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
やっとこさ、麗しの公爵令嬢マリアの登場です。




