いざ
環は時折来る振動に体を揺すられながら、車窓からの景色をぼうっと眺めていた。
特訓特訓、また特訓。
えりかの用意したメニューをひたすら消化していく。それによって環自身、特別上達した感覚を得たわけではない。しかし周りを見てみると、チームメイトの誰もが出会った頃より確かに上手くなっていた。目的と中身のある練習は確実に多大な効果をもたらすものなのだ、ということなのだろう。体育会系の人間はやたらと気持ちが大事だとかいかに苦労したかが大事だとか持ち出すが、その点えりかの考案したメニューはそういった部分を度外視し、メンバーの強化ポイントを伸ばすことだけに特化した効率重視の練習だった。その分目標が見えやすくなり、より効果的な練習へと繋がったのだろう。
なんにせよ、えりかはどこまでも本気だった。本気で県大会を勝ち抜き、全国優勝を成し遂げる気でいる。他の皆にもその本気度が伝わったのか、この数か月、厳しい練習に音を上げる者は誰もいなかった。皆にも全国に行きたいという気持ちが芽生えているのだろう。
なら自分はどうだろう、と環は思う。自分にはそこまでの欲はない。ただ自分に与えられたタスクをこなすだけ。自分にとってのタスクとは、全ての打席でバントを決めて出塁すること。出塁さえすればあとは味方がなんとかしてくれるだろう。その行為を積み重ねていって結果ついて来るのが全国ならば、それに越したことはない。
そう、それで良い。根性論を要求する世間や目標に向かって熱を帯びていく仲間に無理やり共感するより、その考えの方がよっぽど自分らしい。
「ねえ環、聞いてる?」
その声で環は我に返った。横を見ると、えりかが不満げにこちらを見ている。
「いや、ごめん。聞いてなかった。なに?」
えりかは溜め息をつくと、顔をぐいっと近づける。
「良い? 今日は夏の大会、大事な大事な初戦なの。まだ試合会場に向かっている途中だからって、のんべんだらりとしてないで集中力を高めてて欲しいわね」
他の客に聞こえないよう配慮してか、ボリュームを絞った声でえりかはまくし立てた。環は辺りを見渡す。多くの人が乗っている電車だが、満員とまではいかず、一緒に乗った東高のメンバーは全員座席に座れている。
そうだ。今日は夏の県大会、初戦。今までの練習の成果を出す時がこれから訪れるのであれば、確かに今から気持ちを大会モードに切り替えておく必要があるかも知れない。
「オーケー、本番はちゃんとする」
少し謝罪の念を込めて言う。えりかは、今度は安心したような溜め息をついて「ま、ぶっちゃけアンタは特に心配してないわ」とだけ言って正面を向いた。後には電車の走行音が響く。環から言葉を発することがなければ、えりかもなにも言わない。電車はところどころ揺れながら、やがてスピードを落とし始めた。
「着いたわ。降りるわよ」
えりかはすっくと立ち上がる。油断すると置いて行かれそうなスピードに慌ててついて行く。電車を降りたところで振り向くと、他の皆も次々と降りて来ていた。
「……そうか、始まるのか」
喧騒の中、環はひとり呟いた。太陽の光を反射する電車の扉が、改札へ向かう人だかりが、なぜか目に残る。
でも大丈夫。環にとってやることは決まっている。そのはずだ。




