集まってしまった
「それなら手続きは私の方でやっておこう。部長はどうする。そこの騒がしい君でいいのか?」
「だからあたしの名前は樋野えりか!」
えりかは怒号で応えたが、有江先生は気にせず淡々と事を運んだ。
「ああすまんすまん。それなら樋野君が部長をすることに異論のある者はいるか?」
「本来ならばわたくしが立候補したいところですが……」
京がピンと右手を挙げたが、その声には残念そうな響きがあった。
「さすがに学級委員長と野球部の部長を兼任してしまっては首が回らなくなります。ここは樋野さんにお譲り差し上げますわ」
そう言って手を下ろした京は現状に納得したような、吹っ切れたような表情になった。
「他に立候補はいないな。それなら樋野君を部長として、ここに女子野球部を設立することとする。今週中には申請が通って正式に部になるだろうよ」
「先生、さすが。話が早いわね。ついでに練習場の確保もしてくれると有難いのだけれど」
「もちろん構わんさ。グラウンドを使っているサッカー部とソフトボール部、それに男子の方の野球部には話をつけておこう。どうせ道具もないのだろう? 男子の野球部から余りの道具をいくつかせしめておこう」
有江先生は事もなげに言う。新たに部を設立することや他の部との交渉事がこんなにも簡単なのか。もしかして私達はとんでもないヒトを顧問にしたのでは――環は背筋がゾワリとした。
「よし。それなら明日にでも早速練習に入るわ。その中であたしが皆のポジション適正を見極める。話はそれからね」
「うおーっ、ついに野球が出来る!」
「嬉しいね、飛鳥ちゃん」
飛鳥と奏がハイタッチで喜びを表現した。
「自分達三人は練習着買いに行かなきゃね!」
「そうじゃのう。これから早速競技商店に出向かねばならぬな」
「競技商店……スポーツショップね。優は了解したよ」
三年生の三人もどうやらやる気らしい。この場にいる誰もが早くプレイしたくてウズウズしているといった様子だ。
「やったね、環ちゃん。楽しみだね!」
綾香がほんわかとした笑みをこちらに向けて来た。釣られて笑みで返してから、ふと考える。
皆楽しそうだけど私にはそこまでの喜びがないな、と環は心の中で思った。なにせ日頃バイトで野球をしているのだ。女子野球をやるといっても、特別目新しいものでもない。
でも、えりかの言う『格別の勝利の味』がどんなものか、このごった煮のメンバーでどんなイベントが待ち受けているのか。そして、この私の技能がどこまで使えるか。そうした期待感が今は面倒臭さを上回った。