相手がいる
翌日。
「皆、サードに並んで」
女子野球部のために空けてくれたグラウンドを目いっぱい使ってランニング、キャッチボールを行いウォームアップ充分のメンバー全員を集めてえりかが言った。
「あら、ノックをしますの?」
京が問い掛ける。えりかはゆっくり頷いた。
「とにもかくにもまずは守備よ。このノックであたしが皆の適正ポジションを見極めるわ」
ノックバットを手にしたえりかは意気揚々と素振りを繰り返す。そんなえりかを見て、環は無意識に手を挙げていた。
「それなら私がキャッチャーやるよ。一人で打って捕って、は面倒でしょ。それにほら」
環はえりかにグラブを嵌めた右手を掲げて見せた。
「私は左投げだから、ポジションを見極めるって意味なら受ける必要ないだろうし」
「……そうね、お願いするわ」
えりかは環にホームベース上に立つよう促し、残りの全員をサードへ就かせた。環は持っていたボールをえりかに渡す。
「左投げなら外野かファーストしか選択肢はない。外野は素人の先輩で固めたいから、必然アンタはファーストってことになるわ」
「問題ない。ファーストなら助っ人でもよくやってるし」
「そう。助かるわ」
そう言って、えりかは早速一人目の飛鳥に弱めのゴロを打った。
「だけど、本当に外野を素人で固めて大丈夫なの? せめてセンターは私がやって誰か一人内野に回してもいいんじゃ……」
「いや、ダメよ」
環のアイデアをえりかは即座に否定した。
「外野と内野、どちらに打球が飛ぶ確率が高いかって言ったら圧倒的に内野だわ。内野に素人がいたら取れるアウトも取れなくなる。そういうのはダメ」
えりかの言葉には力がこもっていた。環は飛鳥からのボールを捕球する。さすがピッチャー、環のグラブをバシンと力強く鳴らした。
「でも、だからと言って一度外野に打たれたらフリーパス、それじゃあ困る。先輩達には悪いけど、そこは重点的に鍛えさせて貰うわ。外野守備ならある程度練習すれば最低限はこなせるはずだから、当面はそれでいい」
話しながらえりかは環からボールを受け取り、今度は京に向かってまた弱めのゴロを打つ。京は流れるような動きで硬球を難なく捕球し、環へ投げ返して来た。綺麗な球筋、それでいて手前でもうひと伸びする送球。環は捕球しながら思わず頷いた。
「オッケー。どんどん行くわよ」
環からボールを受け取り、えりかはすかさず打った。先輩達は硬球におっかなびっくりといった様子だが、一年生の面々は徐々に体が温まって来たのか、機敏な動きを見せる。次第にノックの回転が早くなっていった。えりかの打球もだんだん強くなっていく。
「うーん……環、どう思う?」
もう数えて何球目かも分からないボールを打ちながら、えりかが問い掛けて来た。軽やかな足取りでバウンドを合わせる京の動きを目で追いながら、環は感じた印象をそのまま伝えることにした。
「ちょっと意外だったけど、玉城さん、かなり上手い。ショートがいいと思う」
「やはりそうよね」
返球する京のボールは正確に環の胸を突いた。それを見てえりかは低く唸る。
「内野の要として申し分ないわ。そしてバッテリーは飛鳥と奏で決まっているようなもんだから、あとは綾香とあたしね」
「そう言えば、えりかはどこが出来るの?」
環の問いに、えりかは地を這う強いゴロを打ち答えた。
「中学の時は内野も外野もまんべんなくやったわ。空いたポジションで出られるように準備していた。だからあたしはどこでもいいんだけど……彼女の動きを見ていると、割と小回りが利きそうね」
ちょうどノックの順番が回って来た綾香は、横に大きく逸れたゴロを鋭いステップで追い、懸命に左手を伸ばして捕球するや体をひねりながら送球した。崩れた体勢ながら、ボールは十分捕球出来る範囲に来た。普段あんなにおっとりしている綾香とは似ても似つかない。
「そうだね。サードとセカンドならセカンドがいいのかな」
「うん。決まりね」
えりかは大きく頷き、ラスト一本の合図をした。皆最後のノックを終え、ホームベース上に戻って来る。
「おう、しっかりやっているようだな」
全員がまた集まったところで声がした。振り向くと、有江先生がやって来ていた。
「先生、ちょうどいいところに来たわ」
「ん、どうした樋野部長。何か要望か」
「試合の相手を探して欲しいんだけど」
何気なく発せられたえりかの一言だったが、円陣には緊張が走った気がした。
早くも試合。えりかは何でもすぐ行動に移す。自分がこれと決めればどんどん突き進んでいくタイプのようだ。
まあそれは分かっていたことか、と環は人知れず心の中で溜め息をついた。
「試合か。就任したての新米顧問にいきなり敷居の高い仕事を求めるな、君は……しかし、喜べ。幸いにもツテが一つだけある」
「本当!? どこの高校よ?」
えりかの顔が途端に明るくなった。円陣がざわめき出す。有江先生は全員を一度見渡してから、言った。
「ここから遠いのが玉にキズだが、君達を決して退屈させないだろう……上大岡高校だ」




