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本気のバントに敵はない!  作者: 小走煌
2 まだ見ぬ仲間を探して
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さくさくと

「寄川さん、あなたもこの計画の一員ですの?」

 不意に京が振り向いて言った。

「まあ、そういうことになるね」

「そうですの。同じクラスにチームメイトがいるというのは心強いですわ」

「そういうものかね」

「ええ、もちろん」

 京は今にも歌い出しそうな口調で言う。野球をするのがよほど楽しみなのだろう。

 しかし、今のままではまだ足りない。順調に集まってはいるが、まだ五人。最低でもあと四人は必要なのだ。それに顧問だっていない。部室もない。課題だらけの道のりだが、京はそんなこと関係ないと言わんばかりに機嫌がよさそうだった。

「それはそうと」

 その時、えりかが左手をいかにも痛そうに振りながら近寄って来た。苦痛に顔を歪める姿に環は思わず口を出した。

「そりゃ痛いでしょうに。もっと他に方法なかったの?」

「しょうがないでしょ。そこの委員長サンの本能に訴えるには実際に動いてもらうのが最適だったの」

 それならグラブを嵌めておくとかすればよかったのに、と環は思ったがいちいち口論にするのも疲れるだけなので口にするのは止めておいた。

「ところでカタブツ委員長サン。アンタ学級委員なんてやってるくらいなんだから、顧問になりそうな人にツテとかないの?」

 えりかは悪びれる様子なくいつもの調子で尋ねた。

「簡単に言ってくださるわね。今のところありませんが、当たれる範囲で探しておきますわ」

 考え込むような仕草を見せて京は答えた。カタブツ呼ばわりになんの反応もないのは意外だ、と環は思った。

「とりあえず、放課後に屋上でミーティングするから。参加よろしくね」

 えりかはそう言い残してどこかへ去って行った。

「どことなくじゃじゃ馬っぽさはありますが、物事を動かす力を持っていますわね、あの娘」

「まあ、そう言えるのかな」

 今は京が食ってかかることをしなくて助かったが、いざ野球をする時にこの二人はうまくコミュニケーションを取れるのか、環は今から不安になった。


 午後の授業は退屈だった。

 日本の歴史だの難しい計算式だの、環にはまるで興味が持てなかった。頭の中にあるのは、残り四人のチームメイトをどうやって集めるか。

 高校に進学したばかりの環にツテなどない。おじさんチームから助っ人を呼べればありがたいが、もちろんこの学校の女子高生などチームには一人もいない。結局のところ、校門前でビラでも配って地道に募集するしかないのだろうか。考えが行き詰まって頬杖をつく。

「ねえ環ちゃん、どうしたの。もう授業終わったよ?」

 不意に、前の席の生徒が振り向いて話しかけて来た。綾香だった。

「あ、いや、別に。ちょっと考えごとしてただけ」

「そうなんだ。環ちゃんは今日はもう帰って家で過ごすの?」

「それが、学校に残る用事があるんだ。綾香は?」

「おっ、ジブン時間を好む環ちゃんが用事とは、気になりますなあ。わたしはいよいよソフトボール部の見学に行こうと思うんだけど、そんなことより環ちゃんの用事がなんなのか、詳しく聞かせてもらえますかな?」

「グイグイ来るなあ……悪いけど、色恋沙汰とかではないよ。単なる趣味の集まりというか――」

 瞬間、環の中で点と点が線になる感覚がした。

「ねえ環。ソフトボール部の見学に行く前に、ちょっと一緒しない?」

「え、相談ごとかな相談ごとかな? いいよいいよ、恋のことならこのわたしになんでも話してよ!」

 やはり綾香はなにか勘違いしているらしい。環はあえてなにも明かさないで屋上に連れて行くことにした。「じゃ、お願いします」と言って席を立つと、すごく嬉しそうな様子でついて来た。途中、参加料や詫びの意味も込めて自販機でいちごミルクを買って渡した。

「こんにちは」

 挨拶をしながら屋上のドアを開けると「おせーぞ!」と声が飛んで来た。声の主は飛鳥。その横には奏、そしてえりかがやはり既にいた。同じ教室から出発したはずの京も先に来ていた。既存メンバーを前に、環は咳払いをして言った。

「えー、こちら、私がスカウトしてきた伊藤綾香さんです」

 その言葉を聞いた瞬間、場に緊張が走るのを感じた。

「え、スカウト? 環ちゃん、どういうこと……まさか、環ちゃんの目的は恋の相談じゃなくてアヤシイ人身売買?」

 環ちゃんこわーい、と言いながらも綾香はこれからなにが起こるのかとワクワクしたような目つきをしていた。

「綾香、先週黙っててごめん。実は私達、女子野球部を立ち上げようとしていて」

「じょ、じょしやきゅうぶ!?」

「そう、綾香ソフトボール部見に行くって言ってたから、もしよければその前にウチらのとこにどうかなって……綾香がどうしてもソフトボールがしたいっていうならもちろん無理にとは言わないんだけど――」

「い、いいの? わたしも混ぜてもらっていいの!?」

 しばらく考える時間があるだろう、と思っていたら、綾香から間髪入れず予想外のリアクションが返って来た。こんな強引な誘い方をしているのに、綾香の目はすごくキラキラしている。

「別に必ずソフトボール部じゃないといけないってことはないから、ぜんぜん問題ないよ。それに今から部活作るってとっても楽しそうだし、環ちゃんとおんなじ部活だし、楽しいことばっかりだよ!」

 わたしでよければよろしくお願いします、と綾香は自分から頭を下げた。屋上に集まったメンバーは皆、なにが起きたのかというように唖然としていた。しかし、この状況を作り出した環本人が最も驚いている自信があった。とりあえず場を収めるため、辛うじて一言絞り出した。

「えー……こ、こちらこそ、よろしく、お願いします」

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