エピローグ
『親愛なるジャチ・ボーギャク二世様
ごぶさた申しております。
直接顔を出して申し上げてもいいのですけれど、私は言うことが下手くそなものですから、手紙で失礼いたします。
あれから、どのようにお過ごしでしょうか。陛下の治めるシラクス市は、ますます栄えていると評判で、こちらにもご活躍が聞こえてきます。
私の方はというと、既に耳にしているかもしれませんが、今では魔王城に住み、執務作業に追われています。元魔王領を勇者が管理するなんて、へんな感じですけれども、仕方ありません(魔王は、自分を倒した者に、土地と財産を譲ると宣言していたようなのです)
城に常駐している、エルフの兵士たちとは、打ち解けるのにかなり時間がかかりましたが、私と彼らの共通の趣味、即ち文芸によって交流を図っています。エルフは、種族全体が文学を好み、なかには目を見張るような文章を書く者もいて、亜人種の中にも、埋もれた才能はあるのだと実感しました。
しかし残念ながら、現在の世の中は、彼らに機会を与えようとはしません。
魔王討伐の功労者であるトミエは、人魚族でした。そのため、水棲亜人の地位はたいへん高くなったのですけれども、(近頃のマアメイドは、飛ぶ鳥を落とす勢いに見えます。今の彼女達は、路上での産卵すら認められているのです。正直これは認めなくてもよかったのでは、と思わなくもないのですが、マアメイドからすると絶対に譲れない権利らしく、道端でドバドバ卵が産めるなら他に何も要らない、とにかく町中を卵まみれにしたい、と頑なに主張しています。ほぼ人型の鮭です。たまに、この種族が差別待遇にあったのは、当然の措置だったのではないか、と感じる時があります)エルフやコボルトは未だ蛮族扱いで、亜人蔑視の根本的な解決は、まだ遠いのが実情です。
そこで私は、種族格差を是正するためにも、第二回異世界芥川賞を開催したいと考えています。種族を問わず、この世界を生きる作家であれば、誰でも対象となる、公平な審査を行いたいのです。もちろん、私生活に関してもとやかく言いません。どんな飲んだくれだろうと、薬物中毒者だろうと、優れた作品を書いているならば、ノミネートさせてあげるべきなのです。
つきましては、賞の開催にあたりまして、資金面の援助をお願いできないでしょうか? エルフたちの酒代がかさんで、そろそろ金庫が底を尽きそうなのです。とても困っています。お金が駄目なら、せめてお酒を送ってくれると助かります。これは私ではなく、エルフたちの好みなのですけれども、できれば果実酒がいいそうです』
「エルフは全員、下戸の種族ですよ」
冷ややかな指摘に、ペンの動きが止まります。
「このままでは、単に太宰君が飲み食いしているだけだと、見抜かれてしまいますね」
「そういうことは、もっと早く教えてくれないと」
手紙を丸め、屑籠に投げ入れます。
「まいったな、書き直しですよ」
「まあ、気長にやりましょう。どうせ何通も送るんですから。借金のコツは、しつこくせがむことと、なるべく大金を借りることと、一度借りたら返さないことです」
「ためになります」
私は、魔王城の奥、かつては川端の書斎として使われていた一室で、書き物をしていました。
といっても、真面目に書類仕事をしているわけではなく、いよいよ有り金が尽きそうなので、ひたすら、金の無心を書いているにすぎないのです。しかも、私の知人には金持ちが少ないため、途方に暮れるしかないのでした。
「トミエ、早く帰ってこないかなあ。今日はどれくらい売上が出たのだろう」
今や、トミエのニンジン販売だけが唯一の現金収入となっており、おんぶにだっこの状態でした。
「印税が入るまでは、しんどい生活が続きますな」
「なんだか駆け出し時代を思い出します。……ところで」
部屋の隅に立てかけられた、黄金の槍に目を向けます。
「ずっと気になってたんですが」
「何かね」
「なんで喋れるんですか?」
「さあ」
槍――もとい、川端康成が、そっけなく答えます。
私も混乱しているので、上手く説明できるかわからないのですが、川端の肉体は、確かに滅びました。神槍ゲイボルグによって心臓を穿たれ、病魔ごと葬られたのです。
しかし、その魂は、あろうことか穂先を伝い、槍の柄に取り憑いてしまったのでした。
「地縛霊ならぬ、槍縛霊にでもなったのかもしれません」
「直径数センチの物件に縛られるなんて、豪邸育ちの僕には無理ですねえ」
「私とて、生家は大きかったのですがね」
変わり果てた川端に、思い切ってたずねてみます。
「どう思ってるんですか、この状況を」
「…………」
長い沈黙の後、返って来た言葉は、
「これからは、川端槍成とでも呼んでほしいです」
「何をくだらないことを言ってるんですか」
「槍として生きるのも、悪くないと思っています。太宰君は、私のことは気にせず、手紙を書くとよろしい」
「悪いでしょう。その生きざまは、どこをどうみても悪いでしょう。そもそも、生きてると言えるんですか?」
「もう、どこも痛まないですし、食事も睡眠も不要ですから、理想の体です。その上、美しい娘に握ってもらえるのだから、文句のつけようがない」
「ええ……?」
「トミエさんに使われるのは、気分がいいです。あの娘の右手は、よい」
川端の精神構造は、計り知れないものがありました。
あるいは、計ってはいけないものなのかもしれません(測定器具が壊れそうな気がするのです)
「元々人間離れしていただけに、しっくりくるのは確かだが……いいのだろうか、これで……?」
「そんなに気になるなら、私を主人公にして、小説を書けばいいではないですか」
「嫌ですよ。全然僕の趣味じゃない」
「できれば、『女生徒』のヒロインのような、可憐な少女と絡ませてほしいです」
「いや、書きませんから。なんでもう、僕の作品に出演するつもりでいるんですか」
「私は、女生徒は本当に良い作品だと思っています。太宰君の書いたものの中でも、ずば抜けて少女の描写がいい」
「……そんなにですか?」
「芥川龍之介に匹敵する才覚を感じましたね」
「まあ、そんなに言うなら、書いてあげるのもやぶさかではないですけども」
「あと、『美少女』に出てくるような、無防備な少女も脇に添えてほしいです」
「仕方ないなあ」
「『千代女』の和子みたいな子も欲しいですね」
「何人、女を侍らせるつもりなんです?」
「太宰君にだけは言われたくないです」
万年筆を片手に、川端と二人、しょうもない会話を繰り広げていると、廊下の向こうから、トミエの声が聞こえてきました。
「おや。お帰りなすった」
「賑やかな娘です」
トミエは、血相を変えた様子で部屋に飛び込んでくると、
「大変デース! 勇者様の力を貸してください!」
「またかね?」
やれやれ、と川端を手渡し、戦支度を始めます。
魔王を倒してからというもの、人間同士の争いが増えてきたため、近頃の私は、仲裁に駆り出される機会が増えているのでした。力づくで止めたのも、一度や二度じゃ済みません。
「ノー、ノー、今回は戦わなくていいんです」
「へ?」
トミエは、身ぶり手ぶりを交え、興奮した様子で語ります。
「男の子たちが、正門の前で文学論を戦わせてるんデース。それで、どっちの言い分が正しいか、勇者様に判断してほしいみたいで」
「そんなくだらないことに、いちいち付き合ってられないよ。断ってくれないか」
「くだらなくないです。だって」
トミエは嬉しそうな顔で言います。
「人間とエルフとコボルトの、混合メンバーなんですよ、その人たち」
「なんと、……」
驚きのあまり、川端が息を呑む気配が伝わってきました(呼吸するの? という疑問は捨ててください)。
「平和な争いだねえ」
「最近、いつも同じメンバーで集まって、芸術論をぶつけ合ってるらしいんです。ライバルなんですって、彼ら」
「ああ……、そりゃあ、いい関係だなあ」
ふと、私がまだ、青臭い文学青年だった頃が思い出されました。仲間と集い、文芸について語り合う日々。輝かしい思い出。
「僕らが思っている以上に、世の中は変わり始めているようだ」
からだを張った甲斐がありましたね、と目配せすると、川端が宿った槍は、何も言わず、ただそこに佇んでいました。照れ隠し、あるいは、感動のあまり絶句しているのかもしれません。
「わかってますね、太宰君」
「持っていけと言うんでしょう?」
私は、川端を肩に担ぐと、意気揚々と城の外へと向かいました。
木漏れ日は暖かく、冬が明けようとしているのを感じます。
fin
このお話で完結となります。
挿絵付きで冒険を振り返りたい、という方はオーバーラップノベルス様より刊行される、書籍版の方を手に取ってみてください。




