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Season  作者: 田中 遼
42/67

日の沈む方へ




「ほら、左側に窓あるじゃん?」 と華は口を開いた。



「はぁ」


「あれ、南向きだって知ってた?」


「え、そうなの?」



順治は町の地図を思い浮かべる。

確かに、あっちは南だ。



「じゃ、私たちが窓を左に座る理由は?」


「え、理由? 黒板があっちにあるからじゃなくて?」


「だから、その理由」


「知るかよ、そんなもん」と順治は顔をしかめ、華は声を上げて笑った。



「アハハ、考えてみなよ」



順治は眉間にシワを寄せたまま考える振りをする。


ちらりと華を盗み見ると、彼女はそ知らぬ顔でシャープペンをいじっている。


順治はなんとか答えてみせたかった。

そうしたら華が笑顔になると思った。

しかし。



「……ダメだ、分からん」



涼しい顔をしている割りに悔しそうな言い方で、結局本心がにじみ出てしまっている。



「理由はね、これ。一応ヒント出してたんだよ?」



華はニコニコ笑ってペンを振ってみせた。

順治の息が詰まる。



「右手で物を書くとき、右から光が差すと影が出来ちゃうでしょ? だから左に窓があるの。で、より光を入れるために窓が南向きになってるから、黒板の方を向いてる私たちは皆、西を向いてるってわけ。日本中どこでも、ね」



「へー!」と順治は純粋に感心してしまう。

校舎がそんなことまで考えて建てられているとは知らなかった。



「そーいう決まりとかあるんだ?」


「さぁ」と華は無責任に肩をすくめた。

「え」と順治が振り返り、華はにやっと笑う。



「と、いう話を聞いたことがあるだけ。本当か嘘かは知らないよ」


「なんだよ!」


「でもさ、不思議じゃない?」



華はまた遠くを見るような目になった。



「これが本当だったら、日本中の色んなところでこういう風に机が並んでて、私たちみたいな子たちがこの方向を見つめてるんだよ? 何か一つになってる気がしない?」



順治は目を閉じてみる。


授業中の教室を上から見た景色、三十人がきちんと並んで座っている。

壁がなくなれば隣の教室でも、その隣でも。

床がなくなれば下の教室でも。

天井がなくなれば上の教室でも。


もっと上から見る。


隣町の学校でも、整然とした集まりがいくつも並び、重なり、大きな塊を作っている。

隣でもその隣でも。


もっと上から見れば、もっと先でも同じような集団が宙に浮いているのが見えるだろう。


皆日の沈む方向に目を向けて、退屈さを噛みしめて。



彼の想像力はぐんぐん登っていき、鳥の視点を超え、雲の視点を超え、宇宙に飛び出し、地図で見た日本列島を見下ろしている。


確かに不思議だ。


至るところで同じ奴らがいる。

京都でも、大阪や名古屋、金沢……。



「あ」



順治は突然、自分の教室に帰ってきた。

そして間髪入れずに振り返り、華の見ていた方向を見る。

その方角にあるはずの大都市を。



「……東京?」



華が真顔になる。

順治は単語だけでさらにもう一度核心をつく。



「……翔太?」



華は答えられなかった。

ただ、視線を落とした。


その時何故か彼女の口元に笑みが浮かび、順治は息をのむ。



「……ご、ごめん、変なこと言って……」


「大丈夫」と華は肩をすくめた。


「私が馬鹿なこと思ってるだけで、黒岡君には関係ないことだし」



他意はなかったはずである。

しかしだからこそ、順治には痛かった。


実際によろめいてしまうほどに痛かった。



「……関係ないってことはないだろ」



知らぬ間に言葉が漏れ出ていた。

華の怪訝そうな顔を見て、順治はそれに気づく。


彼が「あ」と思ったその時、華が静かに首を振った。



「ううん、ホントに大丈夫だから」



そういうことじゃない、と思った。



「関係なくないって」



順治の声が潤む。


華ははっと顔を上げる。

彼女は彼の口から出かかっている言葉を察してしまい、それをとどめようとした。

しかし、何一つ出来なかった。


順治の肺がすっと息を吸い込む。



「だって――!」




物語は始めに戻る。







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