第十三話 「ゴブリン」
――――ここで逃げだすことのできない理由。
それは、このゴブリン達の持っている武器にずばりある。
そこら辺で拾って来たような棍棒はともかく、そこそこ造りのしっかりしてそうなナイフや小剣を、目の前の知能レベル低そうなゴブリン達が作れるはずもない。すると、あれを作ったのは人間であり、ゴブリンは人間からそれを奪って来たと考えられる。
ということは、だ。このゴブリン達の行動範囲は、この世界の人間の行動範囲と被っている可能性が非常に高い。この洞窟周辺からまたどこぞに繋がる道を探せば、人間のいるところまで帰れるはずなのだ。現状取りうる手段としては、これがもっとも効率が良い。ここで逃げだして、ゴブリンの住処から離れるのはよろしくないというわけだ。俺は早くこの森から出たいんだよぉ!
「わかったか?」
「……意外としっかり考えとるんじゃの」
「意外は余計だ。しかし同時に、ここで無理をして討ち死にしても意味が無い。だから一つ、作戦を考えた」
「おお、流石アキトなのじゃ! それで、その作戦とは?」
「うむ。名付けて、『味噌汁でゴブリン懐柔作戦だ』!」
作戦内容はこうだ。
まず俺が、《クリエイト:味噌汁》で美味しい味噌汁をゴブリンの前に出します。
やつらが味噌汁の美味さの虜になっている間に、俺が武器を奪ってゴブリン共をばっさりやります。
以上!
「そんな作戦通用するかのぅ!?」
「大丈夫だ、俺を信じろ! 《クリエイト:味噌汁》ぅぅぅうう!」
ゴブリンは十七匹になったところで、もう手勢は十分と思ったのか一斉に襲いかかってきた。彼我の距離は二十メートルもない。あわや絶体絶命の大ピンチというその時!
突如として俺とゴブリンの間の地面に現れる、輝く魔法陣!
眩い白の光を放ちながら、ゆっくりと救世主がその姿を現す!
その名は味噌汁、今からゴブリン達を殺す死神の名だ!
ことん、と静かに着地した味噌汁入りの片手鍋。ゴブリンはそのあまりに派手な登場シーンに度肝を抜かれたのか、ぴたっと足を止めた。ふふふ、どうだ、意味が分からないだろう。……俺もちょっとよく分かんない。
「《クリエイト:味噌汁》! 《クリエイト:味噌汁》! 《クリエイト:味噌汁》!」
《クリエイト:味噌汁》を連続で使用する。今更だがこれ、結構離れた所にも出せるな。出現位置に対して無駄に汎用性高いけど、それが今はありがたい。
まるでゴブリンに対する防壁のように、ずらっと横一列にならぶ味噌汁。その数、ゴブリンと同じく十七個。
「さぁ、食い付け……一人一つあるぞ……仲良く分けあって食うんだぞ……!」
「おお、発言はすごい馬鹿っぽいけど、確かにゴブリンに対する牽制になっているのじゃ。あとはゴブリンが匂いにつられて味噌汁を食べ始めた時が、やつらの最期なのじゃ!」
「そういうことだ」
「流石は妾の選んだ勇者なのじゃアキト! かっこいいのじゃ!」
「そうだろう、そうだろう」
リフィときゃいきゃいやっていると、一匹のゴブリンがおずおずと前に歩み出てきた。鼻をひくつかせていることから察するに、これが食べ物だと気付いたのだろう。鍋の中を覗き込み、味噌汁から出るほかほかとした湯気を直接嗅いだ。
「ギャッ! ギャギャッ!」
醜く口の端を歪めて、なんだか嬉しそうなゴブリン。無防備にも後ろを振り向くと、仲間を呼んだようだ。わらわらと残りの十六匹も集まって来て、味噌汁の匂いを嗅いだ。
「ギャッ!」
「ギャギャッ!」
「ギャギャ! ギャギャギャッ!」
ゴブリン達はなんか、小躍りしていた。棍棒やショートソードをもって、ウッホホウッホホといった感じだ。
まだだ……まだ待つんだ。奴らが味噌汁を飲む始めるタイミングをじっと待つ俺とリフィ。いやごめん、待ちきれなくて、すり足でちょっと進んでる。でもリフィも同じようなもんだった。堪え性のねぇ神様だな!
そしてゴブリン達は示し合せたように、そんな俺達の方を見る。
味噌汁を見る。俺達を見る。味噌汁を見る。
そして……
「ギャッ! ギャッ!」
「ギャギャッ!」
「ギャギャ! ギャギャギャッ!」
味噌汁をそっとその場に残して、奴らは俺達に襲いかかってきた! ゴブリンダッシュだ! 足は遅いけど数の脅威はすごいぞ!
「くそぉぉぉおおお! 思ってたより頭が良い! なんだよ、結構堪え性あるな! ゴブリンのくせに!」
そこは戦闘中にも関わらず味噌汁パーティーを始めて、そこを俺が当初の作戦通りにばっさりやって、俺すごいね、ゴブリン馬鹿だねってなるところだろうが!
「作戦は失敗だちくしょう!」
「のじゃああ! 実はなんかそんな気はしてたのじゃぁ! ……ど、どうするのじゃアキト! 逃げるのか? 逃げるのかの?」
ゴブリン相手にやたら逃げ腰な神様。神とは一体なんだったのか。
「いや、仕方ない。こうなった以上、奥の手を使う!」
森に慣れた十七匹のゴブリン集団から、確実に逃げきれるという保証はない。こんなことなら、奴らが味噌汁に興味を示している間に逃げておくべきだった。
「奥の手!? そんな凄そうなものがアキトにあったのかの!?」
「失礼だなお前! ……あるんだよ、猪とぶつかり稽古をして発現した、とっておきのスキルがな」
ミニボアとか言うクソ弱そうな名前の魔物から得た、俺の初めての戦闘系スキルだった。やつに何度も吹っ飛ばされているうちに、天が憐れむように与えたもうたスキルである。
ただ、使わないにこしたことは無かった。スキルを取得するには、スキルポイントが必要だからな。俺の残りスキルポイントは2だ。これを取ったら、ぴったり初期ボーナスポイントは無くなることになる。
しかもこのスキル、デメリットが少しばかりきついので、そう気軽に使えるものではない。
でも、ここで取らずにいつ取るんだという話なので、メニューを呼び出し迷わず選択。
脳内に流れるのは、機械的なアナウンス。これもどういう仕組みなんだろうね。
<《スーパーアーマー》を取得しました>
《スーパーアーマー》1
(【任意発動型スキル】どんな攻撃もものともしないスキル。十分間、自身の防御力を大きく上昇させ、ノックバックを無効化する。その後は十分間、硬直状態で動くことはできず、このスキルを発動不可。レベルが上がると、防御力・効果時間・硬直時間が増加する)
……防御力ってどういう概念なんだよとか、ノックバック無効とか完全にゲームじゃねぇかとか、言いたいことはいろいろあるけど、ともかくこの状況を打開するにはこのスキルを使うしかないだろう。
「おお、アキトにあるまじき強そうな名前のスキルなのじゃ!」
「あるまじきってなんだ。言葉に気を付けろ」
隣の女神が酷いことを言うので、張り手で黙らせる。
さて、スパアマ状態なだけでこの先全部ゴリ押しできるほど、異世界は甘くない気がするけど、ゴブリン相手なら多分大丈夫だろ。ちゃんと防御力を上げてくれる親切設計だし。大きくと書いてある辺り、これで相手の剣もカキーンできるはず。いやしてください、お願いします! まじで頼みますよ!
「覚悟しろゴブリン共! 十分以内にカタをつけてやるぜ! 《スーパーアーマー》!」
走り寄るゴブリンに向かって、威勢良く宣言する。
スキルを発動すると、なんとなく体が丈夫になったような気がした。プラシーボ効果かもしれない。でも効果はちゃんとあるって信じてる。なんかオーラを纏ったりとか、そういう演出が一切無いのが気になるけど。
なお、本当に十分で終わらない場合、硬直時間でハメ殺されて、俺が死ぬ模様。
「なんかデメリットでかくないかの!?」
「だから俺も使いたくなかったんだよ! そういうわけだから、戦うぞリフィ。覚悟決めるんだ」
不壊属性とか付いてるらしいリフィにも、実は期待してる。囮にしたら最強じゃね。
「……う、うむ。アキトがそう言うのなら、妾は覚悟を決めるのじゃ……お主こそ、カッコいい所を見せて欲しいのじゃぞ」
「任せとけ。俺はだいたい何をやってもカッコいい」
たとえ、及び腰でゴブリンにもみくちゃにされてもな!




