第十二話 「覚悟」
リフィが立ち直ってから、また森を歩きだす。
なんだかんだいって浄化作用のお陰で気分もさっぱりしているし、今日はほどほどに歩けそうだ。疲れたらしいリフィを肩車して、時々『にょわー! 毛虫が顔にっ』とかいう声を聞きながら木々の合間を縫っていると、なんだか不自然に草が踏み倒されているところを発見した。
リフィを降ろして一緒に確認する。
「これは……この大きさじゃと、獣道かのぅ」
「いや、ここを見てくれ。木が刃物か何かで払われた跡だと思う。きっとこれは……人が作った道だ」
「のじゃっ!?」
リフィと顔を見合わせて、道の先を見る。
途中で曲がっているため先までは見通せないが、俺は探索二日目にして、森を抜けられそうな予感にワクワクしていた。リフィも浮ついた様子で、ぴょんぴょん跳ねている。
「いってみるのじゃ、アキト!」
「当たり前だぜ!」
一つ頷いて、俺達は森の小道を駆けだした。待ってろ人の街! 勇者アキトの凱旋だぜひゃっはー!
なんかテンションがおかしくなっていて、顔に当たる枝も気にせずに突き進む。
この時点で、おかしいと思うべきだったのだろう。人が作った道にしては、リフィが言う通り小さすぎるということに。
小道を抜けたところに広がっていた光景は――――
「ギャァ! ギャギャッ!」
「ギャッ!」
「ギャギャ! ギャギャ!」
緑色のちっさいおっさん達が、切り立った岩壁に空いた洞窟の周りでたむろしていた。
手には棍棒や切れ味の悪そうなナイフを装備し、元が何色だったかもさだかではないような汚い布で、大事なところだけ申し訳程度に隠している。三人、いや四人か。音に敏感なのか、小道の方向を向いてなにやら騒いでいる。
そして勢い余って俺達は、その緑色のちっさいおっさん達の前に飛び出してしまったのだった。
「――しまった、ゴブリンなのじゃ!」
ちっさいおっさん、ゴブリンらしかった。
<《異世界言語習得》の発動条件を満たしました。『ゴブリン語』を習得しますか? YES/NO>
頭の中に響くのは、どこか機械的な声。そして目の前に現れる、YES/NOと書かれたガラス板。
いきなり出てきたガラス板はもちろん、NOのところを殴っておいた。そんなもん習得するかボケ。
◇◆◇◆◇
「これがゴブリンなのか」
人間の子供くらいの大きさに、おっさんみたいな顔。頭は禿げあがり、耳はとがっていて、皮膚は緑色。額位には親指くらいの大きさの黒い角が生えている。まあ大体、ゴブリンと言われれば想像するのは目の前のこれと一致するな。
そしてゴブリンといえば、ゲームでもお馴染み、人間と敵対する種族の代表格みたいなやつらだ。繁殖力が強くて、女の子をさらって十八禁的な行為をやったりすることでも有名。あと、すげー弱くて小説とかではよく物語の序盤で主人公に大量虐殺されることでも有名。繁殖力強いからね! 仕方ないね!
「だいたいその認識で正しいのじゃ」
「ということは、これはあれか。本格的な戦闘になりそうな予感」
たむろしていたゴブリンは、一匹は洞窟の中へ入っていき三匹がこちらの様子を窺っている。いきなり全員で突っ込んでこないあたり、知能はそこそこあるらしい。ただ突っ込んでくるだけだった昨日の猪さんとは、一味違うね。
「ゴブリンもやっぱ、魔物に分類されるのか?」
一応人型してるし、ひょっとするとコミュニケーションできる存在だという可能性もある。この世界ではゴブリンに人権とかあるかもしれない。そこんところどうよ。
「うむ。人間に近い姿をしておるが、その存在は完全に魔物じゃ。冒険者ギルドに討伐証明部位を持っていけば、賞金も出るのじゃ」
バッキバキの害獣扱いだった。
そして、
「やっぱりあるのか、冒険者ギルド」
冒険者といえば、異世界小説の基本だからね。大体がハーレムの土台になったりする。強い男には自然と女が集まってくる的な理論である。なにそれまじサバンナだわ。ほどほどに強くなって、ほどほどのハーレムを築いてやるぜ、とか野望を抱いてみたり。
まずはその足掛かりとして、冒険者ギルドに手土産を持っていくのもいいだろう。突如現れた謎の新人感とかでるし、やっぱそういうの王道だよね。実際やるとめんどうなことに巻きこまれそうだけど、憧れるだけ憧れるわ。
「……まあ、妾は器の広い女じゃから、よいけどな」
「ん? なんか言った?」
「なんも言っておらんのじゃ~」
わざとらしく、腕を肩まであげてやれやれのポーズをするリフィ。変な奴。
しかし、今はそんないつも通りのリフィに構って漫才をやっている場合でもないのだ。ゴブリンの体格から考えて、猪よりも強いとは思えないから、猪の場合と同じく時間をかけてボコって戦闘不能にしていけばいい。
いや、貧相な体つきをしているしヒューマノイドタイプだし、殺そうと思えばあっさり殺せるだろう。猪と違って、細っこい首が明確な弱点なのだから。人間の子供のそれと比べても、更に細い首をしているのだ。
しかし。それをするためには、大きな覚悟がいる。
やつらは人間と同じ形をしているのだ。目も耳も鼻の穴も二つある。手足が二本ずつあるし、指も五本付いてる。だからその手は、何かを握るのに非常に適した形をしている。
「……アキト……しかし、どんなに姿形が似ていてもやつらは魔物なのじゃ」
俺は、ゴブリンが手にしている物に目を落とす。最初に援軍を呼びに行ったやつが帰って来て、洞窟の奥から十匹くらいのゴブリンが追加で現れた。そいつらは一様に、切れ味の悪そうな小剣やナイフで武装していた。
これと戦うには大きな覚悟がいる。
そう――
「刃物で切られる、KAKUGO……」
――なんで、最初の二匹以外全員刃物で武装してるんだよ!
まじビビるわ! 棒で叩かれるのはともかく、刃物はやべぇって! 俺の前衛力の無さを舐めんなよ! 切られた後、リフィの浄化作用で対応できなかったらどうすんだ!
「そっちかい!」
「そっちってどっちだよ! 俺、流石に切られたりするの嫌なんだけど! 無理なんだけど!」
俺にとって……というか誰でもそうかもしれないけど、刃物というのは最も身近で攻撃力の高いアイテムだ。カッターとかハサミとか包丁とか、見慣れている分、それで傷つけられたらと思うとリアルな想像をしてしまう。実際、刃物で怪我をしたことのない人も少ないだろうし、その鋭い痛みは身近な恐怖の象徴なのだ。ただ殴打されるのとは痛みの種類が違う。
だいたい、打撃じゃなくて斬撃なら、ふとした拍子にばっさりいかれるかもしれない。流石に刺されたりしたら、死ぬんじゃなかろうか。俺の《頑丈》レベル3がどこまで通用するか怪しい。俺は俺自身を全然信じてないぞ。多分死ぬぞ。
「いや、てっきりゴブリンが人間に近い見た目じゃから、殺すのを躊躇っておるのかと」
「見た目小学生にセクハラしてる時点で、そういう法的な心の楔は解き放った。今の俺は紳士という名の修羅だ」
「いやそれもどうかと思うのじゃぞ!?」
まあそれは冗談だけど。でも、あんまりこの世界の生き物を殺すのに抵抗が無いのも確か。未だに現実感が無いのか、俺の適応力がマッハなのか。でもゴブリンとか、超緑色だしなぁ。あんまり人間に近いって感じもしないし。まあそういう面倒なくだりがすっとばせたと喜ぶことにしよう。
「その代わり別の面倒なくだりが発生しとるのじゃ!」
「じゃあお前ちょっとあのナイフで切られてこいよ。あの切れ味の悪そうな、触っただけで病気になりそうなあの刃で切られてみろよ」
興奮したように叫ぶリフィに反論する。やめろよ、ゴブリンを刺激するなよ。今数えたら、十二匹も居るんだぞ。しかもまだ増えてるぞ。一斉に襲いかかられたらたまったもんじゃない。今は向こうが出方を決めかねているからいいものの、所詮ゴブリンだからな。いつ痺れを切らすか分からない。
「…………。のじゃぁ」
想像してみたのか、リフィの口から弱々しい鳴き声が発せられる。
「嫌だろ?」
「嫌じゃな……たとえ死なんとわかっていても嫌じゃな……」
「しかし、ここで逃げるわけにも行かないんだなこれが」
「なんでじゃ? 妾はもう逃げだしたくてうずうずしておるぞ!」
先ほどまでの威勢とは打って変わって、全身で逃げたい感をアピールするリフィである。
それでいいのか女神! 本当にいいのか! こいつにはもうちょっとこう、神様としての尊厳が必要だと思います。




