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後日談 祐樹くんのおはなし

 あの満月の日から数カ月過ぎた。

 最初こそ、はなは見るからに暗く、仕事に支障をきたすのではないかと思うぐらいだった。だけど、やはりはなはすごい。

 仕事はきちんとこなす。嫌な顔をもせず、外回りで取引先に頭を下げ、上司からきつい一言をもらっても何も言わなかった。黙々と仕事をこなしていた。

 きっと、仕事をすることで擬人化グモのことを忘れようとしているんだろう――そう思っていた。


「祐樹くん! アダンがね、神様になったの!」


 ある昼休憩のこと、いつも通りはなとラーメンを啜っているときだった。

 突然そんなことを言いだすはな。だけど、嘘をついているように見えない。むしろ、心の底からの嬉しそうに笑っている。……かわいい。


「……か、神様? え、どういうこと?」


 もう敬語はやめた。

 いつまでも敬語だから、きっとはなは俺のことを男として見てくれないんだ。

 にしても、アダン? ……確か擬人化グモのことじゃなかったか。


「この間夢にね、神様が出てきたの。それで神社に行ったら本当にアダンが神様としていたのよ!」


 なんて嬉しそうに笑うんだ。

 ……ほら、周りの男どもがこっち見てる。てめぇらこっち見るな。


「……聞いてる? 祐樹くん」


「え、あぁ……聞いてる」


「こんな話できるの、アダンとかG子のことを知っている祐樹くんしかいないから……。思わず話したくなっちゃったのよ」


 あぁ……俺が特別、っていう意味でもないのか。

 あくまでメインはアダンであって、俺は話を聞く相手、っていうことか。……はぁ。


「……ど、どうしたの? ため息なんか漏らしちゃって。……あ! もしかして、祐樹くんのところにG子が復活したとか!」


 ラーメンが噴き出しそうになる。


「そ、そんなわけない! ……俺はG子ちゃんは嫌いじゃなかったけど、好きでもない。本当に大変だったんだぞ……同居生活」


「そうなの? ねね、G子とどんな生活していたの?」


 目を輝かせて興味津々のはな。

 うーん……俺にももっと興味持ってもらいたいんだけど……まぁいいか。はなが楽しめるなら。


「じゃあ話そうか。……別に面白くもないと思うけど」


    ■    ■


 俺の部屋を物珍しそうに眺めている。頭から生える触角をぴくぴくと動かして、そわそわしているみたいだ。


「……とにかく、満月までだっけ? それまでは俺のベッド使っていいから……」


 いくらゴキブリの擬人化、と言えど、見た目は本当女子中学生。さすがにフローリングに寝ろ、とは言えない。

 ベッドの上にある寝巻をとりあえずソファにかけて、と……。


「お優しいのですね、祐樹さま……」


「え? 別にそうじゃない。だってフローリングで寝られても俺がこま……」


 振り返ると、土下座している。


「ありがとうございますっ! もうどう感謝を表現して良いかわからないぐらい、わたくし、感謝しておりますっ!」


「いや、あの、だからって土下座するほどでもない」


「ではどうすれば、祐樹さまに感謝をお伝えできるでしょうか」


 土下座の状態で顔だけ上げて、触角揺らしながら俺を見つめる。

 いや、もう、感謝とかいいから。静かに満月まで過ごしてくれ……。


「……はっ! も、もしや祐樹さま……身体で……」


 なんて言うと、G子がシャツを脱ごうとする。

 ちょ、待て!


「いやいや! G子ちゃん、もう素直にベッドに寝てくれればいいから……」


「かしこまりましたっ!」


 そう言うと立ち上がり、素直にベッドの上に横たわる。

 やっと……落ち着いたか。


「……俺のこと気にしなくてもいいから。ゆっくり休んでね」


 はぁ……。やれやれ。

 風呂でも入って、テレビでも見て、寝るか……。ひとまず、満月まではソファだな。

 風呂と言っても夏の間はシャワーだけ。湯船に浸かると、上がった後にまた汗が出る。

 さぁて、シャワーを出そう――。


「……祐樹さま」


 ビクッとして思わず手を止める。

 すりガラス越しにG子ちゃんが見える。ホラーかよ。


「ど、どうした?」


「……申し訳ございません。先ほど一つ、尋ねたいことがございまして……」


「な、何?」


 見られてないけど、一応大事なところを隠す。


「祐樹さまは……どちらで寝られるのですか?」


「俺? 俺はソファで寝るよ」


「……もしや、わたくしがベッドを使用するからでしょうか?」


 うーん。気にしなくてもいいだけど。


「大丈夫だから。G子ちゃん使って。俺、ソファ寝慣れてるし」


 寝慣れてはないが……。


「さようでございますか……」


 さようです。……納得したか。

 前を向いて再びシャワーの栓を捻ろうとすると――。

 ――ガチャッ。


「ならばせめて、祐樹さまの背中を流させてくださいっ!!」


「ちょっ!! G子ちゃん! いいから、俺一人で大丈夫だから!!」


    ■    ■


 俺の家に初めて来た日。思い出してもため息が漏れる。

 危うく全裸姿を見られるところだった。


「……大変だったね、祐樹くん」


「危なかったよ。寝ているときも、俺が寝てたソファに潜り込もうとするし……」


 家賃を身体で払おうとしていたのか? 

 ゴキブリに夜這いされるとか……よく考えたら気味が悪いぞ。

 いや、考えない方がいい。もう終わったことだ。


「……それでも今考えるといい思い出かな。見た目はかわいい女の子だったし」


「あーそうね。……そういえばさ、前に祐樹くん言ってたよね。G子が、また現れるから好きになってくれ、とか……」


 ラーメンを啜りながら俺の目を見てしゃべっていない。

 なんだ、何か言いにくいことでもあるのか。


「……言ったけど、どうかした?」


「アダンが言ってたんだけど……祐樹くんが住んでいる土地の神様がアダンの今の先輩らしいんだけどね。その神様が言うには……満月の日、G子を転生させるのに、G子の願いを聞き入れたらしいの。だから、もしかしたら……そろそろ祐樹くんの目の前に現れるんじゃないかなぁって……」


 どうやらはなは、本当にあの擬人化グモが神様になっていて、その神様が言ったことを伝えている、らしい。

 ……はな大丈夫かな。さすがに、それは信じられないぞ。でも、本当に心配そうに俺を見ている。

 どんな顔で聞けばいいんだ。てか、なんて答える俺。


「……祐樹くん、信じてないね」


「え、あ、いや……」


「ううん、いいよ。……ごめんね、変なこと言って。でも、今言ったことは本当だから……。じゃあ先に戻るね」


 はなはそう言って席を立った。長い黒髪のポニーテールを揺らしながら去っていく。

 ……本当なんだろうか。はなが嘘をつくとは考えにくいが……。さすがに神様になったと言われても信じがたい。


 その後、はなと気まずくなってしまった。仕事上の話は普通にしゃべれるが、プライベートの話は一切しなくなった。

 プライベートと言っても、あの擬人化騒動の話ばかりだったが……それでも、共通の話題、という面ではとてもよかった。

 もし、はなの言う通り、あの擬人化グモが神様になっているのであれば……いやいやそんなわけない。想像もできない。

 漫画やアニメじゃあるまいし。そうは言っても、実際にG子はいた。しかし、今思えば悪い夢でも見てたんじゃないかと思うことがある。

 早くはなも目覚めてほしいが……。それまで俺は待てるか? ……自信がない。


「……はな」


 帰ろうとするはなを呼び止める。


「……どうしたの、祐樹くん」


 不思議そうに見つめるはな。


「この間の昼のことなんだけど……その……」


 呼び止めたけど、どうするんだ? 謝るのか? 何を?

 ――言葉が出てこない。


「祐樹くん、いいよ気にしないで。私、平気だから。祐樹くんとは良い仕事仲間だと思ってるわ」


 よく見てきたはなの笑顔だった。

 凛とした強さを持つ、憧れた笑顔。


「私ね……神様が彼氏なの。ありがとう、心配してくれて。お疲れ様」


 そう言った彼女の笑顔は違った。柔らかい笑顔。嬉しさが有り余っているかのように。俺では絶対にさせてやれない顔。

 ふっと思わず自嘲した。

 見事に振られた。何回目だ? あんな顔されちゃもう無理だ。

 結構自信があったんだが……しょうがないか。はなが幸せならいい。

 俺も幸せになればいいんだ。でも……相手がいねぇな。

 ……家に帰って、一人酒でもしよう。



「……ん?」


 マンションの入り口の横に――段ボールがある。

 中に……子猫? ミャーミャーと俺に対して必死に鳴いている。よく見ると――段ボールのなかに手紙が入っている。



『貴方に幸せを運ぶネコ』



 ……なんだこりゃ。新手の勧誘か?

 子猫を抱いてみる。嫌がる様子もなく、小さくゴロゴロと鳴いている。


「幸せねぇ……騙されてみるか」


 子猫を抱いたまま自分の号室へと帰って行った。


   ※    ※


「ほほほ。……こりゃあまた人間観察が楽しくなるのー」


ここまでお読みいただきましてありがとうございました。感謝申し上げます!


思いつきで書き始めた今作品ですが、アクセスしていただいた読者の方々のおかげで完結までこぎつけることができました!

本当にありがとうございました!


感想をいただけるととっても嬉しいです! 今後の作品の参考にさせてください<(_ _*)>

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