スノウホワイト丘陵3
「……その、よく入りますね……」
「え?」
おじさんがそう言ったのは私がイカ焼き三本ほどを摂取し終わり、たこ焼きを食い荒らしケバブを食い散らかし魚の塩焼きを両手に握った頃合だった。
そんなに食べたっけ?どうにもこの身体は食い過ぎとかわからないな。
「そうですかね?」
言いながら魚の腹にかぶりついた。
塩の効いた焼きたてのほかほか魚、実にうまい。
もっちゃもっちゃと口を動かしつつもう見ているだけで胸やけしてきたみたいな青い顔をしているおじさんを眺める。
おじさんは人間だった頃もきっと少食だったのだろう。
うん、そうに違いない。別に私が食い過ぎているわけではない筈だ。
次は何を食べようかなー。それかまたさっきの様に面白い露天でもないだろうか。
「お」
あれは……フィリアだ。
キョロキョロと辺りを見回しながら忙しなく動き回っている。
何かを探しているのだろうか。
「フィーリアー」
「!!……っな、なんですの!行き成り声をかけないでくださいまし!」
「いいじゃん別に。何か探してるの?」
「ギルドで用事も済ませましたし、お二人を探していたのですわ!全く……破壊、いえ、ウルトディアス様!こちらでございますわ!」
「そうなの?」
「ええ、そうですわ。キャメロットさんは妖精王様の元へ向かわれましたの。
……何をそんなに食べていらっしゃるの」
「魚だけど。食べる?」
「食べかけと口を付けていない物を握っておきながら食べかけを寄越さないでくださいまし!」
ちえっ!
わがままな。
口を付けていない魚を差し出した。
ちょっとしか残っていない食べかけを全て口に押し込んで魚の骨はスライムに与えておく。
雑食で結構な事である。ゴミ箱がわりに丁度いいかもしれない。
「クーヤちゃん、お祭りはどうですか?」
「え?お祭りなの?」
「そうですよー」
道理で賑わっているわけだ。
まぁ毎日こんな調子なわけ無いか。
「お祭りではなく品評会ですわ。
この通りには食べ物が多いようですけれど、街中の職人が露天を出しているそうですわ。
展示会場付近にはそういった露天が多いと思いますけれど」
「へー」
そう考えるとさっきのドワーフのおっさんとバンダナあんちゃんは変わっているな。
あんな見つかり難いところで店を出しているんだし、あんまりそういうのに興味が無いのかもしれないな。
しかし展示会場か。興味がムクムクと湧いてきた。
近くの屋台のおばちゃんに網の上で醤油をぶっかけられてパチパチといい感じに焼けている巨大なホタテを要求してから叫んだ。
「よし、その展示会場とやらに行くぞー!」
「あ、行くんですか?では行きましょー」
「仕方ないですわね……」
「………………クーヤさん、まだ食べるんですか……?」
ホタテうまい。
私は悪くない。
美味しいご飯が悪いのだ。
「ほほう」
あちこちから聞こえてくる交渉と諍いと客引きと怒鳴り声。
是非は兎も角賑やかではある。
近くの繁盛している露天を覗き込んでみた。
武具だろうか?大小様々な刃物が並んでいる。
うーん、刃物は持っててもしょうがない。
辺りを見回すと、なるほど。
確かに品評会というだけあってそれらしい人がちらほらと見える。
ドワーフの他に、……あれが竜人族、という奴だろうか?角と鱗が生えている。
本場のウルトより竜っぽい。
「あの偉そうな人達が審査するの?」
「指を差すものではありませんわ。
彼らはギルドの中でもそれなりの地位に居る方々ですわ。
彼らに評価されれば、ギルドに属する職人として今後、様々な依頼が来る可能性が高まりますのよ」
ギルドなのか。
「へぇ……ギルドって品評会なんてやるんだ」
そういやマリーさん達とのお勉強会で色々と手広くやってるといった事を習ったような。
「ギルドでは貴女がおっしゃるところの荒事をこなす冒険者としてのランク評価とは別に、今までこなした依頼の内容の他、特殊能力、知識、工業技術、あらゆる技能が冒険者カードに評価として記載されていますのよ。
薬草に詳しいでも漁が得意でも料理が得意でも、何でもですわ。
目に見えるレベルやステータスの数字、ギルドで主に使われている冒険者ランクという評価がそのままそういった技術に直結するとは限りませんもの。
だからこうして定期的に品評会など、大会じみたものを色々と行うのですわ。その結果もまた冒険者カードに記載されるのです。
戦闘能力が低く簡単な依頼しか出来ず、ランク試験にも合格できない最底辺のFランクでもその他の分野で他を圧倒するなんて方はざらに居るのです。
あらゆる種族が登録しておりますもの。人魚族などいい例ですわ。
そういった方々が戦闘技術のみの狭い範囲でしか評価されないのはもったいないでございましょう?
聞いておりませんの?」
「聞いてませんな」
あの店主、説明はしょりすぎだろ。
まぁ経緯が経緯だしいいけど。
ちょこちょこと歩き回り店を冷やかしまくる。
ふむふむ、さっきのおっさん達ほどの腕前を持った人は中々いないようだ。
もしかしたらこの会場の中心の特に人がみっしり詰まった場所にはあのレベルのお人が居るのかもしれないが。
流石にあの鮨詰め状態に突撃する根性は無い。ウルトは飛び込んでいったが。光物に弱いようだ。
というかやはりあの親子は変わり者だな。
あんな所に居るのだ。話を聞く限り、評価される気がゼロって事だ。名誉などには興味が無く、自分が良いと思える物を作り続ける事が出来ればそれで満足なのだろう。
なんという漢の生き様であろうか。拍手を送りたい。
「……先ほどのドワーフさん達のようにマリンブルーを扱っている方は少ないんですね」
ポツリとおじさんの漏らした呟きにそういえばと気付く。
宝石職人も多いようだが、どこを見ても色取り取りの石ばかり、青い石は見当たらない。
ここらで取れる石だと思っていたのだが違ったのだろうか?
「マリンブルー?確かにこの辺りの鉱山で多く取れる石ではございますけれど……あれを扱っているお方がいましたの?」
「え、ええ……こことは大分離れた場所で……マリンブルーだけを使っていました、けど」
「珍しいですわね。あの石は非常に硬くて脆いですから加工が難しいのですわ。かなりの研磨をせねば使い物になりませんし。
専門で扱っている方なんて見た事ありませんわ」
そうなのか。
散々罵ったがあのあんちゃんもまともに加工しているというだけでも結構凄かったようだ。
「そうなんですか……見事な細工でしたけど……」
「これ貰ったー」
屈み込んできたフィリアに例のピアスを見せる。
「…………これは、凄いですわね」
フィリアが驚嘆したように呟く。
そりゃそうだろう。
見れば見るほど凄まじい物だ。魂さえ宿っていそうである。
「本物の人魚の涙と言われても信じてしまいそうですわ……」
人魚の涙……加護とは別の話のようだ。
ブヒヒ。駄目だ笑ってしまう。
「ぶひょひょ……何それ?」
「何を不気味な笑い声を上げていますの。マリンブルーに纏わるお話ですわ。
人魚の姫と人間の王子の悲恋話ですのよ。結局王子は人間の姫と結ばれてしまい、最後は王子の為に人魚の姫は泡となって消滅してしまうのですけれど……彼女が最後に零した青い涙がマリンブルーとなったというお話ですの」
「へぇ……」
そこまでしたのに泡になってしまうだなんて報われない人魚である。
王子もケチ臭い奴だ。
人魚の姫も人間の姫も大した違いは無いだろう。
そこまでするなら人魚の方と結婚でもなんでもしてやればよかったのに。
あ、でも人魚だと確かに王子的に色々と問題があるかもしれないな。下半身魚ではある意味でお先真っ暗である。
そりゃ残念。
にしても変な人魚だ。
そこまで王子に入れ込んで最後は王子の為に消滅だなんて。
何が彼女をそこまでさせたのだろう。
泣くぐらいならやめときゃよかったのに。
「案外、本当にその石が本物かもしれませんわよ?……まぁ、流石にないでしょうけれど」
確かに本当にそうだったら面白いのだが。
ピアスを見つめてみる。深海を思わせる深い蒼と楽園を思わせる煌く水色、ゆるりと水面を描くような白い筋。
まあ、無いだろう。
いくらなんでも。
「そろそろ帰るかー」
「そうですわね……疲れましたわ」
人ごみの中にはウルトが居る筈だがその姿は見えない。
どこまで行ったんだあのドラゴンは。
「ウールトー」
「面倒ですから置いていきましょう」
「え、いや、あの……いいんでしょうか……?」
「別に構いませんでしょう」
「ははは、酷いなー。構いますよ構います。
もう戻るんですか?」
ちっ!戻ってきやがった。残念である。
食べ終わった巨大ホタテの殻をスライムに与えておく。
たゆんたゆんとゲルボディを揺らしてホタテ貝を飲み込んでいった。
うん、便利だ。
「じゃー戻るぞー」
くあーと欠伸を一つ。
よく考えたら今日は結構動いているな。
宿を取ってゆっくりと休むべきであろう。
カミナギリヤさん達はどこで休んでいるのだろう。
まぁ同じ宿を取る必要もあるまい。
適当でいいか。
四人連れ立って歩き出す。
どうでもいいがおじさんまで増えて養う子が三人になっている。
しかも誰も私の先を歩こうとしない。
いよいよもってカルガモかお前ら。