神域-月花-
「ふぃー」
それなりに居心地の良さげな宿に押し入り、一人一部屋という贅沢使いをしてベッドに腰掛けて伸びを一つ。
今日はよくよく働いた。働きアリも真っ青なぐらいだ。
やることもないので本を開いてみるが……エネルギーにもまだまだ分解作業に時間がかかりそうだな。
朝になる頃には自動洗浄で吸い込んだ分は無理だろうがゴミの分ぐらいは終わるだろうか?
分解量によっては魔物を増やすのを考えたほうが良いかもしれない。消化が悪いので。その辺りの確認を済ませた後はギルドに行ってみよう。
今日はついつい屋台に負けてしまったがマリーさん達と連絡を取ってもらうのだ。何かしらの連絡手段があるようであるし、出来る筈だ。
まぁ、私がしなくても既にキャメロットさんがカナリーさんと連絡を取ったのだろうし、そこから話はいっているかもしれないが。
ごろりと転がってうーむと唸る。このまま入眠といきたいがその前に風呂に入るか。入ってから寝よう。
よし、そうと決まれば話は早い。
がばっと起き上がってバッと服を脱ぐ。そして脱いだ拍子に胸元からなにやら転げ落ちた。
「…………ん?」
何だ?
ベッドに転がったものを拾い上げる。
黒い石だ。……何だっけ。
「あー」
思い出す。ウサギの石だ。そういえばカミナギリヤさんから私が持っとけと貰ったのだ。
嘘か真か悪魔が封じられていると言っていた。
本当だろうか?
手に持ってマジマジと眺め回す。兎要素も無く、特に悪魔な感じもしないが……。ベッドに置いて鶏の如く覆いかぶさってみる。
あっためたら孵るかもしらん。
「………………」
5分で飽きた。
というか良く考えたら卵じゃないしあっためたってしょうがない。そもそも私に体温はそんなに無い。
光に翳してみたり思いっきり振ってみたり転がしてみたり舐めて齧ってみたり。色々やってみるがそれらしき反応は無い。
…………いいや、風呂はいろ。
裸のままはよろしくないのだ。入ってから考えよう。あと暖炉の前の揺り椅子も気になる。あれに座らないのは人生、いや神生を損している。
「牛のお乳はなんになる~」
風呂で一服歌い上げてからタオルをすぱーん。それなりの宿の癖に風呂は部屋に備え付け。宿としては最高級という訳でもない様子であったが。鉱山採掘と鍛冶工芸で成り立っている雪国と考えればどこのご家庭でもあって当然の設備なのかもしれない。この辺りの地形を思えば火山もありそうだし、源泉とてあるだろうしな。
濡れたまま椅子にどでんと陣取りスライムを膝の上に乗せたふたふと揺らし、まったりと暖炉を眺める。
これはいい。ヌクヌク。
ぎっこぎっこと椅子を揺らし暫く。さて、風呂上がりでほかほかとした身体も落ち着いてきて本能が睡眠を欲している。よし、寝るか。
ウサギの石は……うーん。この石が偽者という可能性も十分にあるが。
悪魔というし、地獄に放り込んでおけば何とかなる気もする。
というわけで地獄に放り込んでおいた。
魔力も少ないし、あとは取り出し作業の終了を待つことにするか。
いそいそとベッドに潜り込んで3秒で寝た。
───────────揺り椅子に座っていたせいか。炎を前に揺り椅子に座っている。
深々とした静けさだけがある夜闇の中、手にもつ燭台に炎を灯した。揺らめく炎の中を様々な景色が流れ落ちていく。消えゆく星、燃え落ちる人、空を飛ぶ鳥。やることもないのでそれを眺めて時間を潰していた。なんとなくだが、そろそろ霧散するな、という感じがした。かといってなんかやるという気も起きないので大人しくその時を待つだけだが。なんだか億劫なので。なんなら立ち上がるとかすらしたくない。めんどいとかどうとかではなく億劫なのだ。体力と気力がないというかガス欠というか。ババアかジジイか?
まぁ多分これ夢だしな。たまにある変な夢の一つだろう。身体と精神がずれているような奇妙な違和感。いや、というよりも精神である私がなんかどっかに引っかかってる感じがあるというか。アンカーで留められているというか。とりあえず異世界ドリームというわけだ。あるいは何か受信しているのかもしれない。
というわけで焦ることもなく暫くそうしていたが。
いつの間にか少し離れた場所に人が立っている気配がある。耳まで遠いので何を言ってるのかわからんな。なんか言われたのはわかったが。若木から削り出された刃のような気配に若々しくもないが老いてもない生命体だなと当たりをつける。私の手元、燭台の灯火を注視しているのが感じられた。
まぁ暇なら見ていくがいい。ここに残された時間はそうないが。
移り変わる映像は映画みたいでちょっと面白いし、夜明けと共に雲散霧消してゆくであろうこの夢の中で共に消えゆく老人は枯れ木の如く何も考えていないし何も感じていないようだが、もちろん私は暇なのだ。
揺らめく小さな火に息を吹きかける。
「…………ん?」
ひんやりとした空気に目が覚めた。
むくりと身体を起こして部屋を見回す。変だな。窓が開いている。
スライムか? ……いや、スライムは私のベッドの隅っこで寝ている、のか? 兎に角大人しくしている。
開いている窓から顔を出してみるが。特に何か不審なものがあるでもなし、夜に沈む街があるだけだ。
真夜中の街はしんと静まりかえって音の一つもしない。
「………………うーむ」
特に気になる異常は無い。空を見上げてみればそこには煌々と輝く満月。
しかし、何で窓が開いていたのか。間違いなく閉めておいた筈だが。もう一度顔を出してみる。
……にしても、静かだ。
街には人影は無く、ただただ静かに雪が降っている。
真夜中だから、で済むだろうか。建物や街灯の白い灯りだけが雪の街を照らしている。静かというよりも生命の気配が。多少の頭痛と首の痛みを無視して視界を広げて眺めてみるか?
そこまで考えたところで。こつこつ、小さくドアを叩く音。あまりのことにミニマムハートが飛び上がった。
こんな真夜中に誰だ?
恐る恐るとベッドから降りる。取り合えず護衛にスライムを抱えた。
そろりそろりと歩み寄る。ドキンコドキンコと脈打つ心臓。
開けた瞬間ウギャーとかならないよな?
開けるべきか、やめておくべきか。悩ましいな。
「クーヤちゃん、起きてます?」
「…………ウルト?」
意外な人物であった。夜型か?
「何その姿」
部屋に招き入れてみたはいいが。なんだか変だな。
姿がやけにドラゴンっぽい事になっている。
竜人みたいな。
「あ、これは幽体ですから。アストラル体っていうか、精神体っていうか。
それで物質界とはちょっと違う姿なんですよ。クーヤちゃんは変わらないですねー。物質体のまま幽界に居るのって逆に怖いですけど」
「へぇ……。まあいいや。どしたの?」
「いえ、これはクーヤちゃんかな、と思ったんですけど。
その様子だと違うみたいですねー」
「何が?」
「取り込まれました」
「…………?」
「ここは神域内ですよ。
物質界とは一次元上の世界、精神世界って言うんですかね?
何者かはわかりませんが、誰かの領域内に引き込まれたんですよ。物質界のほうでは変わらず、僕らは寝ているんだと思います。星幽体だけということは物質界にまで影響を与える事が出来るほどでないってことですからね。カミナギリヤさんの神域よりも格は低いってことです。
簡単に言えば夢の世界って感じですよ」
「神域……」
私で言うところの地獄か。
誰かの神域、兎に角そいつの世界に引きずりこまれたらしい。
「何か異常はありませんでしたか?」
「え? ……うーん……」
考える。そういえばさっきまで気にしてた事があった。
「窓が開いてたな」
「……寝ているクーヤちゃんに会いに来たけど眷属に弾き出されたってとこですかねー。
今は出てこない、となるとあんまりいい感じしないですけど」
「ええー……」
この世界を作ったのは私に用事がある奴って事か?
いやだな。面倒くさそうだ。
「困りましたねー。探すにしても神域内で僕とクーヤちゃんだけだと……。
フィリアさんは居ませんでしたし……ああ、アッシュさんはまだ会ってないな。魔族ですし、こっちに来れている可能性ありますね。
行ってみましょうか」
「う、うむ」
ウルトが真面目だ。
真面目に危険、って事じゃないのかこれは。ちょっと怖くなってきた。格が低いとは言っているがそれはそれということだろうか。
「この世界でこう……死んだりしたらどうなるのさ?」
「現実で中身が無くなって永遠に眠り続ける僕らが爆誕しますかねー」
速攻でスライムの他に本と枝を抱えた。魔力は無いが何かあったら必要だろう。ウロボロスの有効範囲かわからない死に方は困る。
廊下の先、おじさんの部屋のドアをこんこんと叩く。
「おじさーん……」
居るか?
「居ない、ですかねー。一人でも戦力が欲しいんですけどね」
何となく小声で話していると、小さな音と共にドアが開いた。
「……あの、どうかされましたか……?」
「………………」
「………………」
「すいません、部屋を間違えました」
「……はぁ……」
出てきた男の人は訝しげな顔をしながらもドアを閉めた。
ウルトと二人で顔を見合わせてから揃って部屋番号を確認する。
「あれ? 間違えた?」
「変ですねー」
102、間違いない筈だが。
「103とかだっけ?」
「うーん、端の部屋ですから102の筈ですけどねー」
一応103をノックしてみる。
やはり誰も出ない。
「階を間違えたかな?」
「いやー、いくらなんでもそれはないでしょう」
そりゃそうだ。おかしいな。
キィ、と再びさっきの部屋のドアが開かれた。
「……あの、その、お二人共どうされたんですか……?
何か手伝える事が有ればお手伝いいたしますけど……」
「え、いや。うん。
えーと、アルカード=アッシュっておじさんを探しているのですが」
「はぁ……? ……どうしたんでしょう?
話が見えないんですが……」
「あー、もしかしてアッシュさんですか?」
「そうですけど……」
「え?」
何だって?
どうみたっておじさんじゃないだろ。上から下までじっくりと眺める。
精神体だから物質界とは違った姿、とは言っていたが……限度があるだろ。言われてみれば黒い髪に暗闇の中でぼんやりと輝く赤い目は確かにおじさんだが。
若い。それも幾つかと聞かれれば答えられない、そんな年齢不詳の若さだ。
いや、というか……かなり化け物じみた感じだ。姿はただの青年なのだが……なんというか雰囲気が。見た目よりも気配が違いすぎてイコールで繋がらない。
普段と違って異物感が凄いな。ひょろりとした肉体の中にこんなんありますと言われると景品表示法違反で訴えるまである。
「真祖としての部分に引き摺られている、ってところですかねー。
こうなるとフィリアさんが居なくて良かったですね。
人間にはきつそうです」
あー、そういえばそういう人だった。
それでか。
「あの……? どうされました……?」
「あー、気にしないでいいよ。
おじさんの姿があんまりにも違うもんだからわからなかっただけだし」
「はぁ……」
よくわかっていなさそうだ。そりゃそうだが。私も状況はわからんしな。
さくっと説明しておこう。
「なんか襲われてるっぽい。ここは神域で夢の世界なんだってさ」
「……そう、なんですか……。神域……聞いたことがあるような……ここから出るにはどうしたらいいんでしょう……?」
「本人を探してここから出して貰うのが一番早いですねー。
ここのルールはわからないですけど、多分出口設計とか無いでしょうから。精度も低いでしょうしあまり街から離れすぎると別次元に迷い出そうです」
「どこに居るのかなー」
「取り合えず宿の外に出てみます?」
そうするか。
階下に降りてみるが誰も居ない。パチパチと暖炉の火が燃えているが……それだけだ。
人の気配は全く無い。暖炉をよくよく眺めてみるとパターン化された模様がずーっと続いているだけなのが見て取れて不気味だ。これが精度が低い、という事かもしれない。確かに窓から眺めた町並みは暗く沈んでいて細かいところが見えなかった。距離があると描画品質も落ちる、なるほど。
三人連れ立って軋むドアを開け、外へと出る。
「………………どうかな」
「うーん。従属する眷属も魔物も居ないようですし……作れるほど強くないのかもしれないですね。
となると、クーヤちゃんを乗っ取ろうとしたんですかねー」
「えぇー!」
それは困る。乗っ取りて!
助かってよかった。本当に良かった。
「あの……」
「ん?」
「妖精王さんはどうでしょうか……。ここに居るのでは……」
「その可能性は高いですねー。探してみます?」
「その必要はない。やはり貴方達ではないようだな」
噂をすればなんとやら。妙にパステルカラーなカミナギリヤさんであった。
歩くたびに花びらが舞っている。しかも何かいい匂いまでする。
「ははは、どうも、カミナギリヤさん。
何か見つけました?」
「いや。笑い声はするが、肝心の本体が見つからん」
カミナギリヤさんもこの世界を作った奴を探していたようだ。
「皆でばらばらに探すとか?」
「クーヤ殿、それはやめておいた方がいい。
戦力の分散は奴にとって望む所だろう」
「そうですね。従属物も居ないと見せかけて実は居るなんて事もありそうです。
それに、ここは夢の主が自由自在にできる世界。異物は僕らです。ルールに従うしかありません。
地の利は俄然、向こうにありますよ」
「むぅ……」
辺りを見回すがそれらしいものは見つからない。
どこに居るんだ?
ぼいんぼいんとスライムも揺れるばかりだ。いつもより激しいな。
「目的は何だと思う?」
「クーヤちゃんの部屋の窓が開いていたそうですから、クーヤちゃんでしょうねー。
びっくりすることにクーヤちゃんって完全に寝るんですよね」
「ふん、なるほど。寝ていたか、それでクーヤ殿も引き込めたのだな。
万事上手くいったとしても後でどうなるか知らんが。眷属に八つ裂きで済めばいいがな」
「そんなのわかんないんじゃないですか? わかってればハナからしてないでしょうし。……あの建物がいいですね」
「そうだな」
さっぱりわからん。私とおじさんを置いてけぼりにしたまま会話は続く。
建物?
確かに建物は沢山あるが。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
「?」
首を傾げる我々は置き去りに一陣の風が吹いた。
全てを凍て付かせる魔物のような冷気を含んだ凶風。
ぽかん、とした顔でおじさんはその威容を見上げている。
そういや初めて見るのか。
いや、私もそうそう見ているわけではないが。
「じゃ、乗ってください」
何を考えたのやら、凶悪極まりない面構えの竜はそんな事を言った。
え、嫌だが。




