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奴隷の街5

 まず聞こえてきたのは地の底から響いてくるかのような憎悪に塗れた怨嗟の咆哮。

 濃密な花の匂い、舞い散る花びら。

 光が弾けるとともに身体のパーツも幾つか弾けて床に転がって呻いていたグロウの身体が悪い冗談のように、それこそ癇癪を起こした幼児が人形を手当たり次第に振り回して壁に叩き付けて回っているかのように何度も何度も壁を跳ねる。


「うわ、駄目だなー。アレは」


 確かに、これは……理性があるようには、見えない。

 キャメロットさんが入っていた筈の妖精王。その姿にあの生意気なクソガキの面影は無い。

 いや、本当に。

 額にちょんと生えていた二本の角からはどこか八重歯のようだったその可愛らしさは完全に失われている。

 伸びた背、腰まで届く長い髪、口元には大きな牙、艶かしく太ましい足、そして胸元でたわわと激しく揺れるボイン、何だあれ許せない。

 いや、それはいい。いや許さないが。

 どう見たって妖精とは程遠い。かろうじて花びらのようなその耳が妖精っぽい。

 ……鬼だ、鬼がいる。

 トゲ付き金棒とか担いだら絶対に似合う。

 獣のような叫びを上げ、グロウをボロ雑巾に仕立て上げるその姿、どう見ても怒りに狂った鬼神だ。


「ひええぇえ……」


「だ、大丈夫ですの?キャメロットさんは……!?」


「……こ、こわいです……」


 三人固まってプルプルとチワワのように震える。

 おじさんがナチュラルに混ざっている。

 いや、この場で一番おっかないのある意味おじさんだから!

 周りの吸血鬼も十分怖いよ!


「キャメロットさん!」


 それはおいておいて、いるべき妖精の姿を求めてその名を叫ぶがどこにもあの小さな姿は無い。

 まさか消滅させられてしまったのか?

 そんな……。

 カナリーさんになんて言えばいいんだ。


「キャメロットさん!いませんの……!?」


 部屋を必死に見回す。

 やはりどこにも居ない。

 嘘だろう、本当に?

 妖精王様はとっくに悪霊に堕ちていたのか?

 キャメロットさんの存在に、気づかないほどに。


「凄いド根性ですね。魂に欠損が全く見られない。

 元々悪霊みたいなもんですねアレは。マリーベルさんと同じ人種だ。世に二人もあんな女性がいるなんて嫌だなー」


「……なぬ?」


 のほほんとした口調でウルトが言った。

 問題はその内容である。

 思わず私が聞き返すのとそれはほぼ同時だった。

 鬼から飛び出した小さな光。

 あれは……!!

 感極まったような震える声でフィリアがその名を叫んだ。


「……キャメロットさん……!!」


 小さな妖精、キャメロットさん。

 ……無事だったのだ。


「キャメロットさん、無事ですのね!?」


「……勿論でございます!」


 晴れやかなその笑顔、目尻に光る小さな光の粒。

 そうか、妖精王は悪霊に堕ちかけながらもそれでもちゃんとキャメロットさんの存在に気付いたのだ。

 無事でよかった……!


「カミナギリヤ様!!」


「ぬぅがぁあぁぁぁああ!!!」


 カミナギリヤと言うらしい、……その妖精王様は何事も無かったかのようにグロウを壁に叩き付けまくっている。

 やたらと頑丈な人間だったようだが、妖精王の力を失い既にその耐久性は失われたようだった。

 最早元の形がどうだったかすらわからない程度に肉片である。

 え?悪霊じゃないの?あの暴れぶりで?


「カミナギリヤ様……お変わりなく……」


 感激したように打ち震えるキャメロットさんにちょっぴり引いてしまったのはここだけの話だ。

 でもフィリアもおじさんも同じように引いた顔でキャメロットさんを見ていたので抱いた感想は似たようなものだったのだろう。





「………………」



 大満足したらしい。

 両手どころか全身を朱に染めたカミナギリヤさんは手にぶら下げた元グロウを無造作に床に放った。

 着物、に似た服からは大きなメロンが今にもこぼれ落ちそうである。

 フィリアが羨ましそうに見つめているのはほっとこう。

 というか、でかいな。

 いや胸ではなく。

 身体がだ。

 ウルトやブラドさんより、もしかしたらアスタレルより背が高いかもしれない。

 といっても、足が長いとかそういうわけではなく、身体そのものの大きさから違うのだ。

 人体比率的には普通の女性。

 まぁ足と腕が大変に太ましいがアレは筋肉だろう。

 熊を素手で絞め殺しそうだ。

 兎にも角にも遠近とかパースとかいうものに喧嘩を売っているお人である。


「キャメロット」


「はい!」


「世話を掛けた」


 うおおお……、あのクソガキぶりはどこへやら、落ち着いた大人の女性の声。


「いいえ……!私達こそ申し訳ありません……カミナギリヤ様がこの様な事になっているとも気付かず、50年も……!!」


「構わん。

 私がエキドナの小瓶を甘く見たのが原因だ。

 あのような骨董品を持ち出してくるとはな」


「エキドナの小瓶……?」


 なんだそりゃ。


「これですよ」


 言いながら部屋を漁っていたウルトが投げてきたものはまぁ、ごく普通の小瓶だ。

 覗き込んだり振ってみたり逆さにしてみたりしたが別に何か起こるような様子も無い。


「何これ?」


「今はもうありませんが……東の小国にあった童話に出てくるアイテムですわね。

 妖精が居ることを証明したいと思っていたエキドナという少女が妖精を捕まえるのに使った小瓶ですの」


「妖精王を捕まえるなんてびっくりですねー」


「童話では最後まで捕まえることが出来ず、失意のうちに終わるとなっておりましたけれど。

 この様子を見るに実際には捕まえたのでしょうね」


「へぇ……」


 世界には変わった物がごまんとあるな。

 というかグロウもこんなもの持ってるのだったら本は要らなかっただろ。

 燃費悪いし。

 もしかしたらコレクターだったのかもしれないな。

 まあいい。折角だし貰ってしまえ。

 ごそごそとポシェットにしまった。


「……お前は、フィリアフィルだったか。

 辛うじてだが覚えている。……あの時はすまなかった」


「…………いっ、いいえ!!気になさらないでくださいましっ!」


 おおー。赤くなったり青くなったりで面白いな。

 まあさんざっぱらクソガキ呼ばわりしていたからな。


「貴女も」


「ぬ?」


「先ほどは済まなかった。真名を握ろうとするなど、侮辱ではすまん。

 ……奪うならばどうか私の命のみで収めては貰えないか。

 虫のいい話なのはわかっているが、……頼む」


「え?」


 何の話だ?


「あはは、大丈夫ですよ。

 クーヤちゃんにとってはどうでもいいことでしょうから」


「なにが?」


「先日の妖精王との初対面の事ですよ。

 彼女はクーヤちゃんに危害を加えようとした事を謝っているんですよ」


「ふーん」


 そういやなんかされたな。

 でもまあ別に気にするほどの事じゃない。


「別にいいよ」


 そんな謝って貰っても困るしな。

 別に実際に何かあったわけじゃないし。


「……ありがたい、この首一つで済むのならこれ以上は無い」


 言いつつ、カミナギリヤさんは私の前にドカッとダイナミックに胡坐をかいて首を指し示した。


「え?何が?」


「……私の首ではやはり不足か?それならば気の済むように甚振っても構わんが」


「……?」


 甚振る?さっぱりわからん。何がどうしてこうなっているんだ。

 うーん……とりあえずずっと気になっていたカミナギリヤさんの耳のわさわさに手を伸ばした。


「………………」


 おお、本物の花びらだ。

 どうなってるんだこれ。

 耳にアクセサリーのようについているのかと思っていたが。

 どうにも違うようだ。そもそも耳らしきものがない。この花びらが耳なのか?

 あと角だ。角が気になる。

 触っても怒られないだろうか。ええい、女は情熱。

 触ってみた。……ざらざらしてるな。ちょっと癖になりそうな感触だ。


「………………何をしている?」


「え?うーん、甚振っている?」


「あはは、面白いですねー」


「お二人とも、会話が全く噛み合っておりませんわ」


 何がだ。

 誰か説明してくれ。


「カミナギリヤさん、でいいですかねー。

 クーヤちゃんはまあつまり、気にしてないから貴女の命もいらないって事ですよ」


「そういう事ですわ」


 命を貰う?私が?カミナギリヤさんの?

 つまり今のはそういう会話だったわけか?

 馬鹿な!私はそんな凶悪な趣味は持っていない!


「そ、そんな事して貰わなくてもいいわーい!

 キャメロットさんもそんな悲痛な顔で私を見ないでください!」


 神霊族は何でそう私を凶悪な奴にしたがるのだ!


「……感謝する。本当にすまなかった」


 深々と頭を下げてくるカミナギリヤさんに慌てて言い募る。


「いいですって!気にしないでください!

 私は心清らかな乙女であるからしてそんな物騒な奴ではないです!」


 全く、どうでもいい事で償いに命を要求する邪悪なんて冗談じゃないぞ!






「……それで、お前は吸血鬼か」


 暫く頭を下げあうコントを演じてからカミナギリヤさんが次に声を掛けたのは何がなんだかわからないだろうに律儀に口を挟まずに居たおじさんだった。


「あ、はい。すみません……」


「何を謝る。

 それよりも、かなりの扱いをされていたが大丈夫か」


「はぁ……、あ、いえ、大丈夫です。すみません……」


「……あれ程に生きながら肉体を損壊され続けながらも人を恨まぬか。

 その性質故に苦しむのはお前だろうに」


「いえ、人は……恨んでいないんです……。ただ、少しだけ寒い、それだけです……」


「……そうか」


 ……おじさん、不幸だ。

 思わずしんみりしてしまった。

 痛いでも悲しいでもなく苦しいでもなく寒い、か。

 ホロリ。


「キャメロット」


「はい!」


「先に里に戻れ。すぐにこの地を離れる。

 皆に伝えろ」


「わかりました!カミナギリヤ様もすぐにお戻りください!」


「ああ」


「そうですねぇ。

 あ、そうだ。カミナギリヤさん、里まで転移をお願いできます?」


「お前は神竜族の癖に使えんのか」


「あはは。神竜族で使える方が珍しいですよ。

 でもこの際だし、精霊魔法や魂源魔法も覚えようかなぁ」


 魔法にも色々あるらしい。

 しかしマリーベルさんにならおーっと言う言葉からしてやる気はなさそうだ。


「……この街はこのままでいいんですの?」


「今は良い」


「今は?」


「何れ必ず草一本生えぬ程に消滅させる」


 こええ。

 しかしフィリアの言う事も最もだ。

 放置していいのだろうか。奴隷市場だし。よろしくないのだが。

 それにこの惨状。大丈夫だろうか?

 逃げてくる時もかなり目立っていただろうし、このまま逃げたらもしかしたら追っ手が掛かるのでは。

 最初の隠密はどこいった。


「マイ・ロード。我々はロードの望むがままに」


「……すみません、お願いします……」


「あー、そうですね。

 彼らに任せたら丁度いいですよ。

 何せグロウ本人の部下ですし。

 暫く人間の振りをしてもらって上手いこと処理をやって貰いましょう」


 あー……。

 人任せな方法だがそれが一番安全だろう。

 裏切る事は100%無いわけだしな。

 にしても酷い能力だ。

 ……この街の住人全員吸血鬼化って出来るのかな。

 うん、多分出来るよなー……。

 いや、やめとこう。

 それを頼んでこれ以上おじさんの傷を抉るのはかわいそうだ。

 唯でさえ可哀想なぐらい罪悪感でいっぱいな顔してるしな。


「話はついたか。

 里に戻るぞ。時間が惜しい」


「ふぁーい」


「……あの、えーと、はい……」


「美女を一人ぐらい買いたかったなー」


「あの素敵な男性を買いたかったですわ……」


 ……にしても本当に酷い面子だな。

 花びらが視界を埋め尽くした。





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