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奴隷の街2

 沙汰を下す将軍のように偉そうに一つ頷いた。

 おじさんは呆気に取られたように地面に転がる銀の首輪を見つめている。自分の首元に恐る恐ると触れて、その感触を確かめるようにしながら言葉もない。

 地面に落ちた首輪を拾い上げてしげしげと眺めてみる。何となく着けてみた。すちゃり。

 うーん、安心感があるようなないような。

 違和感があるようなないような。とりあえずこの首輪はイヤである。

 私のおめがねには適わないな。もっといい感じに作れと言うのだ。

 一度外してしまうともう止める事が出来ないようでスカスカだ。首を傾げればそれだけで落ちそうだった。

 ふーむ、何か留め金に細工でもしてあったのだろうか。ひょいと取ってとりあえずポシェットに入れておいた。先ほどまでは妙な力を感じていたが、もう中身がスッカスカというか。

 ただの鉄くずって感じだしな。鋳溶かしてしまうくらいしか使い道無さそうだ。


「………………え、と。すみません、今なにをなされたんですか……?」


 おじさんが心底不思議そうに聞いてきた。


「アラ、不思議! この本を使えば取れてしまうのだ!

 何でも買えちゃう不思議な本なのだ!」


 高々と掲げて嘯いた。

 おじさんは狐に摘まれたような顔で自分の首を何度も何度も撫でている。

 長期間付けられていたらしい首輪が外れた後の赤黒い痛々しい痣が浮く首は暫く治りそうもない。おじさんなので見た感じ自己治癒能力も低そうだし。

フィリアならなんとか出来るだろうか。私の切り傷もなんとかしたしな。


「フィリア、治してあげてよー」


 ……なんかフィリア固まってるな。

 どうしたのだろう。


「……そう、ですわね。

 アッシュ様、少しこちらへ来てくださる?

 光魔法ほどではありませんが、痛みは和らぐと思いますわ」


「はぁ……ありがとうございます……?」


 おじさん、何故に疑問系なのだ。


「いえ、あの、わたし、もう長いこと奴隷として扱われていたので……。

 失礼な話かもしれませんが、皆さんに買われた時も今回はどんな酷い事されるんだろうと思ってました。

 ……お金を沢山出す人は、特に酷いんです」


 涙がちょちょぎれそうだった。

 なんだこの不幸さ。あまりにも可哀想すぎるだろ。

 人生どれだけアルティメットのルナティックのヘルモードなのだ。

 逃れる術のない電気を流される事に慣れた動物は特定の場所に行けば電気が流れないという仕組みを作ってもそれを探すことも無く逃げることを最初から諦めただ耐えるようになるみたいな話を思い出してなんとなく胸が痛む。


「吸血鬼ですよね?

 人間に奴隷にされるなんてちょっと驚きです。

 魔族ってそんなに酷いんですか」


 ウルトが不思議そうに首を傾げた。

 あー、長いこと封印されてたみたいだしな。

 しかも元魔王とくれば今の状況がピンと来ないのだろう。


「はぁ……あ、いえ、わたしはちょっと吸血鬼としても弱いんです……」


「そうなんですかー。大変ですねぇ」


 ふーん、まぁ吸血鬼にもいろいろ居るのだろう。

 初めて会った吸血鬼はマリーさんだからな。

 彼女を吸血鬼の基本として考えるのは良くなさそうだ。

 おじさんの首の痣をある程度治したらしいフィリアがおもむろに私のほうに振り返った。

 おや?

 顔がちょっと引きつっていますぞ。フィリアさんや。なんなら青筋が浮いている。


「………………それで、クーヤさん」


「……なんでしょう」


「今すぐ、宿屋に行きますわよ。

 それも最高級のですわ」


「えー……」


 何かと思えば、安宿でいいじゃん。

 不満全開に顔に出していると鬼の形相で肩をつかまれて揺さぶられた。


「ぐえー!! ヤ、ヤメロー!」


「何をしてらっしゃるの! 外せる事についてはもう今更驚きませんわ!

 けれどこのような往来で……!! 少しは人目を気にしてくださいまし!!」


「そうですね。聊か今のは短慮です。

 すぐにこの場から離れましょう。何人かに気付かれました」


 キャメロットさんにまで言われてしまった。

 ……もしやさっきの首輪か?

 いかん、やらかしたらしい。確かにそれならばさっさと逃げた方が良さそうだ。


「行きますわよ!」


「まってー!」


「あ、すみません、私は日の当たるところは少し……」


 全員でたったかと近くの高級そうな宿屋に入った。

 ……宿屋の支払いが私だったのはご愛嬌であろうか。


「まったく……せめて事前に申し上げて下さいまし」


 飛び込んだお高い宿で大きな部屋を取って寄り集まる。

 プリプリするフィリアによってカランとテーブルの上に銀の首輪が置かれた。

 首輪も調べ終わったのか、ふぅと悩ましげに息をつく。


「これは正式名称を咎人の枷といいますの。神の工芸品(アーティファクト)の一つですわ。

 大聖典に記載されている神と乙女の祈りという章に出てくる品物で、神に背を向け嫉妬の果てに人を殺した男に月の女神が罰として与えたものですのよ。

 名前の通り、本来は大罪を犯した咎人に使うものですけれど……。

 性能が性能だけに、奴隷の呪縛に使われることが多いんですの」


「へぇ……どんな性能なのさ」


「魔法、種族特性とスキル封じ、登録された者への強制隷属。そして直接的、間接的反逆行為の禁止。

 登録された者だけでなく、他者への危害行為も基本的には行えませんし、誰であっても命令されれば大抵の事には従わされますわ。

 これらに反した場合、枷から並ならぬ苦痛を与えられますし、最悪の場合死に至りますの」


「奴隷にしたい人に使えといわんばかりですねー」


「原典の基本コンセプトが贖罪としてあらゆる人々の幸福の為、命果てるまで自らの身を削り善行を行い他者の為に尽くし続けるべし、ですもの」


「はは、嫉妬で一人の人間を殺した位で酷いですねー」


 ふーん。

 すごい首輪だな。

 その月の女神とはこう言ってはなんだがとんでもない考えなしのアホ女神だったのだろう。

 この枷を作り出した罰として自分も付けるべきじゃないのか。

 罪人に償いをさせる為に悪用し放題の道具を世にバラまいていたら世話ないな。というか仕様的に活用方法がどう考えても悪用一択だ。正しく使うのならば脅しとしてショーケースに飾るぐらいだろう。

 私ですらそんなん量産せんぞ。


「クーヤさん、神の工芸品(アーティファクト)とは言葉の通り、神の力を宿した人には及ぶべくも無い神話級のアイテムですのよ。

 くれぐれも、人前でたやすく外したりしないでくださいませ。

 この際どうやって外したのかとか無駄なことは聞きませんわ」


「はーい」


 仕方が無い。

 目立つことこの上ないと、そういうことだ。

 にしても出会ってから僅かだと言うのにフィリアはとみにいいように私を転がして扱っているな。いいけど。


「アッシュ様、首の傷はどうですか?」


「あ、すみません、大丈夫です。

 えと、キャメロットさん、でいいんでしょうか……」


「はい、この身体は妖精王様の御身体ですので、後にご挨拶させていただきますね」


「はぁ……」


 ……後ほど、か。

 なんとも言えない気分になってしまった。妖精王様をキャメロットさんは信じている。

 が、私達にはああ言ったが実際のところ妖精王様が悪霊となっていないと本気で信じているというわけではあるまい。

 消滅させられるともかまわない、そういう信頼なのだろう。

 何せあの表情は覚悟を決めている顔だ。

 信じた果てであれば結末がどうであれ構わない、そういう覚悟だ。

 ……頼むぞー妖精王様。どうか悪霊になってませんように!


「あの、ところで、一つ聞いても宜しいですか? えーと、その、ご主人様……?」


「ブッ!!」


 折角シリアスな事を考えていたのに台無しだ!


「やめて! せめてクーヤちゃんと呼んで頂戴……!!」


 縋り付いて懇願した。


「は? え? えーと、クーヤちゃん? ……すみません。

 年甲斐が無いのでせめてクーヤさんで許して下さいますか……」


「えー、いいじゃないですか。ご主人様で」


「破壊竜様、悪乗りはやめてくださいまし」


 クソッ! 好き勝手いいやがって!

 ご主人様だなんて冗談じゃないぞ!


「全く……おじさん、聞きたい事って何さ?」


「あ、はい。そのー、妖精王とか話に全く付いていけなくて……みません。

 いえ、私なんか知らなくてもいい事でしょうし、面倒だったら説明なんかしなくてもいいんですけど……はい」


 あー、それもそうか。何の説明もしてないしな。

 ていうか腰が低すぎるぞおじさん。

 そんな自虐しないでくれ、おじさんを拾った経緯が経緯だけに見てるこっちの心が折れそうだ。


「いやいやいや、おじさん!

 説明しますとも! こうなったからには一蓮托生地獄の沙汰も金次第、死なば諸共青信号は皆で渡れば怖くない! 皆で渡らなくても怖くない!!

 おじさんは私達のお仲間であるからしてきっちり説明しますとも!

 だからやめてくださいそのナチュラルな不幸っぷり!!」


「え? はぁ……すみません。皆さんに迷惑をお掛けして……あまり迷惑を掛けないようなんとか努力します……」


「私、涙が出そうですわ……」


 いかん、フィリアの心が折れた。

 おじさん、やめて!

 おじさん悪くないから努力なんてしなくていいんだ!


「ははは、そういう星の元に生まれたんでしょうねー」


 呑気に笑うウルトが憎らしい……!!

 ペドラゴンを睨めつけてからかくかくしかじかと説明するフィリアを横目にルームサービスを頼む。

 このささくれたタマスィーを癒やすにはルームサービスしかあるまい。


「はぁ、妖精王さんの魂を取り戻す為、ですか……」


「そうなのです」


 というわけで届いたルームサービスをバリバリと頬張りながら頷く。

 うまいなこれ。


「おじさんも食べる?」


「いえ、食べ物はあまり食べられないんです……」


「そうなの?」


「はぁ……すみません……」


 いや、謝らなくてもいいんだけどさ。

 むしろ謝らないでほしい。

 不憫なので。


「吸血鬼って割と雑食な人が多いですよね? 僕の古い友人も血以外に色々食べてましたし。

 アッシュさんは違うんですか?」


「はい……血以外を食べてもすぐに吐いてしまうんです……。

 いや、飢餓は感じますけど飲まなくても動けなくなるだけで死なないですから大丈夫です」


 胸を押さえて呻いた。

 フィリアもキャメロットさんも顔を覆っている。

 おじさん可哀想すぎる。

 血しか飲めない、だけど飲まなくても死ねない。それなのに飢餓の苦しみはきっちり味わうって酷すぎる。

 どういう身体の構造だ。まさにキングオブ不幸だった。

 何が不幸かってそれをおじさんが知識として知ってるというのが不幸だ。

 ようするにそういう目に合わされた、そういう事だ。


「はは、面白い方だなぁ。初めて見るタイプの吸血鬼だ。

 吸血鬼って魔族の中でも結構強いほうなのになぁ」


 そうなのか。

 でもおじさんは相当弱いけど。

 吸血鬼の中でも割合弱い感じのおじさんなのかもしれない。

 普通の吸血鬼はマリーさんとおじさんの間ぐらい、でいいんだろうか。



「それは早計というものですな。

 お嬢様。

 よくよく目を凝らしてみれば宜しい。

 芸術とは表層的な部分を眺めているだけでは見えてこぬものです」



「え? 何か言った?」


「何がですの?」


 あれ?

 皆不思議そうに私をみるばかりだ。幻聴か?

 耳をかっぽじっておいた。別に何も詰まってなかったが。

 かっぽじったところでウルトが口を開く。


「クーヤちゃん。ちょっと早く食べてしまったほうがいいですよ」


「え?」


 笑顔のまま片目を開いて扉を見つめるウルトの目がギョロッとしている。

 おおう、ドラゴンモードの目である。


「お客さんが来たようですから」


 それはまずいな。はよう食べねば!

 テーブルの上のルームサービスをかっ込んだ。


「ああ! それは私の分ですわ!!」


「はひゃいものはちらーい!」




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