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奴隷の街

 手を地に付き、ケツを高く掲げる事で自らを大きく見せ、目の前の生き物を威嚇する。


「フシャーッ!!」


 フリフリ、フリフリ、何度かケツを振ってじりじりと距離を測った。

 だが、敵はこちらの威嚇にも全く動じた様子もなく、こちらを油断なく見つめている。


 ──────コヤツ、出来おる。


 ここに来て最強のライバル登場であった。

 強い。

 全く勝機が見えない。汗が出てきた。

 勝利のイマジネーションがまるで湧かない。

 最早これまで。ここは死なば諸共、私の命に替えても貴様を屠る!!

 輝け、私の命!!

 私は置いてお前たちは先に行け!!


「何を遊んでいますの」


「ああっ!!」


 哀れ、好敵手かつ戦友たる緑のスライムはフィリアにあっさりと潰されてしまった。


「何するんだー!」


「スライムなんかで遊んでいるからですわ」


 遊びだとう!?

 クソッ!

 私は大真面目だ!


「ほらほら、行きますよー」


「皆さん、そう遠くはないとはいえ、遅くなってしまいます。

 出発に時間もかかってしまいましたし……」


「ほらご覧なさい。行きますわよ!」


 ちえっ!!

 たかたかと走って三人の後を追った。

 遠くには大きな街、一年中雪に覆われた街は白銀の街との呼び名も高いらしい。

 奴隷の街、ロウディジット。


「……奴隷の買い付けか」


 さらさらと手に持った帳簿に書き込む兵士。

 よくわからんがかなり物々しい装備に見えるのだが。

 こんなものなのだろうか。


「四人か。身分証明書はあるか」


「ありますけれど、お金でお願いしますわ」


「四人なら8万シリンだな」


「どうぞ」


 フィリアが金貨を渡すと、兵士はガチガチとその硬貨に何度か噛み付き、再び帳簿に何事かを記入するとくいっと門を顎で示した。


「滞在期間は1週間だ。奴隷の買い付けなら十分な筈だ。

 いいのが居なければ、追加で金を払えば伸ばしてやる」


「わかりましたわ」


 ジロジロと眺めてくる兵士を尻目に街へと入り、歩いて暫く。

 もうこちらの様子はわからないだろう。人通りも多く、注意を払ってくる奴も居ない。

 ウルトが不思議そうに首を傾げながら口を開く。


「あれって高くないですか?

 人間の通貨ってよくわからないですけど。

 金色の板は溜め込むと巣がうるさくなる奴だったような気がしますねー」


「そうですわね。かなり割高ですわ。

 半分はきっと彼らの飲み代にでもなるのでしょう」


 腐ってやがるな。早すぎたんだ。


「それに、あの帳簿……」


「あれがどうかしたのでしょうか?」


 フィリアの言葉に疑問を投げたのは妖精王、もとい、キャメロットさんである。

 初見が初見だけに物凄く違和感がある。

 ちなみに妖精王の身体をキャメロットさんが乗っ取るのにすっげぇ苦労した。

 めっちゃ暴れるし。かなり時間を食ってしまった。

 出発が遅れた理由である。


「皆さん、あまり一人になっては駄目ですわ。

 奴隷の買い付けどころか奴隷として競りに出される羽目になりますわよ」


「………………」


 そういう帳簿かよ。

 何書いてたんだろ……。やっぱ性別と年齢と見た目だろうか。

 ……ウルトは高く売れそうだな。キラキラしとるし。

 私とキャメロットさんはかなり怪しいぐらいに帽子やら被っているが、それでも小さな女の子なのはわかるだろう。

 うん、高く売られてしまいそうだ。気をつけよう。


「じゃあ早速奴隷市でも見に行きますか?

 もしかしたらグロウさんとやらが居るかもしれないですし」


「あー、そうしよっかー」


 居たらいいのだが。

 でも偉い人なのだろうし、そんなポンポン出歩いてるかと言えば微妙だろうけど。


「そうですわね……奴隷の買い付けで入ったのですから、行かねば怪しまれますわ。

 顔ぐらい見せておくべきでしょう」


「奴隷市、ですか……あまりいい響きではありませんね……」


「神霊族にとっては人事ではありませんものね……」


 ……確かに……。奴隷か。

 せめてエコロジーに自分たちの種族の中で完結していればいいものを。

 珍しい神霊族や亜人を浚って奴隷にするなんてけしからん話だ。

 というわけで人を奴隷とし売り買いするのならば、相応の報復を受けてもしょうがないのである。

 全員地獄行き決定だ。もしくは自分達も奴隷として売り飛ばされてしまえ。バランスとってけ。


「では行きますか」


 その声を合図に、街の中心、がやがやと人の流れていく方向へと向かったのだった。



「98万!」

「100!」

「120!」

「さあさあ120! それ以上はおりませんか!?」

「くそっ……130だ!!」

「130!! 130が出ました!! この奴隷、滅多に出ない猫人族! 今日限りの一品です!」



「いいですね! クーヤちゃん、あの奴隷買いましょう!」


「馬鹿を言わないでくださいまし! クーヤさん、あちらで競りに出されている男性がいいですわ!

 ジャイアントですわよ!?」


「何を言うかー! 自分達で出すのだ!

 私はあの面白可笑しい変なおっさんがいー!!」


 ポップコーン片手に言い争う。

 二人とも趣味丸出し過ぎだ!


「このお菓子おいしいですね。すみませーん! もう一個くださーい!」


「もう、破壊竜様! それは既に三個目でございましょう!? ……あっ! クーヤさん、あの男性が素晴らしいですわ!

 あちらの方にしましょう!!」


「なにぃ!? ………………完全にでっけぇケダモノやないか!! あ、私もポップコーン追加で!」


「あの、皆さん、本来の目的をお忘れでは……?」


 あ。

 キャメロットさんの視線がすっげぇ冷たい。


「いえ、そんなことはありませんわ……」


「忘れてませんよ、ははは」


「そうだそうだー」


 全員目が泳いでいた。

 誤魔化すべく辺りを見渡す。


「でもグロウとかいうおっさんは居ないなー」


「わかりますの?」


「うん」


 どこにも居なさそうだ。

 今日は外れらしい。


「まあ仕方がないですね。

 気長に探しましょう」


「そうですわね……。

 何かしらの方法で接触できればいいのですけれど」


「彼の屋敷に行かれては……?」


 キャメロットさんの言葉に、フィリアはグロウの屋敷があった方向をちらりと眺め、息を付いた。


「……行った所で門前払いですわね。

 侵入するというのもアレでは難しいですわ」


 そうなのだ。

 途中ですれ違う人に彼の居場所について聞いたのだが。

 教えられた屋敷というのがものすごかったのだ。

 どこの殿様だってぐらいに。奴隷御殿とでも名付けたくなるような屋敷だった。

 確かにあの警備体制では侵入も不可能だろう。

 それに、彼はどうやら常連や上客にしか会わないようなのだ。

 いや、よく考えたら当たり前の話だったのだが。

 ただ客として訪れたというだけではグロウの部下っぽい人に対応されるだけだ。

 なので低い可能性ながらここに来ていることを期待したのだが……どうしたものか。

 考え込んでいると、凄まじい歓声が上がった。


「なんでしょうか……?」


 ウルトも興味津々だ。


「さあ、いよいよ大詰めです!!

 我が商会の名物、今日一番の商品、 死なない男(ミスターアンデッド)!!」


 場内は最早割れんばかりだ。なんだ? 死なない男?

 それに、この歓声。あまりいいものではない。

 嘲笑と言っていい笑い声だ。なんだか顔がへちゃむくれてしまう感じの空気。


「見た目も悪い、能力もない! 使い道がひとつしかない煮ろうが焼こうが死なない吸血鬼!!

 変態ご主人様の元を渡って来た男、あんまり死なないんで今回もご主人様が根を上げて売り飛ばしてまいりました!」


「そりゃそうだろ! 誰だって諦めらぁ!!」


「ギャハハハハ!!」


 うへぇ……。

 流石に顔が歪んだ。ウルトですら渋い顔だ。

 その死なない男とやらを見れば、うーん。

 ごく普通の中年だ。吸血鬼、には見えないが。

 あ、でもステータスはちゃんと吸血鬼になってるな。

 でもそんなに強くない。いや、というか弱い気が。


「さあ皆さん、どうぞお買い上げの上、確かめてご覧ください!

 もし死んだら我が商会が多額の賞金をお出しいたしますよ!

 前回付けられた傷はご安心ください、光魔法にて完全に治癒しておりますので!」


「誰が乗るんだよそんなもん!!」


「アホかよ!!」


 いいながらもちらほらと値段を吊り上げていく。

 さっきの猫人族が130だった事を考えるとあの死なないおじさんはかなりのお値段のようだ。

 うーん。

 じっと見ていると別に視線を感じたわけではないのだろうが。ふと、件のおじさんがこっちを見上げる。

 目が合った。あの顔、どこかで。

 

「………………」


 手を上げる。


「3000」


会場が静まり返る。間をおいて、大きく鐘が打ち鳴らされた。


「……どうしますの、買ってしまって……」


「クーヤちゃん、お金持ちだったんですねぇ」


「いえ、でも私は良かったと思います。

 あのような扱いは……あんまりです」


 ウルトはともかく、二人とも複雑な顔だ。

 でも買っちまったものは買っちまったのである。

 過去は戻せないのだ。

 目の前に立つひょろっとしたおじさん。

 中肉中背、顔も平凡なら雰囲気も取り立てて目を引く物でもない。

 はっきり言ってくたびれた人間の中年と言った感じだ。

 吸血鬼と言われても納得しかねるが……。

 んー……。

 既視感。

 遠い知り合いに久しぶりに会ったような気分だった。


「……どこかで会った事ありますよね?」


 私の言葉におじさんは少し考えるような素振りを見せた。

 暫く思い出すかのように私の顔を眺めていたがやがてゆっくりと頭を横に振った。


「……いえ、会った事は無いですけど……」


「えー、嘘だー。会いましたよ!」


「いや……確かに長いこと生きてますけど……もし会っていたら貴女みたいな強烈な人を忘れるわけ無いですし」


「強烈て!」


 なんだそりゃ!

 いや、そんな事はどうでもいい。

 見上げる顔にはやはり見覚えがある。何処でだったろう。確かに見た覚えがあるのだが。


「うーん……」


 唸りつつおじさんを伺いながらサメのように周りをぐるぐると回る。

 何故か怯えられている。何故だ。

 きょどきょどとするその顔を見上げていると、ふと引っ掛かる物があった。


 ───────そういえば真祖の男はどうなったのだろう。

 未だ死ねずにどこかを彷徨っているのか。

 不幸な男だ。


「………………」


 うん、やっぱり会った事があるぞ。

 そうだ。夢の中で見た顔だった。

 ………………。


「ごめん、気のせいだった」


 夢の中はないわ。

 いやでも、まあいいか。

 キャメロットさんの言う通り、あんな人間達に利用され続けるのを見て見ぬ振りは流石に出来ない。

 金という簡単な方法で救いだす術があるのだ。神様というならそれぐらいやるべき。うん。なのでこれは無駄遣いなどではない。

 それはともかくとして、いずれ他の奴隷にされてしまった人たちも解放したいものだ。

 ……まぁ暗黒街でも人間の女子供が売買されていたが。こちらはダメであちらの方は良いのかとならなくもないが、なんというかああいうのは暗黒街を経由しているというだけで買取先も売買先も結局人間だったので人間は愚か以外に言う事がないのである。ここでも買い手として並んでいるのは人間と……あとは混血可能だったのか、あちらに染まったらしいケモミミを付けた人々だ。

 一人一人買ってもキリがないので根本から市場破壊を試みるべきだろう。さて、どうすべきか。

 ……特に思いつかないな。別の人に考えて貰おう。なのでそれは一旦置いておいて、一応聞いておくか。


「えーと、名前は何て言うの?」


「……そう、ですね。

 確か……アルカード=アッシュ、だったような気がします」


「曖昧だなぁ。おじさんでいいよね」


「はぁ……」


「酷いですわよ。アッシュさんで宜しいんですの?」


「ははは、では僕もアッシュさんで呼びますね。

 吸血鬼かー」


「あの、大丈夫でしょうか?

 あの奴隷商達がかなり酷い事を言っていましたが……」


「ああ……大丈夫ですよ。

 痛みは感じますが、我慢は出来るんです。

 もう慣れました」


 いや、それは大丈夫じゃないだろ……。

 なんて薄幸なおじさんだ。

 見た目も何となく幸薄そうだが……ここまで不幸じゃなくてもいいじゃないか。

 おじさんの首を見る。銀の首輪、なんか変だ。

 多分何かの魔法がかかっている。見た目もよろしくないが、多分人でなしな効果がついている。……うむ、外そう。


「ちょっと待っててねー」


「はぁ」


 カテゴリは干渉と加護。



 商品名 奴隷開放

 呪いを解除し、首輪を外します。



 ふむ、そんな高度な魔法ではないのだろうか。

 そこまで高いわけではない。

 購入。

 キィン。軽い音と共に人を奴隷へと貶める白銀の首輪は大地へと落ち、そしてその輝きをも失いただの金属として土に塗れながら転がった。


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