妖精王5
ばっちーんと目を開いた。あー、何か変な夢見た。
窓から外を見れば、今はまだ日の出前といったところか。
早く起きすぎだ。
まあいい。早起きは三文の得というからな。
ごろごろと転がり落ちるようにしてベッドから降りる。ビシッとポーズを決めてから早速本を開いた。
さて、どうであろうか。
【地獄貯蓄量:85000】
「うおおおおお!!」
吼えた。朝からお盛んな事である。
だがそうなるのも仕方があるまい。めっちゃ増えてた。すげぇ。魂うめぇ。
これは行く先々で自動洗浄をすべきだな。それに魔物も早急に増やすべきだ。
ではでは、床に地獄トイレを置いてみた。がぼぼー。
……残念、この量は大したヤツじゃないな。
まあメルヘン村だからな。
恨みつらみ溢れた死者なんて居ないのだ。居たら困る。
しかし領域とやらが広がればこの自動洗浄の範囲も広がるのだろうか?
この辺は未だ謎である。詳しい説明も聞いていないしな。まぁわからないものを気にしてもしょうがない。
改めて椅子に座ってテーブルの上で本を開いた。
何事も押しなべて準備というものが特に大事なのである。
「よし」
まずはバッグを作るか。いや、それとも腕の替わりか?
どちらにするか。うーん……値段を見て決めるか。バッグはともかくとして、腕は値段がわからないし。
商品名 ポシェット
チューリップのアップリケ付き。
容量はそれなり。
商品名 左腕っぽい何か
それなりに動く腕っぽいもの。
触手機能は無い。
「……………………」
いや、触手はいらん。
脳内で思わず突っ込んでしまったがどちらにするか。いや、両方買うか?
バッグはリュックである程度値段は見積もっていたが、腕のほうも思ったよりも高い物ではない。腕は偽物だからだろう。おまけに最弱の腕である。腕も鞄も無いのは非常に不便だ。それに、今から向かうのは人間の街である。
出来れば万全の状態が望ましい。
ひったくりとかも居るかもしれないし、木の枝を無くしたら大変だ。
ポシェットか。
容量はそれほど無いだろうが、お手頃な値段だし買っておいても悪くない。
そしてもう一つ。
深呼吸をして覚悟を決める。……ええい、ままよ!
女は度胸なのだ。ある物を思い浮かべてページを捲った。
「………………………………」
閉じた。
絶望的な数字だった。
アスタレル、正直すまんかった。
お前の腕は高い。
単位からして兆は、ちょっと。とんでもない借金を背負っていた。
何だかトンデモ値段を見たせいか一周回ってポシェットと腕ぐらいどうという事もない気がしてきた。
木の枝でぐりぐりと書く。
「うむ」
可愛いポシェットだ。
チューリップのアップリケがワンポイントとなっている。
「……ん?」
何か安全ピンで付けられている。同じくチューリップの形をした……ネーム札のようだ。手にとってみた。
そこにはまるまるとした字で書いてあった。あんこくしんちゃん、と。
あまりにもあほっぽい。どうみても幼稚園児のそれだ。
デザインした奴出て来い。くそっ! もっとこう、あるだろ! 最低限達筆な字で書けというのだ。
まあいい。我慢してやろう。それよりも大事なのは腕だ。
生えてくるのだろうか?
これはもう試すしかない。そーっと商品を購入した。
「………………ん?」
沈黙。何も起こらないな。不発か?
それは困るのだが。左腕を眺める。眺めるそこに変化はない。
不思議に思って眺めていてふと気気付く。
腕の先に奇妙な揺らぎ、景色が歪んでいる。そして何も無い空間ながら感覚のようなものがある。持ち上げてみた。
「………………」
ガラス、のように見える。
まだ薄暗いので分かり難いな。目を凝らして見つめていると、その透明な腕に徐々に色が入り始めた。色付きの粉を吹き込まれた風船のようにもくもくと。
……ちょっと変な色だな。いいけど。
やがて出来上がった腕をぶんぶん振ってみる。グーパーグーパー。少し動きが硬いというか、鈍い気がする。
成程、それなりに動く腕っぽいものだ。けど使えるならまあいいだろう。
多少鈍くとも問題はない。何かするわけでもないし。
ポシェットに木の枝と本を入れて立ち上がる。完璧だ。
準備は万端、さ、二度寝するか。
ベッドに転がった。
別にいいじゃんか。だってまだ早いもの。二度目のおやすみなさーい。
「おはようございます」
トントン、とドアがノックされる音。
「むぐぐ……」
朝か。
この声はウルトか?
「クーヤちゃん、そろそろ起きないと寝ぼすけさんですよー」
「早く出てきてくださいまし」
フィリアも居るようだ。二度寝で少々寝すぎたか。
ベッドから飛び降りる。
ポシェットを掛けていざゆかん!
「朝ごはんを要求する!」
言いながらドアをバッターンと開けた。
「ふみゅっ!!」
勢い付けすぎた。
フィリアの鼻が犠牲になったようだ。
「あ、ごめん」
「……もう少し、レディとしての慎みを覚えてくださいまし……」
鼻を押さえながら恨みがましい視線を向けてくるフィリアに親指立てといた。
「あれ?」
「あら?」
「ん?」
目をぱちくりとする二人。
何だ。
「その左腕、どうしましたの?」
「無かったですよね?」
「あー。夜明け前に目が覚めたから何とかしといたー」
「………………もう驚きませんわよ」
「ははは、凄いですね」
そう言われると鼻が高くなるというものだ。
この本はアスタレルからの貰い物だけど。
「もっと褒めろー!」
「膝抱っこしてあげますよ」
「フィリア、ご飯に行こう」
「そうですわね」
ペドを置いて二人で階下に降りたのだった。
朝ご飯の方が大事に決まってる。ペドなんかに構ってられるか。
「それで、どうします? 街にこのまま行ってみますか?」
「そうですわね……」
「そのおっさんは街のどこに住んでんの?」
問いかけるとフィリアが困ったように眉根を寄せた。
「私もあの街へ入った事はありませんの」
「街の住人に尋ねたほうが良さそうですねー」
「彼の立場が立場ですし、居場所を聞くだけだなんて怪しまれますわよ?」
そりゃそうだ。
奴隷市場の総締めって言ってたしな。恨みも沢山買ってそうだ。きっとあの暗黒街に居た黒の牙とかいう組織も大元はここなのだろう。
うーむ。
「よし、客で行こう」
「客ですか?」
「いい人を買いに来たって事で探すのだ」
「あー。成程。それがいいかもしれませんね。
最低限人間の振りが必要ですけど」
「ではコレでも被ってくださいまし」
深い帽子を被せられた。何故だ。
いいけど。
「それで、霊弓はどうしますの? 盗むのも破壊するのも難しいと思いますわよ?」
それなんだよなー。
万事うまくいってどうにか出来たにせよ、その後もあるのだ。
上手いこと逃げねばならない。
「僕が暴れましょうか?」
「……昔ならいざ知らず、今の破壊竜様では難しいですわね。
人間に討ち取られかねませんわ」
「……世の中本当に分からないものですね。
人間がそこまで強くなるなんて思いもしなかったですよ」
「飛んで逃げるとか」
「そうしたいですの?」
「すまなかった」
エーとか言うウルトは無視した。
絶対のらねぇから。
「それに、飛んで逃げるでは飛翔魔術で追いつかれますわよ。
追跡魔法で辿られてしまう可能性も高いですわ。
バレないように逃げるか、その場で転移魔法、どちらかですけれど……私達ではバレないように逃げるしかないですわね」
「フィリアは転移魔法とか使えないの?」
「無理ですわね。あれは光魔法ですもの。
光魔力以外ですと、かなり大掛かりな術式が必要になりますの。その上距離も人数も十分とは言えませんし。そもそも正確には転移魔法ですらありませんわ。
水から水、炎から炎、流れていくだけですの。制約も多いですし、その場で三人となると、精霊でも難しいですわ」
聖女で無くなった以上は使えないってことか。
困った。
「術式なしで起動可能な転移魔法なら恐らく妖精王が使えますよ。
花の妖精王となると、空間系は管轄外ですしその場で触媒も無いとなると流石に地脈を辿るだけが精々の転移モドキになるでしょうけど。
……そうですね。一つ思いつきました」
「何さ」
「妖精王の身体ごと街に行く、です。
妖精王の魂を解放し、その場で肉体に戻った妖精王にここまで転移して頂いてそのままお引越しでどうでしょう」
「どうやってあのクソガキを街に連れて行くつもりですの?
間違いなく大人しくなんてしませんわよ。
直ぐに私達の存在がグロウに知れますわ」
「アレには魂がない。妖精王の魂の穢れが流れ込んで動いているだけです。
神霊族などの霊的生命体であれば入る事が可能なんですよ。
……ですが、妖精王の魂が戻ってくる際に下手をすると消滅しますけど。
今の妖精王に肉体に入り込んでいる他者を気遣う余裕があるかどうかわかりませんから。
肉体にさえ戻る事が出来れば直ぐにある程度まともにはなると思うんですけど」
「それは……リスクが高すぎますわ」
「私が引き受けます」
「え?」
振り返るとそこに居たのは小さな妖精。
「キャメロットさん?」
「皆さん。おはようございます。
……その役目、私にやらせてくださいませんか」
意外な申し出だが……。
「いや、でも」
危険だ。
それもかなり。
昨日会った妖精王様の様子は、何と言うかもう既に悪霊だ。
「自分は何もせずに皆さんに命を賭けさせる気は毛頭ありません。
皆さんは私の願いを聞き届けてくださいました。
ですから私も命を賭けます。私の真名にかけて。
それに、妖精王様はきっと大丈夫です。悪霊などになっていません。
破壊竜様のおっしゃった通りの方です。
根性あふれる方なのです」
そう言って笑うキャメロットさんの笑顔は、本当にカナリーさんそっくりだった。
彼女が言うなら私も妖精王様の根性を信じよう。
女は根性。
50年もの間、肉体にしがみ付き続け悪意に耐え続けたそのド根性を見せてもらおうではないか。




