こんなやつと一緒に死にたくない
「で、なんで取れなかったの?」
助手席から聞こえてきた声に、
俺は前を向いたまま答えた。
「先方が予算の部分で、
もう一度社内で検討したいとのことで……」
「いや、それは聞いたよ」
被せるように言われる。
信号は赤だった。
俺は静かにブレーキを踏んだ。
時計を見ると、
午後8時を少し過ぎたところだった。
今日最後の商談を終え、
会社へ戻る途中。
車内には俺と、
直属の上司である部長の2人だけ。
そして商談が終わってから、
もう20分以上。
俺はずっと怒られていた。
「だからさ。
予算がないって言われた時に、
なんでそこで終わるの?」
「……すみません」
「謝ってほしいんじゃないんだよ。
考えてほしいんだよ」
「はい」
「俺だったら取れてたと思うよ、
あの客」
「はい」
「何が足りなかったと思う?」
来た。
これが一番面倒なやつだ。
何を答えても正解にならない。
「提案の詰めが
甘かったと思います」
「違うんだよなぁ」
ほら。
「そもそもお前、
相手が何を求めてるか
理解してた?」
「採用人数を確保したいということで――」
「それは表面上の話だろ?」
部長が大きくため息をついた。
まるで、とんでもなく出来の悪い
部下を持ってしまったとでも
言いたげなため息だった。
「お前さぁ、
俺、前にも言ったよな?」
出た。
いつもの言葉。
たぶん俺は、この言葉を
人生で100回以上聞いている。
いや。
200回くらいかもしれない。
「言われたことだけやるんじゃなくて、
自分で考えろって」
「はい」
「何回同じこと言わせるの?」
「すみません」
「だから謝るなって
言ってるだろ」
じゃあ、どうしろっていうんだ。
そう思っても口には出さない。
出せるわけがない。
信号が青になる。
俺はアクセルを踏んだ。
部長はまだ喋っている。
「俺も別に
怒りたいわけじゃないんだよ」
嘘つけ。
「お前のためを思って
言ってるんだからな?」
これも何度聞いただろう。
俺のため。
便利な言葉だ。
怒鳴るのも俺のため。
休日に電話してくるのも俺のため。
深夜まで資料を
作り直させるのも俺のため。
客の前で失敗すれば詰められ、
成功すれば部長の指導のおかげ。
そんな毎日だった。
別に仕事そのものが
嫌いなわけじゃない。
営業だって、
うまくいった時は楽しい。
客から感謝された時は嬉しい。
同僚との関係だって悪くない。
それでも。
この人と一緒にいる時間だけは、
本当に嫌だった。
「聞いてる?」
「聞いてます」
「じゃあ何か言えよ」
「次回は事前にもう少し
先方の課題を整理して――」
「いや、
そういうことじゃないんだよなぁ」
また違うらしい。
もう好きにしてくれ。
俺は小さく息を吐いた。
「お前って、
危機感がないんだよ」
「……はい」
「今月の数字分かってる?」
「分かってます」
「なら、もっと焦った方が
いいと思うけどな。
俺がお前の立場だったら、
このまま普通に帰れないよ」
帰ってない。
今も会社に戻ってる途中だ。
それに戻ったら、
今日の商談報告と
明日の提案資料が待っている。
家に着くのは何時になるだろう。
11時。
いや。
日付を越えるかもしれない。
そんなことを考えながら、
俺はハンドルを握る。
昔は反論したこともあった。
それは違うんじゃないですか。
そう言ったこともある。
結果。
2時間詰められた。
それ以来、やめた。
はい。
すみません。
分かりました。
この3つだけ覚えておけば、
大体いつか終わる。
俺は昔からそうだった。
嫌なことがあっても、
その場では笑って流す。
揉めるくらいなら
自分が我慢する。
そして家に帰ってから、
1人で腹を立てる。
たぶん、そういう性格が
よくなかったんだと思う。
「そもそもさぁ――」
まだ続くのか。
その時だった。
前方から、
激しいクラクションが聞こえた。
プァァァァァァァァァン!!
「……え?」
顔を上げる。
次の瞬間。
対向車線を走っているはずの
大型トラックが、
真正面からこちらへ
突っ込んできていた。




