22.ムァンとして、エテニアとして
怒声が響き渡り、スタッフがキーボードを叩く。
喧々囂々とした指令室――その中でも、少女の声は響き渡る。
「行きます」
ムァンの言葉を聞いた時、一瞬にして皆が静まり返る。
機械の音だけが響く中で、少女は返事を待つ。その銀色の瞳は指令席に座るトキハに向けられていた。
モニターを睨みつけていたトキハは、一度、目を閉じる。
そして――
「……はあ~」
深く息を吐くと、席から立ち上がり、ムァンの前に進む。
そのまま、身を屈めて10歳の少女と目線を合わせた。
ムァンもまた、目を逸らさらずに見つめ返した。
「一応聞くけど、それはエテニアとして? ムァンとして」
――戦うという意志は、エテニアとしてか、ムァンとしてか。
――少し前に出された問であり、その時は即答を出来なかった。
けれど、今は違う。
「私という個体を示す意味で言うのなら、ムァンとしてです」
当然である。といった風に出てきた言葉に、トキハは思わず口を出す。
「即答じゃない」
「それは、あなたからのヒントもありましたからね」
――エテニアの記憶を受け継いでいる。
トキハが認めたのは、あくまでムァンがエテニアとしての情報をもって生きている存在であるというもの。
島で過ごす間、トキハは常に『ムァン』と呼んで接してきた。それは彼女の分析による行動ではあるが、同時に、少女にもムァンとしての存在を見失わずにいることが出来た。
「あたりまえです。前世はエテニアですが、私は、今はムァンです。
トキハが言っていたように、私はエテニアとしての情報を受け継いだムァンという少女です」
そして、その自我を確かにしたのは、もう一つ――
「それは、あの瓦礫の山を片付けた時に改めて感じました。
この世界でムァンとして生きて来たからあの痛みがある……だけど、それだけではありません」
破壊された街を片付けた。その時に胸に宿った痛みは、ムァンが生まれた土地を失ったことによるもの。弔いたいと願ったことも。その時に感じた感情も、すべてムァンとして生きてきたから生まれたもの。
前世がエテニアであったとしても、少女は愛されて生きてきたムァンだったからだ。
たまたま、その少女の前世がエテニアであったというだけなのだ。
幼い日に、本を抱えた時に一緒に宿った記憶。それは紛れもない彼女の一部で、前世から受け継いだ大切な記憶。
それを抱えて生きてきた。受け入れるのには、十分な時間である。
「エテニアとして地球を守れなかった無念。それを引き継いだうえで、私は宣言します」
だからこそ――生きてきたからこそ、ムァンは言う。
「死にたくないし、誰も死なせたくない」
その言葉を聞いた瞬間、トキハは立ち上がる。
誤魔化すように髪をかくと、すぐに指令の顔になって向き直る。
「……まったく、そう言われてたらアタシには何も言えないわよ。そうして欲しい、って思ってるから」
そして、親指を立ててムァンに告げる。
「行ってきなさい。信じてるわよ」
「ええ、絶対に期待に応えて見せます」
そう、もはや憂いはない。
ムァンは、走り出す。
向かう先は、ヴェスキュリアスが待つ格納庫。
◆◆◆
格納庫へ辿り着く。
扉を開けて飛び出すと、整列した整備スタッフが並んでいた。
ムァンが思わず立ち止まると、厳つい顔をした一人が前に進みです。
「お疲れ様です。ヴェスキュリアスの整備は完了しています」
そして、ヴェスキュリアスへと振り返る。
白金の巨人は堂々と立っている。磨き抜かれたボディが光沢を放っていた。
「皆さんは……」
「どうか、出撃を見送らせてください。地球という惑星を旅立つ日に、我々の未来を繋ぐために戦った勇士――それが、再現されるというのですから」
スタッフは皆、背筋を伸ばして立っている。
トキハたちが戦い続けてきた日々――その起点ともなる地球での戦い。
もはや、島の人たちには伝説にも等しい戦いと、その当事者が目の前にいるのだ。
動かない白金の巨人を磨き続けた身として、白い巨人と戦い続けた者として、見届けたいのは当然である――
だが、ムァンは言う。
「いいえ、再現にはならないでしょう」
戸惑う整備スタッフたちを尻目に、巨人を見上げる。
「トキハが乗っていた時のヴェスキュリアスは、私の何倍も力強かったのですから」
その言葉に、一同は思わず破顔し――
「いいえ、それでも、見送らせてください」
「あなたもまた、伝説の先に居るのですから」
ムァンもそれに応えて、うっすらと微笑んだ。
「ええ。エテニアとしての記憶が言っています。精密な機械は人の手によって整備されて本領を発揮する。
自分たちが全力で戦えるのは、皆さまのおかげです。見送られるのなら、これほど心強いものはないですから」
その言葉を聞き、スタッフは自然と敬礼をする。
ムァンは彼らの敬意を受け取ると、一歩前に出る。
それを待っていたかのように、ヴェスキュリアスが動いた。
跪いて手を降ろし、そこにパイロット――エテニアが乗るようにと求める。
迷うことはなかった。
エテニアは、その手に乗る――戦いへと挑むために。




