完璧な食卓
カフェでの一件以来、結愛の態度は劇的に変化した。
まるで腫れ物に触るかのような、それでいて過剰なまでの献身。
帰りの電車内でも彼女は俺の肩に頭を乗せることはせず、少し隙間を空けて座り、時折不安げに俺の顔色を窺っていた。
「湊くん、荷物持つよ?重いでしょ?」
「大丈夫だって。これくらい」
「ううん、私が持つ!私が買ったものばっかりだし……悪いから」
最寄り駅から家までの短い距離でさえ、彼女は俺が持っていた紙袋をひったくるように奪い取った。
彼女なりの反省と、俺の機嫌を損ねていないかという恐怖がそうさせているのだろうか。
家に着くと、彼女は息つく暇もなくキッチンへと向かった。
「ご飯、すぐ作るから!湊くんはリビングで座ってて!テレビ見てていいから!」
こちらが声をかける間もなく、エプロンをつけた彼女は戦場に赴く兵士のような気迫で調理を開始した。
リビングのソファに座り、聞こえてくる均等な包丁の音と水の音を聞きながら、俺は昼間の出来事を反芻していた。
あの涙とパニック。
ただの情緒不安定な姉だと思っていたが、その根底にあるのは、俺への異常なまでの執着と、見捨てられることへの強烈な恐怖心だ。
(……なんでそこまで?)
出会ってまだ二日目だ。俺の何が彼女をそこまで駆り立てるのか、皆目検討がつかない。
「お待たせ!できたよ〜!」
一時間ほど経っただろうか。包丁でまな板を叩く音が心地よくてすこし眠ってしまっていたようだ。
ダイニングテーブルに並べられた料理を見て、俺は言葉を失った。
ハンバーグ、唐揚げ、ポテトサラダ、コーンスープ……。
俺が好きだと答えたメニューが、これでもかというほど完璧に再現されていた。
しかも、どれも手間のかかるものばかりだ。
「……すごいな。これ全部一人で作ったのか?」
「うん!湊くんのために頑張ったの。冷めないうちに食べて?」
結愛は向かいの席に座り、期待に満ちた目で俺を見つめている。
彼女自身の前には、サラダの小鉢が一つあるだけだ。
「結愛は食べないのか?」
「私はいいの。湊くんが食べてるところ見るのが好きだから」
その笑顔は完璧な「良き姉」のものだったが、瞳の奥が笑っていない。その様子がどこかペットに餌を与える飼い主のようで恐ろしかった。
重い手を動かし、俺はハンバーグに箸を入れた。
きらきらと光る肉汁が溢れ出し、皿の上を走り出していく。口に運ぶと完璧な火加減と味付けだった。
「……美味い。店で出すレベルだよ」
「ほんと!?よかったぁ……!」
彼女は安堵の息を漏らし、胸の前で手を合わせた。
「もっと食べてね?唐揚げも自信作なんだ。あと、このスープも湊くんが好きそうな味付けにしたの」
俺が一口食べるたびに、彼女は「どう?」「美味しい?」と確認してくる。
あの暗かった表情が一変して明るくなる。俺が「うん」「もちろん」と答えると、その顔の輝きが一層増していく。良かった、と安堵した。
「私の料理、毎日食べてくれるよね?」
食事の終盤、彼女が唐突にそう言った。
「ああ、こんなに美味いなら毎日でも嬉しいけど」
「約束だよ?……もし他の女の子の手料理とか食べたら、私、泣いちゃうからね」
冗談めかして言ったその言葉の語尾が、少しだけ震えていたのを俺は聞き逃さなかった。
この完璧な食卓は、彼女の愛情表現であると同時に、「私の管理下から逃がさない」という強烈な宣言のように感じられた。




