垣間見える片鱗
「弟く〜ん、準備出来た〜?そろそろ行こう?」
玄関先で待っていた結愛は先ほどの部屋着とは打って変わって清楚なワンピース姿だった。
「似合ってるかな」
「うん、変じゃないよ」
「えへへ……湊くんのために選んだんだよ」
サラリと重いことを言いつつ、彼女は自然な動作で俺の腕に抱きついた。
「ちょ、歩きにくいって」
「いいじゃん、姉弟なんだし。転んだら危ないでしょ?」
どちらかと言えば密着しすぎて足がもつれそうだが、彼女は離れる気がないらしい。
駅までの道のり、すれ違う人々が俺たちを見る。
美人の姉とそれに捕獲された弟。
そう見えているならまだマシだ。
「ねえ湊くん」
「ん?」
「あそこのコンビニの店員さん、今湊くんのこと見てた」
「……そうか?」
「うん。なんか嫌な感じ。今は私の弟なのにね」
彼女の声のトーンがすっと低くなる。
腕に回された手に力がこもった。
「湊くんは私だけ見てればいいのに」
「え、なんか言ったか?」
「ううん!なんでもなーい!早く行こっ」
彼女はすぐに明るい笑顔に戻り、俺の腕をさらに強く引いた。
その笑顔の裏にある執着の深さを俺はまだ完全には理解していなかった。
───
休日のショッピングモールは家族連れやカップルで賑わっていた。
結愛は相変わらず俺の腕にガッチリとしがみついたままだ。
「見て湊くん、このマグカップ可愛くない?お揃いにしよっか」
「……まあ、悪くないけど」
「じゃあ決定!あと歯ブラシも色違いにしよーね」
日用品を選ぶ基準が全て「俺とお揃いになるかどうか」になっている気がするが、彼女が楽しそうなので口は挟まないでおく。挟んでしまったものならそれこそ無粋と言うやつだろう。
彼女が雑貨屋で熱心にクッションを選んでいる間、俺は少し店の外に出て風に当たっていた。
その時だ。
「あれ?湊じゃん」
声をかけてきたのは、高校のクラスメイトの女子だった。
「奇遇だな」
「こんなとこで何してんの?誰かと一緒?」
「ああ、まあ……家族とな」
まだ「姉」と呼ぶには抵抗があり、言葉を濁す。
彼女とはただのクラスメイトで、次のテスト範囲の話や、共通の友人の噂話など、本当に他愛のない立ち話を数分しただけだった。
「じゃあね、また学校で」
彼女が手を振って去っていく。
俺も店に戻ろうと振り返った瞬間、心臓が跳ねた。
ショーウィンドウのガラス越しに、結愛がこちらを見ていた。
無表情だった。
さっきまでの楽しげな笑顔は完全に消え失せ、ガラスに張り付くようにして、じっと俺とその女子がいた方向を凝視している。
その瞳の暗さに背筋が寒くなった。
「……結愛?」
俺が店に入ると彼女は弾かれたように振り返り、瞬時に満面の笑みを貼り付けた。
「あ、おかえり湊くん!遅かったね〜、どこ行ってたの?」
声が少し上ずっている。
「いや、ちょっとクラスの奴に会って」
「ふーん……女の子?」
「まあ、そうだけど」
「へぇ……仲良いんだ?」
彼女は手に持っていたクッションを、指が白くなるほど強く握りしめていた。
「ただのクラスメイトだよ。挨拶しただけ」
「そっか!よかったぁ。私、湊くんが他の子と仲良くしてたら寂しいなーって思って」
彼女はそう言って笑ったが、その目は全く笑っていなかった。
買い物を終え、少し歩き疲れた俺たちは館内のカフェに入った。
結愛の機嫌は直ったように見えたが、どこか空気が張り詰めている。
「私、ちょっとお手洗い行ってくるね」
そう言って席を立った彼女がスマホを持っていくのを俺は見ていた。
数分後、俺のスマホが震えた。
結愛からだ。
『友達に会ったよ!楽しそうでしょ?』
メッセージと共に送られてきたのは、見知らぬ女の子と楽しそうに顔を寄せ合っている結愛の自撮り写真だった。
……いつの間に?
トイレに行ったんじゃなかったのか?
わざわざ友達と会って写真を撮る時間なんてあっただろうか。
俺は少し首を傾げつつも、深い意味はないだろうと思い返信した。
『へえ、よかったじゃん』
送信ボタンを押した直後だった。
カフェの入り口から結愛が小走りで戻ってきた。
その表情は明らかに焦っている。
「み、湊くん、メッセージ見た?」
「ああ、見たよ。友達と会ったんだろ?」
俺が平然と答えると、彼女は顔を歪めた。
「……それだけ?」
「え?他に何か……?」
「だって!私が他の子と楽しそうにしてるんだよ!?なんとも思わないの!?」
彼女の声が大きくなり、周囲の客がちらちらとこちらを見る。
俺は慌てて彼女をなだめようとした。
「いや、楽しそうで良かったなって……」
「違う!そうじゃなくて!」
彼女は俺の向かいの席に座ると、テーブルに突っ伏してしまった。
肩が小刻みに震えている。
「……嘘なのに」
小さな呟きが聞こえた。
「え?」
「友達となんて会ってない。さっきの写真は……前に撮ったやつ。嘘ついたの」
顔を上げた彼女の瞳は涙で潤んでいた。
「湊くんが……あの子と楽しそうに話してるから……私なんかどうでもいいんだって思って……悔しくて……」
彼女はポロポロと涙をこぼし始めた。
「ごめんなさい、私、馬鹿だよね……嘘までついて、湊くんの気引こうとして……嫌いにならないでぇ……」
俺は言葉を失った。
あの写真は、俺に嫉妬させるための、彼女なりの精一杯の「試し行為」だったのだ。
そして、俺の反応が期待通りでなかったことで、彼女は自ら仕掛けた罠でパニックに陥ってしまったらしい。
「嫌いになんかならないって。泣くなよ」
俺はハンカチを差し出す。
彼女はそれをひったくるように受け取ると、涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺を見つめた。
「……ほんとに?他の女の子より、私が一番?」
「はいはい、一番だよ」
そう言って頭を撫でてやると、彼女はようやく少し落ち着きを取り戻した。
だがその瞳の奥には、まだどす黒い独占欲の炎が燻っているのが見えた。




