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境界線のない朝

 翌朝俺は重たい体を起こした。

 昨晩は結局、深夜まで鳴り止まない通知の相手をさせられたからだ。


『まだ起きてる?』

『喉乾いた』

『怖い夢見たかも』


 そんな他愛のない、しかし返信しないと連投されるメッセージの嵐。


 寝不足の頭を振ってリビングへ降りると父と義母は既に仕事へ出かけた後だった。

 テーブルには『二人で仲良く朝ごはん食べてね』という書き置きがある。

 俺は溜息をつきつつ結愛の部屋へ向かった。

 まだ起きてくる気配がない。


「結愛さん、朝だぞ。起きてるか?」

 ノックをするが返事はない。

 仕方なくドアノブを回すと鍵は掛かっていなかった。


 薄暗い部屋のベッドで布団がもごもごと動いている。

「……んぅ」

 俺が枕元に立つと彼女がゆっくりと瞼を持ち上げた。

 焦点の合わない瞳が俺を捉え、ふにゃりと緩む。

「あ……湊くん」

「おはよう。朝ごはん食べるだろ?」


 彼女は布団から上半身を起こした。

 寝巻きの肩紐がずり落ちていて目のやり場に困る。

 だが彼女は気にする様子もなく甘えた声をで俺に両手を伸ばした。

「起こしに来てくれたんだ〜♡ありがと〜」

「はいはい。早く着替えて降りてこいよ」


 背を向けて部屋を出ようとした俺の服の裾が掴まれた。

 振り返ると彼女が上目遣いで訴えている。

「手、痺れちゃって……着替え手伝って〜」

「はあ?自分で着れるだろ」

「だって……動かないもん。ね、お願い」

 彼女は悪びれもせずリボン付きの部屋着を突き出してくる。

 拒否すればまた昨日のように泣かれるかもしれない。


 俺は観念して彼女の着替えを手伝う羽目になった。

 ボタンを留める間、彼女はずっと俺の顔を至近距離で見つめ続けている。

 その瞳には恥じらいよりも、世話を焼かれていることへの恍惚とした色が浮かんでいた。


「ごちそうさまでした」

「……どう?美味しかった?」

 キッチンに立った結愛が不安そうに聞いてくる。

 どうやら早起きして朝食を作るのを手伝っていたらしい。その後に二度寝するのが彼女らしいというか。


 味は悪くなかった。

 むしろ家庭的で俺の好みだったと言える。

「ああ、美味しかったよ。料理上手いんだな」

 俺が素直に感想を伝えると、彼女は胸の前で手を合わせて頬を紅潮させた。

「よかったぁ。湊くんの口に合わなかったらどうしようって思ってたの」


 彼女のエプロン姿は新妻のようだが、俺たちは昨日会ったばかりの義理の姉弟だ。

「そうだ。好きな食べ物と苦手な食べ物教えてくれる?今日の夕飯私が作るからさ」

 彼女はスマホのメモ画面を開いて詰め寄ってくる。

 俺の情報を一つでも多く収集しようとする熱意が凄い。

 好きな味付け、嫌いな野菜、アレルギーの有無。


 尋問のように詳細を聞き出した後、彼女は満足そうに頷いた。

「うん、バッチリ。これで湊くんの体は私が管理できるね」

「……言い方」

「あ、そうだ!ねぇ湊くん」

 ふと思い出したように彼女が提案する。

「今日って特に予定ないよね?」

「まあ、休だしな」

「じゃあさ」


 彼女は椅子の上で膝を抱えるようにして、少し子供っぽい仕草で俺を見上げた。

「弟君とお買い物行きたいな〜」

 上目遣いでの要求。


 断る理由はなかったし、これからの生活に必要な日用品も買いたかった。

「いいよ。駅前のモールでいいなら」

「わーい♡」

 彼女は満面の笑みで親指を立てた。

 その喜びようは、ただの買い物というよりはデートの約束を取り付けた時の反応に近い。

「じゃあすぐ準備するね!絶対逃げないでね?」

「逃げないって」

 彼女はスキップしそうな勢いで自室へ戻っていった。

 俺は残されたコーヒーを飲み干す。

 この義姉と過ごす休日は、想像以上に体力を削られそうな予感がした。

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