9話 寡黙なるノベルアーティファクト
ムンク相澤が去った教室内で別の話題に切り替わった。植木が思い出したかのように、電車の脱線事故で怪我をした僕を救助ヘリに運んでいる所をテレビで見たと発言すると、蛯澤さんが同調するように事故当時のことを質問して来る。
「僕..気絶してたから分からないよ」
「テレビで、あ、星乃君を見た時はビックリしたよ。顔血だらけだったから..」
蛯澤さん。今、相澤って間違える所だったでしょう。
クラスメイト達は僕がテレビに出たことに驚き、テレビで同じ映像を見た人達は思い出して「あ!」と叫んで見た見たと騒ぎ出す。
蛯澤さんの会話の後に植木が怪しい口調で問いかける。
「さっきも聞いたけど、テレビの取材は来たんだろ、俺のことも紹介してくれよ。何だったら俺も脱線事故発生時に電車内に居たことにしてくれよ」
「はぁ?」
テレビの取材が来たなんて一言も言っていないのに、勝手に決めつけているし、とんでもない事を言っている。やっぱり植木は信用出来ない。
植木の言葉に反応したクラスメイト達は僕を囲むように近づいて来る。クラスメイト達の顔は、テレビに出れるの? 俺、有名人になれるなどのそれぞれ欲に染まった表情して気持ち悪かった。僕が嫌いな都合のいい大人達の笑顔だ。
「待って、みんな。僕は眠ってただけだからテレビの取材は知らないよ」
僕の否定的な言葉を聞いてクラスメイト達は手のひら返しするように、舌打ちや陰口をしながら退散していった。特に植木の態度が一変して腹が立った。植木は立ち去る時に僕が見ていないと思ってたのか、さり気なく僕の鞄を蹴っていた。
鞄に付いた足跡を手で叩きながら――みんな嫌いだと思った。
いつもの教室内に戻ると、ガラガラと出入り口が開く音が聞こえる。教室に入って来たのはクラスの担任の北村 歩美先生だ。
北村先生は身長150センチぐらいで小柄だ。担当教科は社会科である。年齢は30代前半で既婚者だ。子供が二人いるらしい。旦那さんはきっとロリコンだ、間違いない。
北村先生が壇上に立つと朝礼を行う。僕に気付いた先生は「怪我は大丈夫」と心配してくれた。僕は大丈夫ですと返答した。最後に相澤が席にいないのを心配してた。ムンク相澤どこにいった。
一時限目の授業は北村先生の社会だった。今日は近現代の明治時代の授業だった。歴史の勉強は得意な箇所は漫画やゲームで有名な偉人達は頭に入りやすいんだが、明治時代の歴史のゲームは少ないので頭に入りずらい。
だけど、今日は北村先生の一語一句スラスラと授業の内容が頭に入ってくる。僕は自分が恐ろしいと感じた、体力だけではなく頭も良くなったようだ。
過去に読んだ四種の神記の一つ”寡黙なるノベルアーティファクト”(小説)の知識を呼び起こす。
ベガアイからは半透明になった。寡黙なるノベルアーティファクトが複数本浮かび上がる。本はパラパラと同時に開いていく、一冊が開き終わると新しい一冊が浮かび上がる。数々の伝記や伝説の物語が記憶を巡る。そして答えを導き出す。
”寡黙なるノベルアーティファクト”(小説)のおかげで候補がいくつかわかった。1、賢者を得た。2、並列処理。3、前世の知識。4、知識チート。5、天才。6、アカシックレコードに接続した。
他にもいくつか候補があったけど6つに絞った。どれもありそうだ。
今は授業に集中して、知識の件も体力と一緒に家に帰ってから検証しよう。
社会が終ると、二時限目は数学で三時限目は英語だった。数字も英語も苦手だったのに、数式や英文を理解し頭にスラスラと入ってくる。まるで、脳がフル回転してるようだ。
輝星の身体はバルクブレイン・パラサイトに寄生されて強化されていた。宿主を操作するため脳を完全に掌握していた。その副産物で脳の能力を100パーセント使っていた。そのため記憶力が向上していた。
四時限目は体育の授業だった。授業の内容は100メートル走であった。いつもは嫌いな授業だ、体力に自身はあったが足は速くない。だが、今日は違う。朝の通学マラソンで朝の速さは実戦済みだ。
僕の順番が来ると白い線の前に立つ。右には谷崎がいた、見た目はチャラ男だが足は以外にも速い。
左には植木がいた。植木は陸上部の所属で短距離選手だ。僕の視線に気付いた植木は睨んでいた。朝の出来事で僕を利用してテレビ出演出来ないと分かり腹が立ったようだ。本当にこいつは調子がいい奴だ。
「星乃! 本当にテレビの取材は来てないのか! 独り占めしようと思ってるんだろ」
「はぁ~、まだ言ってるのか! テレビの取材は来てないよ」
「ちっ! テレビの取材が来たら教えろよ」
僕は呆れて何も言えなかった。テレビの取材を独占ってなに? 植木は何でそこまでテレビにこだわるのか分からない。あと、谷崎「俺も出せ」と五月蠅い。お前はテレビの取材よりもムンク相澤を心配しろよ、友達なんだろ。
体育の先生がよーいと掛け声を掛けると。短距離走の準備する、そしてドーンと先生が発する。三人は一斉に足を一歩出したが、陸上部の植木の方が経験が上なので前進する。
僕は植木の後ろを走る。谷崎は出遅れて3番手だ。
100メートル走の半分の距離50メートルを超えた辺りから、身体にエンジンがかかり足が軽くなる。植木の横に着くと、植木は気配を感じたのか僕に驚く。僕はそのまんま一気に追い抜き20メートルぐらい離して1位を取る。
2番目にゴールした植木は僕を見て信じられないと表情で呆然としていた。
体育の先生が驚き声を掛けてくる。
「おいおい、100メートル走の大会記録と同じだそ。星乃、部活入ってるのか?」
「僕は部活動していないです先生」
「今からでも陸上部に入れ。今からでも遅くないぞ、星乃」
「ごめんなさい先生。家の用事が大変なんで..」
「なっ! 断るのか....うん? そう言えば星乃は一人暮らしだったな。それにしても勿体ない..」
陸上部の入部を断られた先生はブツブツと言いながら授業に戻った。
輝星の100メートル走を見ていた生徒が驚きの声を上げていた。男子だけではなく、女子の甲高い声も聞こえて来た。
「星乃凄くないか..陸上部の植木を抜いたぜ」
「星乃ってあんなに筋肉ついてたっけ....」
「知らねえ。今日、初めて星乃って知ったしな、あいつ存在感なかったし....」
「星乃君だっけ? 100メートル走の大会記録だって凄くない」
「植木君かっこ悪いね。陸上部なのに...」
「植木君って確か陸上部のキャプテンでしょう。しかも、100メートル走の代表だよ」
植木は陸上部のキャプテンで、花形である100メートル走の代表でもある。顔も割りと整っている、性格も話し易いタイプだから女子にモテる。そんな植木が女子たちにクスクスと笑いながら植木を馬鹿にしていた。
僕は植木が嫌いだけど、馬鹿にして笑っている女子がもっと嫌いになった。
今日は4時限目で授業が終了した。今日までは地震の影響で生徒たちの精神的問題を考慮していた。明日から通常の授業になる。
ずっと午前中で学校が終わってくれれば良かったのに....そういえば結局、ムンク相澤は教室に戻って来なかった。谷崎や椎名は余り気にしてないようだ。嫌な気持ちになるな。
そんなことを思い出しながら帰路についた。
家に帰ってもやることは沢山ある。家の後片付けはまだ全部終わっていないので終わらせないといけない。早く帰ろう。