アリス君と赤い髪の乙女
朝、ベッド以外は何もない部屋で目を覚ます、僕は天井をぼんやり眺める。
そうだ、僕はもう龍使徒じゃないんだ。
身体に少し違和感、そういえば昨日は一度も剣を振らなかった、そんなのいつぶりだろう。
昔は風邪をひいてもやめなかったんだよな、最後にはエトに泣いて止められてたっけ。あの頃のエトはまだ僕より子供っぽかった気がする。
「・・・。」
ベッドから下りて少し柔軟をして気付く。
これ、昨日の夜食べすぎたんだ。
昨日の夜は下の店舗を貸し切りで僕の歓迎会をしてくれた、マスターとアサヒがご馳走をいっぱい作ってくれて皆で食べて楽しかった。
マスター、シアさん、リフさんの大人組はお酒も飲んで・・・リフさんは酔っぱらってシアさんに喧嘩を売ったり、僕にくっついて来たりで少し大変だったな。
それでも楽しかった、モザイクさんとキューさんとも普通に話す事が出来たし、僕は思い出してクスリと笑いながら部屋を出て下に降りる。
お店の中はまだ薄暗く誰もいない、早く起きすぎたかな。
僕は奥にある扉を開く、昨日聞いていたんだけどそこには裏庭があった。
ちょうど日が昇ってきた時間で爽やかな空気、店も広かったけど裏庭も広いな、これなら自由に身体を動かせる。テーブルやベンチもあるから外でご飯食べたりも出来るのか。
好きに使っていいって言われたし、僕は早速と剣を抜く。
ナイルさんとアランさんのくれた剣、違和感なく手に馴染む、本当に龍使徒の剣に似た形の物を選んでくれていたんだと実感した。
改めて、心の中で感謝を告げて僕は剣を振る。
ひたすら無心でまずは自分の身体がいつも通りに動く事を確認していく、それが済んだら次は自分の限界が少しでも上に行くようにと動き続ける。
「おはよう。朝から精が出るな、龍使徒だっけ? 諦めたんだろ?」
この声はリフさんか、僕は動くのを止めて息を整えながら振り返る。
寝起きのリフさんは赤い髪がぼさぼさで、口を手で隠す事もしないで大きな欠伸をしてる。涙の溜まった右目が僕を映して開いた。
「うわ、お前汗凄いぞ。そんなに楽しいのか?」
「いや、楽しいとかじゃ・・・ただ毎日やってた事だから、やるのが当たり前で、やめたくないなって、もうやる必要ないんですけど、つい。」
汗を手で拭いながら自分の口から出る言葉が、いい訳に聞こえて嫌だった。
今も、未練があるみたいで。色んなものを諦めて来た筈なのに、まだ強くなる事を捨てられずにいる。
「そりゃそうだ。お前は英雄になるんだもんな。」
そう言ったリフさんが無邪気な笑顔を見せた、大人っぽい見た目の彼女の幼い純粋な表情に僕は戸惑う。
「そうだな、ちょっと待ってろ。」
僕が何かを言う前に彼女は何を思ったのか建物の中に戻ってしまう、リフさんの背中に伸ばした僕の手は意味を無くした下りた。
「僕、龍使徒辞めたのに。」
リフさんも自分でもさっき言ってたから知ってる筈なのに、英雄になんてなれないのに。
英雄になりたかったなんて昨日口に出してしまったのかな、僕はお酒飲んではいないけど楽しさに釣られてしまって。
別に嫌な気持ちにならないのはリフさんの表情のおかげか、なんの悪意もない、それが真実だと信じ切るような笑顔だったから。
「よし、待たせたな。来い、アリス!」
「・・・えっと。」
戻って来たリフさんは昨日と同じ様に赤い髪を頭上で咲かせ、その手には剣があった、僕のより一回り大きな剣が。
戦うって事?
リフさんは剣を鞘から抜くと鞘を投げ捨てる。
「ほら、来いよアリス。遠慮なんてしなくていいぜ。」
「えっと、真剣でやるんですか?」
「なんだよ? 龍使徒だってそうだったんだろ?」
「そうですけど。」
「大丈夫だよ、手加減してやるから。」
・・・僕が手加減される側なのか、そりゃ片手で剣を構えるリフさんは風格もあって強そうだけど左目の眼帯もカッコ強そうだし、でも僕だって龍の力無しの戦いならそこそこ・・・ってリフさんから踏み込んできた!
速い! 振るわれる剣の風を切る音が違う、この人は本当に強い!!
リフさんの攻撃を剣で受けながら後ろに下がる。距離が空かない、今、攻撃のタイミングを一度見逃された、それに気付きながら僕は横に跳ぶ、片足が地面に着くと同時に動きを切り替えこちらから攻撃に出る。
僕の剣は正面から受け止められて、身体ごと後ろに弾かれる。振り下ろされる剣を転がってかわして、僕が低い体勢から斬り上げる剣は余裕を持って避けられた。
「よしと、こんな感じだな。」
いや、嘘でしょ。
この人強すぎる、今の短いやり取りで僕が気付いただけで三回は攻撃するのを見逃されてる。リフさん、水龍の力を使ったカナデさんより強くないか?
「ほら、もう一度行くぞ。・・・楽しいな、アリス。」
笑うリフさんが僕に襲い掛かって来る。
いや、だからリフさん強すぎるんだって!!
結局、僕とリフさんの攻防はアサヒがお昼ご飯に呼びに来てくれるまでずっと続いた。
リフさんは凄い強いけど、手加減が上手だから戦っているのが楽しくて仕方なかったんだ。
致命的なタイミングでは攻撃を見逃してくれるから、中断する事も少ないし、何より僕がどんな攻撃をしても受け止めてくれる。
本当に楽しくて、だから気付けば僕は一人では歩けない所まで体力を消耗していた。
「全く、しょうがない奴だな。」
けろっと笑うリフさんに僕は襟首を掴まれて運ばれる、なんでこの人はこんな涼しい顔してるの?
「うわっ、お兄ちゃん! びしょびしょだよ! これ汗? 全部汗なの? シア、お水ちょうだい!」
ソファーに投げ込まれた僕をアサヒが大きなうちわであおいでくれる。
「ほら、坊主。水だ、飲めよ。」
んくんく、シアさんに水を渡されて気付いたけど喉がカラカラだった。一気に水を飲み干すとお代わりをくれた。
はー、ここの水、冷たくて凄い美味しい。
「シアさん、ありがとうございます。アサヒもありがとう。」
「ん、ああ。」
「どういたしまして、お兄ちゃん。」
「おい、バカ。お前は加減ってもんが出来ないのかよ? 坊主はいきなり死にそうじゃないか!」
「オレのどこがバカだ! ちゃんと手加減した! 見ろ、アリスは怪我一つしてないぞ。」
うわー、僕のせいでリフさんとシアさんがまた言い合いを始めてる、今にも掴み合いを始めそう。
「お前がちゃんと見ろよ。怪我がなくとも坊主はヨロヨロのボロボロだぞ。」
「・・・休めば治る。多分。」
僕と目が合ったリフさんが気まずそうに眼をそらす。多分じゃなくてすぐに回復するから大丈夫です。
「ほら、昼飯が出来たよ。騒いでないでテーブルを空けておくれよ。モズにキュー、あんたらも隅っこにいないでこっちにおいで。」
マスターが両手に大皿を持ってやって来る、腕細いのに凄いな。マスターというかお母さんみたいだ。・・・だからアサヒはママって呼ぶのか。
お肉を煮込んだおかずが凄いいい匂いだ。
「お兄ちゃん、ご飯とパンどっちがいい?」
「えっと・・・パン。」
「分かった♪ ちょっと待ってね♪」
うちわを置いたアサヒがトテトテと歩いて行く、何から何まですいません。
「アサヒ、オレもパン! いっぱいな!」
「俺っちは酒!」
「キューはご飯少しきゅ。」
「僕はおにぎりがいい。」
「はーい♪ ちょっと待ってね♪。」
皆の注文に笑顔で応えるアサヒ、僕は次からはアサヒを手伝おうと誓った、なんだかここに座ってるとダメな大人になりそうで怖い。
うわー、マスターの作る料理は凄い美味しい。
僕は途中でご飯も欲しくなってもらってしまった。うー、お腹いっぱい。
「よし! 食べ終わったな! アリス続きだ、行くぞ!」
リフさんが早速と立ち上がる、食べ終わってすぐに!?
でも誘われたからには僕も行くしかない、リフさんとの戦いは絶対いい訓練になる。
「お前ら、絶対に俺っちの言った事、覚えてないな。」
「すいません、ちゃんと無理しない様に気を付けますから。」
昼間からのお酒でホッペを赤くしたシアさんに頭を下げて僕はリフさんの後ろを早足で追った。
はー、本当にリフさんと戦うのは楽しい。
敵わない相手と戦うのは龍使徒の時と同じ筈なのに、気持ちが全然違う。
もう無理しなくていいからなのかな?
今は全力で挑んでも届かない、それが楽しくて仕方ない。リフさんがずっと笑っていてくれたのも大きいのかもしれない。
途中でシアさんも顔を出した、水をくれたついでに僕の相手をしてくれたけど、シアさんはあんまり強くなかった。