アリス君は街に行く
僕はどんなに頑張っても他の人には届かない。
覚悟して挑むと決めた筈なのに現実はたった一日たった一日毎に重さを増して僕を潰そうとしてくる。
「なー、アリス。明日休みだけどお前どうするの?」
その日の朝、教室で座っているとロロナから言われた。
「休みなんだ。」
そういえば聞いた気がするな、僕たちは五日間訓練をしたら一日休みだって。
・・・なら一日中訓練を。
「あー、やめとけやめとけ。休むから休みなんだぜ。」
僕は何も言ってないのに肩を揺すられた。
「全部、顔に出てる。お前張り詰めすぎ、今からそんなんじゃ潰れちまうぜ。」
「でも・・・。」
ロロナは僕の言葉に溜息をかぶせてくる。
「気持ちは分かるけど、お前が潰れるのは誰も望んでない、それは分かれよな。」
「うん。」
「ふん、ロロナの言う通りだ。」
僕たちが話していると加わって来るカナデさんが今日も唇を尖らせながら振り返る。
「クラスに暗い顔をしたのがいたんじゃ気が滅入る。・・・君はまだ街をちゃんと見てないだろ、のんびり観光でもしてくればどうだ・・・一人で不安だったら私が一緒に・・・。」
徐々に声が小さくなるカナデさんの顔がまた赤くなっていくけど、ロロナは今日は呆れた様に目を細めるだけで何も言わない。
今更だけど、こうしてカナデさんが顔を赤くするのは僕が龍帝アリスに似ているからなんだろうな、なんか申し訳ない。
「うん、ありがとう。考えてみるよ。」
「ふん。」
更に唇を尖らせてからカナデさんは前を向いた。
「誰と一緒に行くかは別にして街に行くのはいいと思うぜ。・・・ただ、気を付けろよ。」
机に頬杖を突いたロロナが意味深に口を緩める。
気を付ける? 母さんは都会にはスリとかぼったくりとかいうのがいるって言ってたからそれかな。
「分かった、行くならあんまりお金を持って行かない様にするよ。」
「いや、そうじゃ・・・まあいいか、なんでも経験だよな?」
「う、うん?」
二人はああ言ってくれたけど、僕は明日こっそり訓練をするべきかどうかでずっと迷っていた。
でも、もし僕が街に行くなら誘う相手は一人しかいない。
よし、エトに確認してから考えよう。
「えっ? 明日の休み? アリス、特訓するんじゃないの?」
恒例になってきた僕の居残り特訓の最中、エトは珍しくキョトンと瞳を開くと首を傾げた。
やっぱりエトは休みの日も僕は訓練をするべきだと思ってるんだよな。
「だよね。僕は少しの時間も無駄には出来ないもんね。明日は一人でいいからエトはゆっくり休んでね。」
「違う! 違うの! アリスはてっきりそうすると思ってただけで、行こう! 明日は一緒に街に行こうよ。」
うわ、ビックリした。
エトが急に近付いて来て腕を掴むから、こんなにエトの顔が近くなるの久し振りで、だから。
「うん。」
僕は何も考えられずにそう答えていた。
教会前でエトを待つ。
僕らは基本的にいつも龍使徒の制服着用を義務づけられているから、今日も同じ格好だ。
「おまたせ、アリス。」
同じ理由で神子姿のエトが姿を見せる、今までと変わらない笑顔を見せてくれて僕は少し安心した。
「あれ・・・エト、杖は?」
「あるよ、ほら。」
エトが右手に付けた腕輪に左手をかざすと腕輪が杖に変わる、慣れた手つきで掴むとくるりと回して元の腕輪に戻した。
「凄い、そんな機能が付いてるんだ! 知らなかった。」
「みんないつもは杖のまま持ってるからね。地龍キュケートスと女神エルクドールの合作らしいよ。」
「へー、そうなんだ・・・? エルクドールって今もいるの!?」
「どうなんだろうね? 見た事ある人はいないらしいけど、私達が力を借りれるんだからどこかにはいるのかもしれないね。」
僕たちは並んで歩きながら教会の敷地外に出る。
このまままっすぐ行くと龍帝アリスと世界の光エルマカナ・ドールの石像のある公園か。
でも、そうだよね。 龍達だって今もいるんだからエルクドールだって今もいておかしくないんだもんな、なんだか凄い。
「アリスは行きたい場所とかあるの?」
「僕はもう一回、龍帝アリスの像が見たいかな。」
そう言うとエトは驚いた。
「えっ? 見に行くの?」
「うん、なんか似てるって言われるし。そんなにかなって?」
「そう、わざわざ見なくてもそっくりだけどね。じゃあ行ってみようか。」
エトからの許可が出たから最初の目的地は決まった、僕はちょっとの勇気を出してエトに手を伸ばす。
エトが手を乗せてくれたから僕らは手を繋いで公園の中を歩いて行く。
一瞬だけエトが困った顔をしたのに気付かない事にして。
おかしいな、ほんの少し前まで手を繋ぐのが当たり前だった筈なのに、今は凄く胸が苦しい。
「エトは、どこか行きたい所あるの?」
「うん、美味しいレストランとかオシャレな喫茶店とか教えてもらったから。」
「そうなんだ、楽しみだね。」
二人並んで英雄像を見上げる。
「そんなに似てるかな?」
「うん、似てるよ。」
「・・・そうなんだ。どんな人だったんだろ。」
似てるって言われても自分ではよく分かんないな。
石像は色がないしな、これで髪が金色で目も青に塗ってあったら少しはそう感じるのかな?
着ている服は同じなんだし。
「アリスはどんな人だと思うの?」
エトに聞き返されて僕は考えてみる。
・・・きっと、僕とは全然違う人なんだろうな。
才能がなくて強くなれない、それでもエトと一緒にいたくて必死にしがみついた惨めな僕なんかとは。
「優しくて強くて、自分は英雄だって胸を張っていられる人かな?」
「そっか。・・・英雄になんかなりたくなくて、それでも自分がなるしかなくて、そうやって必死に頑張った人かも知れないよ。」
とても優しい顔で英雄像を見上げるエトが言う。
それでも、才能があったならそれでいいじゃないか、英雄になりたくないなんてただのわがままだって、僕がそんな風に思っていると、エトと繋いでいない方の手に何かが触れた。
「・・・?」
「お兄ちゃんはアリス様なの?」
「え?」
小さい子供だ、なんかキラキラした目で僕の事を見上げてる。
「いや、僕は・・・。」
首を振りながらこの子のお母さんが近くにいないかと探す。
いた、それらしい人がいたんだけど。
顔を赤くしながら泣いてるんですけど!?
なんか最近こういう光景やたら見るんですけど!
っていうか、凄い勢いで人が集まって来てる。
「エ、エト・・・。」
「私はこうなるかなって思っていたよ。」
なら、先に言ってよ!!
なんで余裕の笑顔でいられるの!?
ああ、囲まれちゃった。
老若男女ってこういう時に使えばいいの?
そんな感じでいろんな人がいる、ちょっと跪いて拝んでる人がいる!? お爺さんお婆さん達の泣きっぷりが凄い!
「違いますから!! 僕はアリスじゃない!! 僕は英雄じゃないんだ!!」
何度も叫んで、最後には半分泣きながら僕とエトは逃げる様にその場を離れた。
「はーはー、疲れた。のど乾いたー。」
なんでこんな事に、街に来た時はこんなんじゃなかったのに、なんで急に? ・・・呪い?
僕は弱いただの偽物なのに・・・。
「今は龍使徒の制服だからね。」
これか!! 制服を着ているのが悪いのか。
「ふふふ。」
僕が自分の服を恨めしく見ているとエトが笑った、楽しそうに。
「なんで笑えるの? エトだって巻き込まれたのに。」
「幸せだなって。みんながあんな風に喜んでるなんて初めて見たから、本当に平和だなって。それは300年前のアリスが頑張ったからなんだなって。」
僕じゃないアリスがね。
そんな風に悪態をつきながら僕はエトのキラキラ輝く笑顔に見惚れていた。
「だから、忘れないよ。今日のこの日に見たものを。」
「うん?」
その後に行ったレストランも喫茶店のケーキも美味しかったけど、どこに行っても僕たちは人に囲まれた。
そして泣く人がいっぱいいた。
僕はもう街には出ない、そう決めた。