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クジラ  作者: masuken
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第三章

「クジラ」への自衛隊による総攻撃がはじまった。



すでに近隣の人間はすべて避難していたので、どのビルや家屋にも人っ子一人いなかった。


かつて賑わっていた東京の街は、今やすっかりゴーストタウンと化していた。


郊外に逃れた人々は(そこも既に安全とは言えなかったが)、勇気ある民間人のカメラ


が捉えたインターネットのストリーム配信放送を固唾をのんで見守った。


カメラマンは相当離れた場所から望遠レンズを使って撮影しているのだろう。




一斉に激しい攻撃が加えられたが、どんな物質だろうと「クジラ」に近づくと目に見


えない磁石のような反発力によって軌道を変えられてしまった。


自衛隊の集中攻撃の甲斐も虚しく、それは六本木の街にミサイルの雨を降らせる事と


なった。


それらはけたたましい轟音とともに噴煙をまきちらして街を破壊し、同時に大火災が


発生した。


その粉塵に火災の炎が反射されて、東京の空は赤く輝いた。



赤々と焼けた空をバックに「クジラ」が鳴り響かせるあの美しい旋律、それは限りな


く幻想的で、世界の週末を思わせた。



「クジラ」から飛び立った小さな鉄球は、それ自体がひとつの生命体であるかのよう


に人間を見つけて追い回し、死の音を鳴り響かせながらじわじわと追いつめていっ


た。


おびただしい数の黒い鉄球はひと塊となり、まるで渡り鳥の群れのように上空を縦横


無尽に飛び回った。




「ハアッハアッ。くそ、まだ追いかけてきやがる」

木村は逃げ後れ、ちょうど神谷町近辺の細い通りを走って逃げていた。


道の脇に白いバンが止まっていた。持ち主は慌ててどこかへ行ってしまったのか、鍵が


かけっぱなしで放置されていた。




彼はその教務用車両と見られる薄汚いバンの影に身を潜めていた。


あたりを見渡してみる。遠方に火災による煙の柱が何本も立ち上っているのが見えた。


「自衛隊の攻撃によるものだな」



もう鉄球に見つかるのは時間の問題か、と諦めかけた。


その時ふと前方に目をやると、木村の前に地下の入り口があった。


それは彼にとっては苦い想い出の場所であり、しかし今となっては懐かしいライブハ


ウス「SPICY CHOCOLATE」だった。


「一旦、ここに身を隠そう」



木村は急ぎ足でコンクリートの階段を駆け下り、ドアノブを回してみると、幸いにも


鍵は空いていた。


埃っぽい臭いのするスタジオに入ると、中から鍵をかけた。


人のいないスタジオはガランとして、ひどく広々と感じられる。


むっとする空気の漂う静まり返った空間には、黒々としたスピーカーやアンプが、そ


のまま眠るように置かれていた。


なつかしいエレキギターもあった。 木村はそんなことをしている場合ではないと分


かってはいたが、


もう長くない命かもしれない、ギターを引っつかむとアンプにつなげ、思い切りかき


鳴らしてみた。 



ギャーンというすさまじい音が鳴り響いた。


ここでライブをしていた日々が、まるで別の世界で体験した古い記憶のように感じら


れた。


木村は息を落ち着かせ、しばらくそのまま床に座り込み、休む事にした。


意識は記憶をさかのぼっていく。


「マクフライだって!?あんないい子ちゃんぶった曲なんか歌えねえよ」


「あの手の音楽は退屈でつまらない、そんなんじゃどこにも行き着けやしないぜ!」


過去の自分の発言がふつふつと蘇る。


よく考えてみたら、オレは一小節でもまともに歌なんて歌えなかったじゃないか。


それに自分の声だって好きじゃなかった。 ギターだって今思えば酷いもんだった。


あいつらはさぞかしオレを高慢で不快なヤツだと思っただろうな。 


オレはどうしようもないゲス野郎だった…


「まあ結局の所は…」


彼は言葉が続かず、ポケットからタバコを一本とりだして火をつけた。


大きく一息、白い煙りを吐き出す。


「おれの血管にも魂にも、音楽の血なんか流れてやしなかったんだな」



いつのまにか眠りについていたようだ。


「くそ、何時間寝てたんだ!?」


腕時計を見ると午前8時を回っていた。 すでに朝になり日が昇っているだろう。


外の様子が気になり、木村は立ち上がってドアまでよろよろと歩いていき、スタジオ


のドアを薄く開け、隙間から外に目をやってみた。



しかしそれは愚かな行動だった。不運なことに、巡回していた3つの鉄球に見つかっ


てしまったのだ。


そいつらはおそろしい勢いで木村めがけて飛んで来た。


木村は反射的にスタジオの奥に走って逃げ込もうとしたが、慌てて扉を閉め忘れてし


まい、その隙間から鉄球にすべりこまれてしまった。



スタジオに入り口は一つしかなかった。もはや逃げ道は断たれてしまったのだ。


木村は自分の背丈ほどあるMarshallのアンプに身をあずけてしゃがみこんだ。


鉄球はあの音を発しながら、木村との距離を容赦なく詰めていった。


ああ、なんと美しい音色だろう。


ぐったりと力なくうつむき、その目の下にはすでに濃いクマが浮かんでいた。 


もはやこれまで、そう思いながら、汗ばんだ手で側に置かれたギターを握りしめた。


世界平和のため…??


木村は無力な自分に打ちひしがれ、今の状況の滑稽さをくっくっと静かに笑った。


そして手にしたギターの4弦3フレットを、最後に一度だけ力なく弾いた。


スタジオ内になつかしいエレキギターの轟音が鳴り響いた。




最終章へ続く

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(c)masuken

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