最終章
もうもうと立ち上るうす黄色い粉塵は六本木の上空全体を覆っていた。
奇跡的にヒルズのビルはガラスが所々割れてはいたがまだそのまま立っており、その上にかぶさるように「クジラ」が浮かんでいる。
それは巨大な植物かクラゲがそびえ立っているようにも見えた。
人々は絶望の縁に立たされながらも、まだ多くの場所でストリーミング放送を見守っていた。
現在も街の電力は生きていたのだ。
勇敢なカメラマンはいまだかろうじて放送を続けていた。
自衛隊の戦闘機や戦闘ヘリの姿は映像の中に捉えられない。
パイロットが死の音にやられてしまい、機体もろもと墜落してしまったか、あるいは既に退避してしまったのだろう。
もはや人類になす術はないのだろうか。暗い影が人々の頭に立ち込めて行く。
ちょうどその頃、人気のない六本木の街を一台の白いパンが疾走していた。
窓を全開にしながら大音量でロックを流していた。
業務用の薄汚れた車両だった。背後には大量の機材を積んでいる。
そしてそれは事もあろうに、六本木ヒルズの方向に向かっていた。
多くの人のスマホやパソコンには空に向かって高くそびえるヒルズの映像が写し出されていた。
その時、カメラはヒルズ屋上になにやら動く黒い影を捉えた。
それは木村だった。彼はなにやら黒くて巨大な箱をつぎつぎと屋上に運びだしていた。
箱には金色で「Marshall」というロゴが書かれていた。
さかのぼる事、数時間前のスタジオ「SPICY CHOCOLATE」にて。
鉄球に追いつめられて木村はうなだれしゃがみこみ、万事休すと諦め、エレキギターを鳴らした。
その瞬間だった。
空飛ぶ鉄球が一瞬でいびつに歪み、黒々としていた表面はまだらに緑色に変色したかと思うと、
その歪みから虹色に変化する妙な光を放ちながら床に落下した。
次の瞬間には、勢いよく飛び回っていたこの鉄球は、生物が息絶えてしまったかのようにひっそりと床に
転がっていたのだ。
そしてつぶれた鉄球から怪しい透明の液体が漏れだし、床に一塊の水たまりを作った。
この数秒間の出来事を木村はしばらく呆然と見守っていたが、やがてある考えが電光のように閃いた。
「もしかしたら!?」
「こいつらはきっと音に敏感な生命体なんだ。」
「地球人にはなんともないこのエレキギターの音だけど、こいつらにとっては弱点なんだ!!」
木村は偶然にも、あの宇宙からの死神の弱点を見つけたのだった。
話は戻って、現在の六本木ヒルズ屋上。
男はしっかりとヘッドホンをしてはいるが、死の音の発生源とあまりに近い距離にいるためだろう、すでに
目の下に酷いクマが浮かんでいた。
そして手にはなにやら抱えている。 それはエレキギターだった。
こんな危機的状況で一体なにをやろうというのだろう。 ストリーミング映像を見ている多くの人々
には理解できなかった。
そしてその男の最後のライブがはじまった。 内出血で紫色になった手でコードをかき鳴らした。
それは「クジラ」の死の音に負けないほどの大音量だった。
まるで大天使の笛のごとく、六本木上空に鳴り響いた。
金田と吉村もストリーム映像を見守っていた。
二人には聞き覚えのある、あの演奏だ。
それは木村のお気に入りの曲「セカンドオピニオン」だった。
曲がはじまりしばらくすると、巨大な「クジラ」の旋律が鳴り止み、その巨体がけたたましい音を立てていびつに歪みはじめた。
やがてそれは緑色に変色してひび割れを起こし、その割れ目から神秘的な虹色の光を放った。
木村の演奏はその間も休む事なく続いていた。
最後には「クジラ」はもやは原型をとどめぬほどまでベコベコにゆがみ、空中に浮かぶ力も失って
ヒルズの屋上に墜落し、ビルもろともビスケットのように崩れ落ちた。
同時に放たれていた鉄球も親である「クジラ」同様、いびつに歪み地面に転がりおちて息絶えたのだった。
こうして、ある勇敢な男の音楽によって世界は救われたのである。
その演奏は「ミ」の音が半音ずれていた事は金田、吉村の他に気づく者はいなかった。
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©masuken




