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クジラ  作者: masuken
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第二章

それはあまりにも突然襲って来た。



六本木ヒルズの数10メートル上空に、まるで船が錨をおろして停泊しているかのよ


うに浮かんでいた。


直径は100メートルはありそうだ。


形は若干縦につぶれたボール状をしており、それは深い海の底にひっそりと沈んでい


る黒い貝のようにも見えた。


一応その質感から金属である事をうかがわせたが、地球上にあるどの金属でもなさそ


うで、その表面が日中の燃えるような太陽の明かりを受けてきらきらと光っていた。



まず最初に朝のニュース番組でその事が報じられた。



街いく人、部屋でテレビを見ていた人は、自分たちの想像を超えたものに恐怖したり


うっとりしたりしたが、それは誰が見ても、途方もない知性をもった宇宙からの旅人


の創作物であることだけは飲み込めた。




それでも人々は逃げなかった。現実の生活というものがあったし、とりいそぎ何処か


行くあてがあるわけでもなかったからだ。


しかしその時からそれは人々から日常的な感覚をすっかり奪ってしまった。



その中空にぽっかりと浮かんだ巨大な物体は、音を発するものであった。


それは日中、とぎれとぎれに、時には連続的に六本木上空から大音量で鳴り響いた。


人々はやがてその巨大な黒い物体を「クジラ」と呼ぶようになった。



音はおそろしく統制された旋律だったり、はたまた祝福の歌声のようでもあったり、


はにかんでいるようだったり、ある時は激しく悲しんでいるように感じさせる事もあ


った。


その音に恐怖する者もいれば、天からの声を聴くかのような甘い陶酔にひたる者もい


た。


それはまぎれもなく、遥かかなた別の惑星の意味を持ったことばなのだった。




ところが、「クジラ」はただの無害な傍観者ではなかった。 


その歌声には無慈悲な結末が書かれていることを、人々は後に知る事となった。


理屈は不明だが、音を聴き続けた人間は、まず目の下に酷いクマができ、顔から足の


先まで全身に内出血がおこり紫色の斑点ができはじめる。 そして次第に意識がもう


ろうとしていって、最後は昏睡状態に陥り、死んでしまう。




その音はどうしようもなく美しい、死の旋律なのだった。




何日もたたないうちに、多くの人々にその同じ症状が現れた。 そして死に至るものも


続出し始めた。


この異変、この大量の異常死がニュースで報道され始めるやいなや、人々は真っ先に


その原因を、あの宇宙からの使者に求めた。 


それは当然であり、シンプルな理屈であっただろう。この物体が現れた日から人々の


異常死が起こり始めたのだから。





人々は慌てふためき、少しでも「クジラ」から遠ざかろうとした。


もはや交通機関は麻痺していたので、車のあるものは一斉に郊外に向かって脱出を計


ったのだが、その量があまりに多すぎたので、道路は大渋滞を起こした。


大通りは歩行中に倒れ、そのまま息絶えた人々で溢れていた。 


遺体を処理する人間がもはや誰もいなかったからだ。


人々は心が痛んだが、その倒れた遺体の上を乗り越えて車を走らせ続けるしかなかった。




しかし、あの死の音から逃れることはそう容易くなかったのだ。


というのは、母船である「クラジ」から小さな金属球のような物体が胞子をまき散ら


すように飛び立ち、あの同じ死の音を発しながら、どこまでも飛んで追いかけて来た


からだ。



しばらくすると、研究者や学者がラットを使った実験の結果、「クジラ」から発せら


れる音が死の原因となる事を突き止め、ローカルテレビやインターネットで発表し


た。 しかしこの音は、カメラ越しだったり、録音した物だと害を与えないのだった。



そして、ヘッドホンで大音量の音楽を流すことで、多少あのおそろしい死の音を防ぐこ


とはできた。



しかし、人々は森や山の奥深く、地下に逃れ、日の光の中を堂々と歩くことはもはや


できなくなった。


小さな鉄球は建物の窓ガラスをも突き破って建物の中にまで侵入し、どこまでも執拗


に人々を追い回した。


通りは割れたガラスの破片で雪のように真っ白になった。



それはまるで、抗生物質がウイルスを殺すように人類に襲いかかった。




第三章へ続く

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(c)masuken






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