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綾子編第3話〜苦悩と現在〜

ガラガラ




「来たよ…」


「あ、本当だ」


「本当に調子乗ってるよね」



 私が教室に入るなりこれらの声が聞こえてくる。


 彼女達は、態と私に聞こえる音量で話しているのだろうか。


「ったく、調子に乗っているのはお前らだってのに。綾子、あいつらの事なんて気にするんじゃないよ」


「うん…」


 私と一緒に学校まで来て、隣同士に座った彼女は武田奈津美。私の幼なじみで、大親友。


 大人しい私とは違って、とても活発で豪快な人。人当たりもいいから男女構わず友達が多い。


 こんな性格の私にとっては、彼女は目標だった。

 友達であり、目標であり、絶対に失うことの出来ない、大切な人。

 それがなっちゃん。


「はぁ…。綾子には怒りという感情は無いの?」


「昔からの事だから、慣れちゃった」


「慣れちゃったって、あんたね…」


 私が嫌われるようになったのは小学生五、六年の辺りからの事。


 故に、あまり褒められる事では無いのだが、慣れてしまった。


「そもそもあいつらはね…」


 そしてなっちゃんはいつもと同じ事を言う。

 耳にタコができる程聞かされたのだが、なっちゃんは私の為に言ってくれているので、止めるのも気が引ける。


「綾子、聞いてるの?」


「ええ。聞いてるわよ〜」


「そう。だからさっきも言ったけれど、綾子はただ立っているだけなのよ?」



 …どうして立っているだけであいつらに色々と言われなくちゃならないのよ。


 一言半句いつもと変わらない。


「自分の好きな男子が綾子に首ったけだから、でしょ。そんなの逆恨み以外の何物でもないじゃない」


「いいのよなっちゃん。慣れちゃったから」


「慣れちゃったってあんたね…」



 自分で言うのも難だが、私は男性に気に入られる顔の持ち主のようだ。

 下駄箱には毎日ラブレターが二、三枚入っていて、告白された回数は五十回を越える。

 街を歩けば男性が振り向き、駅前ではスカウトの人や、チャラチャラした男性に話し掛けられる。


 自分から何をする訳では無く、男子が勝手に集まってくる。なっちゃんが言った、私は立っているだけ。とは、この事。


 でも、彼女達が私を嫌うのは仕方のない事。

 私みたいに大人しい人間がモテるのは、気に食わなくて当然だと思うから。


 …こうやってすぐ卑屈になるのも私の悪い癖。


 私が嫌われるのは、私が嫌らしい人間だからかもしれない。


「あいつらにズバっと言ってやりなよ。お前らにどうこう言われる筋合いは無い。って」


「そんな事言えないわよ〜。それに例え他の人に嫌われても、私にはなっちゃんがいるから大丈夫よ〜」


「止めてよっ!私には剛がいるんだからっ!」


「私だってそんな趣味は無いわよ〜」


 そして私達は笑い合う。


 なっちゃんが言った、剛さん。とは、前田剛さんの事。

 彼は私達と同年輩で、中学二年生。父親同士が仲良しなので、私達は知り合った。

 彼は小学生まで愛知の実家に住んでいたが、中学生になると一人暮しをする為に引っ越して来たのだ。


 しかし、そこで私の父親が、一人暮しをさせるくらいなら自分の家に居候しないか。と、言ったので、今は私の家に居候をしている。


 まあ、そこはどうでもいい。困った事に、私を介して知り合った、剛さんとなっちゃんがすっかり意気投合してしまい、ラブラブになった。


「ごめんね〜。なんか私ばっかり幸せになっちゃって」


「本当よ〜。夏休みには二人で愛知に行っちゃうんでしょ〜?」


「そうそう。私をクソ親父に紹介する。とか言っちゃってさ」


「本当によく分からない人ね〜」


「アハハッ。でもたまには親と二人っきりってのもいいんじゃない? 唯一の家族なんだからさっ」


「そうね〜」


 二人が愛知に行くのは一週間。



 しかし、そのたった一週間が、私の人生を変えるとは。当時の私は予想だにしなかった。



…。


……。


………。



「お母さん、夕飯持ってきたよ」


「……」


「お母さん?」


「あら、ごめんねさっちゃん。ぼーっとしちゃってたわ〜」


 この症状が出る度に昔を思い出してしまう。


 忘れたい過去を…。



「それで、大丈夫なの?」


「ええ。もう大丈夫よ〜。ありがとうねさっちゃん」


 私はベットから身を起こし答えた。



「そう、よかった。慶二も本当に心配してたから」



 慶ちゃん…。



「私は慶ちゃんに嫌われちゃったかしらね……」



「はぁ…。お母さんはどうしてそんなに卑屈なのよ。ほんと私そっくり」


「そうかしら…」


「そうよ。あの慶二がお母さんを嫌う訳が無いじゃない」


「どうして?」


「それが…慶二なのよ…。とにかくそれは鍋料理だから、早く食べちゃってね。じゃあ」


バタン



 さっちゃんは言って恥ずかしくなったのかしらね。




「綾子さんは?」



 階段を下りて、リビングに入って来た里美に尋ねる。



「落ち着いたわ」


「そうか、よかった」


 とりあえず一安心。綾子さんが落ち着いて何よりだ。



「さっ、食べちゃおう」


「うん」



 気になる事は色々あるのだが、とりあえず里美を席に座らせた。

 里美は俯いたまま元気が無い。



「いただきまーす」


「いただきます」



パクッ。ムシャムシャ


「我ながら美味いな、この鍋は」


「そうね」


「おいおい、鍋の素のお陰。とか言わないのか?」



「私は鍋の素が有っても作れないから…」


 まぁ確かにそうなんだけどさ。



「ねぇ慶二、お母さんに何があったの?」


「ん、あぁ…」


 俺は話した。

 一緒に買い物に行った事。喫茶店でお茶をした事。そしてその帰りにあった事。


 話の最後に、すまん。と謝った。



「そう…」


「なぁ里美。綾子さんは一体どうしたんだ?」


 俺の質問に、里美の箸が止まり、そのまま動かなくなった。

 鍋の煮える音。その唯一の音がこの場を支配するかのようだ。



……。



 里美が箸を置いた。


「お母さんはね…」







「男性恐怖症なの…」



「男性…恐怖症…?」


「そう」


「え、だって俺は…」


「お母さんは、慣れた人。つまり、絶対に安心出来る人なら大丈夫なのよ…」


 成る程。故に俺や兼次、四分蔵等が触っても平気だったのか。


 でも…。



「あそこまで錯乱する程の男性恐怖症なのか?」


「違うわ。触られても体中の力が抜けるだけよ」


「ならどうして…」


「……」



 そこで里美は再び口を閉じた。

 恐らく、里美にも分からない事なのだろう。


 そこで俺は、質問を変えることにした。



「綾子さんは外を歩く度に、何かに震えていた。それも…その……。男性恐怖症からなのか?」


「ええ。そうよ」


 そうだったのか。


 だとしたら、最初の時の震えが一番大きかったのも頷ける。

 何故なら、あの時の綾子さんは旗を持ち、とても目立っていた。それに加えあの美貌。駅前に居た男性の視線を、一身に集めていたのだろう。


「男性に見られると、鳥肌が立つ。触られると全身の力が抜ける。それがお母さんの症状よ」


「だとしたらやっぱり、あの取り乱し方はおかしいよな……」


「そうね……」


 再び俺達は沈黙し、聞こえるのは鍋の煮えたぎる音のみ。

 だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。



「鍋、食っちゃおっか」


「うん……」



 俺は熱々の白菜を口に入れた。



「はふぁ。めっちゃ美味いなぁ…」


「……」


 …のだが、里美に落ち込まれると美味しさが半減する。



「なぁ、その男性恐怖症ってのは…。治るのか?」


「トラウマの一種だから…。治るかどうかは本人次第よ…」


「本人次第、ね…」


「でも今日の様子を見る限りじゃ…」


「一筋縄ではいかないか…」


 だよな…。


「でも、治る可能性は有るって事だよな?」


「多分、ね」


「それを聞いて安心した」


「あぁそう…」




 俺は決めた。




 綾子さんの男性恐怖症を治してみせると。

更新が遅れたのは忙しかったからではなく、遊び回っていたからです(笑)


申し訳ありませんっ

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