綾子編第4話〜悲劇〜
ミーンミンミンミン、ミーン
「暑いわね〜」
剛さんとなっちゃんが愛知に行ってから二日が経った。二人が居なくなった米沢は少し寂しい気もするが、向こうに滞在するのは高々一週間。のこり五日間で帰ってくるんだから、もう少しの我慢だ。
そして私はいつも通り買い物をしに、スーパーへと向かう。その道中でも、私は男性の視線を集めてしまう。
私はモテる。
しかし、モテると言っても、顔ありきの長野綾子なのだろう。
これは今まで私に告白をしてきた男性は、全員が全員一目ぼれ。という事実が物語っている。
もし私がそんな人と付き合ったとしても、どうせ体だけの関係になってしまうだろう。
と。中学生にしてこんな考え方をする私は、相当捻くれた人間だったのだと。自分でも思う。
私の中を見てくれる男性はこの世にいない。
私は常日頃から男性をそういった目で見て、自分を恋愛という物から遠ざけてきた。
そしてその結果、他の女子嫌われる事になってしまった。
調子に乗りすぎなんだよ。どうせ顔だけでしょ。男遊びしてるらしいよ。奈津美の彼氏と同棲しているらしいよ。
勿論、でっちあげ。私は男遊びなんてしてないし、する気も無い。
最初は反論をしていたのだが、今は反論する事にさえも嫌気がさしている。
言いたいなら好きなだけ言わせておけばいい。どうせ嘘なんだから。
それ以来、私は他人と関わるのが嫌になった。
その結果、私に残されたのは、剛さんとなっちゃん。
自分の未来なんてどうでもよくなった。
どうせ今のような未来が待っているのだから。
そして私は間違える。
スーパーへ向かう途中、背後から何者かに襲われ、私は意識を失った。
…。
……。
………。
潮の香り…。
「んっ…」
私は意識を取り戻した。
「やっと起きたね」
ここは米沢港第一倉庫。意識を失っている間に私は、倉庫に運ばれていた。
虚だった目を見開く。辺りの映像が、目から神経を伝わり脳へと流れ込んでくる。
そして私は、自分が倉庫にいる事と、二人の女性の存在に気付いた。
その二人には見覚えがある。私と同じ中学校の三年生。不良だ。
「どうしてここへ連れてきたんですか?」
「復讐だよ」
復讐。私は意味を理解する。
この二人の内、片方の人には中学校一年の時から付き合っている彼氏が居た。
その彼氏が私に一目ぼれし、二人は別れる事になったからだ。
それ以来、彼女らは不良仲間に頼んで、私を襲わせ続けた。おそらく今回もそれだろう。
理不尽にも程があるのだが、彼女は怒りの矛先を向ける相手が私しかいないのだろう。 だから私は仕方なく、襲われている事は誰にも言わないでいる。
しかしその思いやりは剛さんが居ての事。剛さんが居ない今は、思いやりなどとは言っていられない。
「奴は愛知に行った。今日以上に好都合な日はねーな。ハハハハハ!」
そう。いつもなら剛さんが助けてくれるのだが、今日は居ない。そしてここは夜の、港にある倉庫。助けが来る可能性はゼロに等しい。
それにしても剛さんが愛知に行くなんて事をよく知ってたなと思う。やはりそれ程私が憎いのだろう。
「逃げようとしないのかい?」
その彼氏を取られた先輩が言った。
私を柱にロープで縛り付けておいて、よく言うな。と思った。
「逃げません…。好きに殴って下さい…」
自分から殴ってと言う、その態度が気に入らなかったのだろうか。
その先輩が、私の髪の毛を引っ張ってきた。そして私の顔をなめ回すように睨む。
「あんた本当にムカつく女だねぇ」
「……」
「何か言ったらどうだい?」
私は頬を叩かれ、髪の毛を上下左右に引っ張り回される。
「ムカつくんだよ!!! お前みたいなクソ女に取られるなんてなぁ!!!」
パーンッ!!!
「痛っ…!」
頬を思い切り叩かれ、その痛さの余り声を出してしまう。
私が痛い。と言ったことで少し落ち着いたのか、その人が私の髪の毛から手を離した。
解放された安堵感と同時に、その人に対して怒りが込み上げてきた。
「どうしてここまでやるんですか!? 私がクソ女なら、ここまで執拗に復讐をする事は無いでしょう!?」
「うっせぇんだよ!!!」
ドゴッ!
「うぁ…。はぁっ…!!!」
いきなり腹を蹴られ、声にならない声を出してしまう。
「ゲホッゲホッ!」
「あー、そうそう。今日は殴る為に連れて来たんじゃなかったんだー」
「え…!?」
まさに予想外の一言だった。
殴る為に連れて来たんじゃ無いなら、の先が全く思い付かない。
私は錯乱状態に陥ってしまう。
「だって、ただ殴っちゃうだけだと面白くないだろ? おーい! 入っていいぞー!」
先輩が何者かを呼んだ。
私は脇目も振らずにとにかくロープを解こうとする。勿論固く縛られているロープが解けるはずも無い。
そして、先輩に呼ばれた人物が倉庫に入って来た。
男三人。
三人共、以前私に告白をしてきた三年生だった。
「な、何をする気ですか!?」
先輩は高笑いをした後、こう答えた。
「ごゆっくり〜」
…。
……。
………。
そうして私は男性恐怖症になった。
今日、あそこまで錯乱したのも、その時のトラウマが原因だった。
コンコン
「は〜い」
「俺です。入っていいですか?」
「もちろんよ〜」
ガチャッ
綾子さんが男性恐怖症だと分かった日の深夜。俺は綾子さんの部屋に入る。
その綾子さんは床に座って、お茶を飲んでいた。
俺はちゃぶ台を挟んで、綾子さんの正面に座った。
「あら慶ちゃん。こんな時間に来るなんて〜。もしかして、私を襲ってくれるのかしら〜?」
襲う!?
たしかに今は里美が寝ているから、この上ないチャンスである事に変わり無いのだが…。
「冗談よ〜。私、さっちゃんに叱られたくないもの〜」
「ですよね…。アハハハ…」
少しだけ期待した俺がいた。
「それで慶ちゃんは…。どうしたのかしら?」
綾子さんに、この部屋に来た目的を聞かれたのだが、先程のやり取りで、話そうとしていた内容がとんでしまった。
俺はなんとか少しずつ搾り出していく。
「え、えーっと…。その…。綾子さんの…様子は…。大丈夫かなって…」
「それなら大丈夫よ〜。もう落ち着いたから〜」
「いや…。それもなんですけど…」
うぅ…。恥ずかしい…。
でもやっぱり言わなきゃ駄目だよな…。
「あの…。その…。えっと…。触っても…」
「……?」
くっ…! 言うんだ前田慶二っ!
男の見せ所だっ!
「あ、綾子さんに触ってもいいですか!?」
しまった! 触っても大丈夫ですか。って聞くはずだったのにっ!
これじゃあ綾子さんに触る為に部屋に入ったと思われてしまう!
綾子さんも、このエロガキがっ。ってな感じの目で−−。
「もちろん触ってもいいわよ〜」
「へっ?」
「ほら慶ちゃ〜ん。手を貸して〜」
綾子さんが俺の手を握る。
柔らかくてすべすべの手。これが本当に三十代なのかどうか疑ってしまう手だ。
そんな手に握られた俺の手は綾子さんに誘導され、そのまま綾子さんのデカメロンへ−−。
「…って、うわぁぁぁ!」
「遠慮しなくてもいいのよ…」
「しますよそりゃ! しかもさっき里美に…。悪いって…」
…って、何で泣いてるの?
「綾子さん…?」
「……」
綾子さんは涙目のまま、俺の手を握り締めながら俺を見つめてくる。
え…。俺、何か泣かせるような事をしたのか…?
「慶ちゃん…。ごめんなさい…」
「え…。ごめんなさいって…?」
もしかして、あの時の事を言ってるのだろうか。
だとしたら何も気にする事は無いと思うのだが…。
「あの…。あの時の事だったら、べつに気にしてませんから。大丈夫ですよ」
「違うの、違うの…。慶ちゃんがよくても、私が駄目なのよ…」
言って綾子さんは、俺の手を両手で握り締めてきた。
とても冷たい手だった。
「慶ちゃんにだけは…。ずっと隠しておきたかったのに…」
隠しておきたかった?
やはり他人には知られなく無い事だったのだろうか。
「大丈夫ですよ。これからは無理に触ったりしませんから」
「……」
「綾子さん…?」
綾子さんは俺の手を両手で握ったまま、無言で俯く。
そして口を開いたかと思ったら、それは予想外の内容だった。
「だから…。知られたくなかったの…。この事を知った慶ちゃんは絶対、私に気を遣うから…」
「え、だって…。触られるのが怖いんじゃ…」
「たしかに男性に触られるのは嫌だわ。でも、慶ちゃんにそういう気を遣われるのはもっと嫌…」
「えっ?」
いまいち内容を飲み込めなかった俺は、顔を少ししかめながら、綾子さんを見つめていた。
しかし、そんな俺の様子に気付いた綾子さんは、少しずつ俺に近寄ってきた。
そして言った−−。
「それは私が慶ちゃんを好きだからよ…」
「大好きだから…」
綾子さんがのしかかる形で、俺達の唇が触れ合った。




