第1話:私の旦那様は、世界一可愛い大型犬(※周囲には魔獣に見えてます)
「……ここが、私の新しいお家ね」
王都から馬車に揺られること数日。
たどり着いたのは、おどろおどろしい黒い霧に包まれた辺境伯爵領の城……に見えるお屋敷だった。
私の実家である伯爵家は、ギャンブルで作った莫大な借金を帳消しにするため、私をこの地に生贄として嫁がせた。
『エルサ、あんたちょっと行ってきなさいよ。役立たずなんだから』と、買い物に行くかのように送り出された。
お相手は、オルセン辺境伯――通称、『醜い魔獣伯爵』。
生まれつきの酷い呪いのせいで、その姿は「牙むき出しの、禍々しい黒い魔獣」にしか見えないという。その恐ろしさに、過去に嫁いだ令嬢たちは初日に全員、悲鳴を上げて逃げ出したそうだ。
(でも……良く考えたら、王都の実家で毎日『役立たず』って罵られて、物置小屋で暮らすよりはマシなのよね)
私には、幼い頃から人とは違う妙な能力があった。
生き物の『本質』が、なぜか動物の姿になって見えてしまうのだ。どれだけ外面を取り繕った貴族でも、中身が姑息なら「泥だらけのハイエナ」に見えたりする。
だから、どれだけ恐ろしい魔獣が現れても、驚かない心の準備はできていた。
「よ、よくぞおいでくださいました、エルサ様……。主がお待ちです。……どうか、御命だけはご無事で……」
出迎えてくれた老執事さんは、なぜか今にも泣きそうな顔で私を最上階の部屋へと案内した。
重々しい扉が開かれる。
部屋の中はカーテンが閉め切られ、蝋燭の火が微かに揺れるだけ。
その部屋のいちばん奥、ベッドの脇の暗がりに、それはいた。
どす黒い魔力を放ち、背中からトゲのようなものが生え、血走った目でこちらを睨みつけている――ように、周囲の人々には見えているらしい。
執事さんは恐怖で歯をガタガタ鳴らし、扉の傍から離れず腰が引けている。
だが。
私の目に入ってきたのは、全く別の光景だった。
「…………んん?」
暗がりにいたのは、
ツヤツヤの、ふっかふかの、まばゆいばかりの黄金色の毛並みをした、超巨大な「わんちゃん」だった。
垂れたお耳。うるうるした琥珀色の瞳。
体格はシロクマくらい大きいけれど、どう見ても血統書付きの、最高に可愛い黄金色の大型犬だ。
その黄金色のわんちゃんは、私を見て、びくぅっ!と大きな体を震わせた。
そして、今にも消え入りそうな、低く掠れた声で呟いた。
「……すまない。このような醜い姿の男が、君の夫で。……怖いだろう。僕に近づくと、君まで呪われる。……頼むから、僕を見ないでくれ……」
わんちゃんは、大きなお耳をペタんと後ろに寝かせ、自嘲気味に顔を前脚で覆って、部屋の隅っこで小さく丸くなってしまった。
くぅん、と、切ない鼻鳴らしの幻聴まで聞こえてきそうだ。
(……え。待って。不憫すぎる。何この可愛い生き物)
周囲から「化け物」と虐げられ、傷つき、自己肯定感を粉々にされた結果、こんなに優しくて健気なことになっているなんて。
恐怖? 逃げ出す?
そんな選択肢、私の脳内から一瞬で消え去った。
「あの……旦那様?」
「ひっ……! 来ないでくれ、汚れてしまう……!」
ビクビク怯える黄金色のわんちゃんである旦那様に向かって、私はドレスの裾が汚れるのも構わず、ずいずいと絨毯を進んだ。
そして、その大きな、ふかふかの黄金色の頭に――両手で思いっきり、ぽふっ、と抱きついた。
「――っ!?!? な、何を……っ!?」
驚愕で固まる旦那様。
私はその極上の、お日様の匂いがする黄金色の毛並みに顔をうずめながら、大声で宣言した。
「旦那様! 私は絶対に逃げません! むしろ、今日から死ぬ気であなたを幸せにします!!」
これが、王都で役立たずと捨てられた私と、世界一愛らしい魔獣伯爵との、おかしな新婚生活の始まりだった。




