第3章:交際1年目 書き足される余白
2015年、二人が付き合い始めて1年が経った頃。二人の関係は『劇的な再会』という魔法が解けたあとの、より深く静かな信頼へと移行していました。
陽葵は今も、時折ふとした瞬間に彼を『先生』と呼びそうになります。けれど、藤村の家の本棚に、自分のデザインした装丁の本が並んでいるのを見るたび、自分たちが同じ『今』を生きていることを実感していました。
陽葵「遥希さん、この本、もう読んだ?」
遥希「ああ、陽葵が勧めてくれたやつだね。昨日の夜、一気に読んでしまったよ。……君が言っていた通り、最後の一行の『静寂』が素晴らしかった」
かつての国語の授業を、自分たちだけの居間で再現しているような贅沢な時間。
二人の会話は、かつてのような「指導」ではなく、対等な「感想の分かち合い」へと変わっていました。
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1周年のお祝いに二人が訪れたのは、高級なレストランではなく、出会いの原点でもある「神保町の古書店街」でした。
遥希「1年前の今日、ここで再会した時は、本当に心臓が止まるかと思いました。僕は、君があまりに綺麗な大人になっていたから、自分が情けなく見えないか必死だったよ」
遥希は照れくさそうに笑いながら、陽葵の手を握りました。
以前は、教え子の手を握ることに、どこか『罪悪感』のようなブレーキを感じていた彼。けれど今は、その温もりを迷いなく受け入れています。
遥希「陽葵。君のおかげで、僕は教師以外の自分を見つけることができた。……誰かの隣にいたいと願う、ただの男としての自分をね」
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その日の夜。藤村は、大切に保管していた『あの作文』のコピーを、陽葵に返しました。
遥希「これは、もう僕が持っている必要はない。これからは、二人で新しいページを書いていこう」
陽葵が受け取ったその紙の余白には、かつての藤村の赤ペンではなく、今の彼の筆致で、短いメッセージが添えられていました。
『これからは、一番近くで君の光を見ていたい』
それは、10年前には決して書けなかった、彼からの精一杯の恋文でした。
陽葵のスマートフォンの通知は、今でも友人たちの結婚報告で溢れています。けれど、以前のような焦燥感はありません。
画面に映る『いいね』の数よりも、隣で自分と同じ本を読み、同じ箇所でページをめくる音が、今の彼女を何よりも安心させてくれるから。
二人の物語は、まだ始まったばかり。
本に栞を挟むように、大切に一日一日を積み重ねながら、彼らは新しい“自分たちだけの言葉”を探し続けています。




