楽しいひと時
シオン王子歓迎の宴には地区の首長やワインを提供したワイナリーの主人、鶏を提供してくれた養鶏場の主夫妻なども同席した。無礼講ということでプポルやキリエも。
一応大食堂と呼ばれているこじんまりとしたダイニングできゅうきゅうに詰め込まれた参加者たちに囲まれ、まるで大家族で食事をしているような楽しさだ、とシオンは思う。
隣の席のとの距離が近いせいか会話も弾む。
作法に厳しいキリエも今日はとても穏やかな顔をしている。
骨つきのチキンを皆の真似をして手づかみで食べても睨みつけてこない…
それどころかキリエ自身もワインに口をつけている。
ふ、珍しいこともあるものだ。
今までどんなに私が勧めても人前でアルコールを摂取することはなかったのに…
五年ほどの付き合いのなかで初めて見るキリエのリラックスした様子にシオンは少し驚いた。
そして、なにか人の心を開く力があるなあ、プポルやステラ王子は…とシオンは思った。
「それにしても、本当に美味しい赤だ。
渋みがなく飲みやすい、それでいて味に複雑な独特の深みがある。
こんなに美味しいワインを飲んだのは初めだ…」
そう言ってワイングラスを回すシオン王子にワイナリーの主人は言った。
「王子が踏んで下さった樽のものです。私どもはこれを王子ワインと名付けて売り出したいのですが王子が許して下さらないのです」
それに対して「プポルと二人で踏んだのだからプポルワインと名付ければいいのだ」とステラは応じる。
「や~それじゃ売れない売れない!」との主人の言葉にそこにいた全員が笑った。キリエも、シオンも。
こうしてとても和やかに第16王子城の夜は更けていった。
翌日の朝食後、ステラはシオン王子にせっかく来たのだからしばらく滞在するように勧めたのだけれど、王子は国で出席しなければならない会議があるからと、またの訪問を約束して慌ただしく帰って行った。
帰り際にシオンはステラに気になることを言った。
「昨日は本当に楽しかった。ススン姫も参加させてやりたかったな。彼女は大勢で楽しむのが好きらしいから…まあ、今はそれどころではないか…」
それを聞き思わずステラはシオンに尋ねる。
「ススン姫になにかあったのか?」
「うん、今彼女は大変なことに…いや、まあ、君には関係のないことだ」
ステラは今彼女は大変なことにと言う言葉がひどく引っかかった。
けれどなぜか、深く尋ねることがためらわれた。
もしかしてシオン王子はススン姫の何かを私に知らせるためにわざわ訪ねてきたのではないだろうか?と思ったにもかかわらず。
シオンとキリエを見送り、昼食のテーブルについたステラにプポルは尋ねる。
「王子、でも不思議ですよね?キリエさん。プライドの高い魔族がなんで付き人なんかしてるんでしょうね?」
「昔から彼らの国では王家と魔族は交流があるらしい。
魔族は内戦を好まない。
彼らの住む神聖な森を荒らされる危険性があるから。
それため少し国が傾いたときには民衆ににらみをきかせるために魔族が王家に力を貸すらしい。
魔族との交流を民に知らしめるためにキリエはシオン王子の付き人をしているのだ。
民衆は魔族を必要以上に恐れているから」
「そうか…じゃあシオン王子の国、今は結構大変な時期ってことなんですね?」
「そうだな、彼は第一子らしいから、責任も重かろう」
「王子…こう言っちゃあなんですけど、貧乏でも気楽が一番ですね?」とプポルは小声でささやく。
それに対して「そうだな」とステラは笑ったが、プポルとこんな会話をしているときも、シオンの言った言葉がひどく気になっていた。
もしかして、月刊カガンメルテにはススン姫の記事が載ってるかもしれない。
けれど…
ステラはスラット城に月刊ガガンメルテを読みに行きたい気持ちをぐっと抑えた。
そんなステラが計らずもスラット城に行くことになったのはシオン王子訪問から一ヶ月が経った時だった。
近隣の住民との定期懇談会を終え、ステラが居室に戻ってきたとき、執事のシティがはいってきた。
「王子、失礼します。
スラット城から使者がお見えです。
フォンデュ様が、プポルを連れて至急登城するようにとおしゃられているそうです」
「兄上が?」
フォンデュというのは、高齢の父王に変わってスラット国の施政を執っているステラの長兄である。
迎えに来た馬車に乗りステラは少し考え込む。
もちろん今までもこうして呼び出されたことは何度かあった。
けれど、プポルを連れてこいとはどういうことだろう。
わざわざ言われなくても、プポルはいつも連れて行っているのに…




