第16王子城
「突然訪問してすまなかった。
でも僕は君のことがどうしても気になったものだから会って話がしたかったのだ」とシオンはステラに言った。
それに対してステラは「訪問してくれてありがとう。
僕も君たちのことが気になっていた。
良かったら…話してくれる?
君とクローズ姫のその後のことを」と単刀直入に尋ねる。
「うん、先に自分のことを話そう。そしてその後君が突然帰ってしまった事情を聞こう。
結論から言うと僕とクローズ姫は結婚するのをあきらめた。
去年からの経緯を考えれば相手の親に猛烈に反対されるのは目に見えている。
意気地なしと笑ってくれるな。
大人の判断をしたのだ。
クローズ姫のことは好きだし、クローズ姫も私のことを好きなのだが、親の反対を押し切って身分を捨てて…というまでのことはできない。
僕たちは下野してまで貫くほどの情熱は持ち合わせていないのだよ。
もしも、去年、僕がクローズの小さなため息を大きな心で見逃すことができたら…
僕たちは今頃とても幸せな夫婦として暮らしていただろうけどね」
「シオン王子…」
「同情してくれなくていい。
僕は今とてもスッキリした気分なのだから」
「なぜ…?」
「僕たちはあの日とても激しい言い合いをした。ススン姫の部屋で。
ススン姫とユリカが真っ青になるほどの。
僕は僕の心を傷つけたクローズのあの日のため息を責めたし、クローズは差し出した自分の手を取らなかった僕の無礼を責めた。
喉が枯れるまでお互いを罵った。
あの日出した大声が、お互いを思っていた気持ちの証だ。
声が枯れたとき、私たちは自分たちが今後どう生きていけばいいのかを悟った。
伴侶としてはこの先歩めないが…
相手の幸せを祈りながら生きていくことは出来る。
去年一緒に過ごした三日間とお互い思い合ってると知らずに心を焦がして過ごしてきたこの一年間が僕たちの共通の宝だ。
これからはその思いを胸に秘め別々の人生を歩む。
僕はそういう選択をした自分自身に満足している」
「そうか…少し残念な気もするが、それが君たちの出した結論ならなにも言うまい。
で、クローズ姫の花婿は決まったのか?」
「決まらなかった。クローズ姫の意に染まる王子はいなかった。
あの国はレアメタルのおかげで裕福になったので、多分クローズ姫が独身で過ごしたいと言えばそのわがままも聞き入れられるだろう。
ま、来年も選考会を開くみたいだけれど」
「そうか」
「ステラ、君は僕の失敗に学ばなかったねえ」
「えっ」
「僕にはなんとなく想像がつくんだ。君が誰にも挨拶もせずに突然帰ってしまったわけが。
翌朝君が帰ってしまったと知った時のススン姫の落胆ぶりを見れば。
なにか…あった?ススン姫と。
それに耐えきれず君は一瞬の感情で怒って帰って来てしまったのではないか?」
「…」
「怒りを抑えられずに行動してしまうことの愚かさを僕から学ばなかった?君は」
そうシオンに言われ、ステラは一瞬うつむいたがすぐにまた顔を上げた。
「…何が…あったかを君に話さなければいけないのだろうか?私は」
「気になるが言いたくないのなら無理には聞かない」
「ありがとう、そうしてくれ。ただ私の怒りはまだ続いているのだ、驚くことに。だから自分の行動には少しも後悔をしていない」
そう言い切ったステラに何かを感じたのかシオンはただ静かに「そうなのか」とつぶやいた。
少し重くなってしまった空気を払拭するようにステラは努めて明るくシオンに話しかける。
「貧乏国の貧乏王子ゆえたいしたもてなしもできないが今日は泊まっていってくれ。
夜は楽しく語り明かそう?」
「ありがとう。ではお言葉に甘える」
そう言ってシオンはステラに向かって微笑みかけた。
シオン王子はステラの居城を見て、確かにとても小さい木造の城だが、新しいし、いろいろ工夫がされているなと思った。
そのうちの一つがベルの設置だ。
どの部屋にも各部屋に通じるベルを鳴らせる紐が設置されているのだとステラ王子はシオン王子に説明した。
「このベルを鳴らせるのは私だけなのだ。
このベルのおかげで召使いは私にに付きっきりになることなく、他の仕事が兼任できる」
ステラ王子は各部屋のベルを鳴らすための紐を二回引っ張った。
するといろんな場所でベルが鳴るのが聞こえる。
このベルの音を聞き呼ばれた召使いは王子の元にやってくる。
二回鳴らすのはこの城の執事を呼ぶ合図らしい。
ちなみに一回はプポルを呼ぶとき。
王子がベルを鳴らして程なくして執事がやってきた。
「シティ、シオン王子歓迎の晩餐の用意を頼む。村人にその旨を知らせてくれ」
そう執事に告げたステラにシオン王子は「いや、そんな気づかいは無用だ。僕は君と指しで語り会えればいい」と言う。
「ハハハ、そんなに大袈裟なことではないのだよ。
村人に知らせるのは…ちょっとしたおねだりをするためさ」
ステラ王子はそう言って少し肩をすくめた。