ポルタ火山
夜。
俺達は宿を抜け出した。
例によって部屋は分けてあるのでばれる心配も…まぁ、ない。
外は真っ暗で三日月が薄雲にかかってぼんやりと光っている。
ここに街灯なんてあるわけがない。
夜目が利いて助かった。
「ご主人様、誰かくるよ?」
火山に出来た小さな洞窟の中から誰かが出てきた。
ファンタジーで出てくるドワーフの服を無理やり改造したような変な作業服を着ている。
頭にはターバンのようなものを巻いていたり、アイマスクらしきものを身につけている。
背中には童話かなにかに登場する泥棒がしょってそうな大きな風呂敷包み。
変な奴感丸出しだった。
「…寝直す?」
…いや、それは流石に駄目だろ。
目的が変わるぞ?
「ま、魔王様じゃ!」
しまった、うろたえてる内に見つかった。
「やっぱり生でみると違うのぅ…」
鳥肌がたった。
モリオンがしがみついてくる。
「立ち話もあれじゃから妾の作業場に…」
この逆らえない感じ、あれが神だと世界も世界だな。
「流れに身を任すのがコツだよ?」
モリオンよ、なんかもう悟ったんじゃないか?
***
作業場は混沌としていた。
床が見えないほど物にあふれている。
全部発明品だとか。
役に立つのか?
「適当に座るのじゃ」
…座れるところ、ないだろ?
「さて、自己紹介を。妾はリン、魔大陸から発明品を駆使して逃げてきてのぅ、それ以来ここに住み着いておる。種族は…」
そこまで言っておもむろに頭のターバン(?)を解く。
その下から覗くのは無数の蛇。
「メデューサじゃ」
アイマスクはその為だったらしい。
「しかも、初代じゃぞ?」
…初代というのは?
「…ご主人様、意外と物を知らないよね。要は元々ただの魔族だったのに何らかの理由で変異した種族のことだよ」
進化論、とは違うような…
「そうそう。妾はただの悪魔族だったのじゃが、彼女に髪の毛を自慢したら翌日に蛇になっておった」
女神の怒りでも買った…ぁ、あれが神だったな。
一応、女(?)だし。
「それで振られてのぅ…研究して気を紛らわせている内にとんでもない物を創れるようになったのじゃ」
彼女に振られたのが人生の分岐点だったのか。
…ん、ちょっと待った。
彼女?
聞き流していたがこいつ、彼女と言ったな?
それに…
「エレナってひと、知ってる?」
「む? 妾の元カノじゃが?」
髪の毛といえばエレナしかいないな。
前に彼氏なんているわけ無いって言ってたけど彼女はいたんだ…
「ご主人様、流石に類友って言葉、知ってるよね?」
友、じゃないから。
そういうことにしておこうよ?
「お祓い、するべきだと思う?」
疫病神、再臨?
不吉だ。
足が震えた。
「それで、魔王様。妾がみた未来のことじゃ」
そういえば、その話だった。
いつの間にか目的が…そういえば、まだ配下にしていないぞ?
いろいろ流されてた。
「確実に、変わったようじゃ」
?
「この扉をくぐってほしい」
いや、まだ仲間じゃないし、怪しいだろ?
「早くするのじゃ!」
やけに真剣だ。
「そんなに心配なら“絶対服従”でも使えばいいのじゃ、早く~」
それに早口だ。
なんだか嫌な感じがする。
俺の手がリンの頭に僅かに触れたとき、物凄い揺れが俺達を襲った。
「魔王様、扉に!」
リンの叫び声。
とっさにモリオンとリンの服を掴むと思いっきり扉の中に飛び込んだ。
***
勇者達は揺れで目を覚ました。
「なに、これ!」
「地震、ですね」
勇者はいや、それは分かってるから、と言おうとしてカルロスの方を向いて気づいた。
「ぁ、火山が…」
山が燃えていた。
留めなく、鮮血のようにマグマが飛び散っている。
「……噴火」
ぽつりと呟いたノーラ。
それを合図として勇者達は部屋から駆け出した。
村の人を助けるために。
でも、勇者はカトレヤたちの部屋を覗くことはしなかった。
***
扉に飛び込んだのは正解だった。
何故なら出た先はポルタ火山と村から少し離れた丘のうえだったからだ。
…と、そこまで考えて気づく。
正解、なのか?
噴火した火山。
きっと勇者達は救出を全力で取り組んでいるだろう。
「た、助かった…」
モリオンが隣でため息をつく。
…そう、俺は人ではない。
だから勇者とは違う。
これで良い筈だ。
「あの噴火は妾のみた未来とは違う。はっきり分かったのは火山活動による地震じゃ」
足が震えたのってそれなのか。
勘違い、物凄く恥ずかしい。
「魔王様が死ぬのは火山を過ぎた後。勇者の手によって、じゃ。このままどさくさに紛れて別れればそれは回避出来る筈」
眼下に広がるのは理不尽に潰されていく村。
逃げ惑う人たち。
そして鮮やかに輝く水魔法。
勇者達だ。
「魔王様」
俺は、見捨てるのか?
それじゃあ俺達は、本当の悪魔じゃないか。
「可能な限り、人を助けて」
「…魔王様?」
怪訝そうにリンが俺を呼ぶ。
しかし俺はもう、こいつの主人だ。
「助けて!」
ギュッとモリオンが俺の手を握り締める。
リンは小さく震えている。
でも、逆らえない。
「酷いよ、ご主人様」
俺達はまた、扉をくぐった。
長らくお待たせしました。
ついに長いこと引っ張っていたリンと合わせることが出来ました。
次回予告
懸命な救出活動。