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壮大な世界の物語~絶望の果てで、少年は勇者になる~  作者: おう
アアル王国編

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第一章六話『ユダの初任務①』



 (今日から、本当の戦場に行くのか……)


 ユダの足元は、まるで見えない泥沼に沈んでいるかのようだった。 寮から会議室へ向かう石畳の廊下。一歩踏み出すたびに、膝の裏が微かに震える。


 昨夜、アルデバランに言われた「笑え」という言葉を反芻しようとするが、せり上がってくる緊張感がそれを塗りつぶしていく。


 「おいユダ! なんだその面は。葬式にでも行くつもりかよ!」

 

 背後から、鼓膜を震わせる爆音のような声が飛んできた。フェリスだ。 隣にはアルスもいる。彼らはいつも通り、朝の陽光をそのまま反射したような、屈託のない表情をしていた。


 「……やめてくれフェリス。声が、頭に響くんだ」


 絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。  

 ユダの手のひらは、じっとりと冷たい汗をかいている。腰に下げた、常世から譲り受けたばかりの剣。その重みが、今は頼もしさよりも、命を預かる責任という名の鈍い痛みとして腰に食い込んでいた。


 「ユダ、顔色が悪いよ。指先まで白くなってる」


 アルスが心配そうに覗き込んでくる。その理知的な緑の瞳に映る自分は、ひどく情けない顔をしていた。


 「……大丈夫だ。ただ、少し眠れなかっただけだよ」


 嘘だ。一応は目を閉じたが、瞼の裏にはテロの日の赤い空と、学友の死に様が何度も浮かび上がったのだ。


 「はっ! ビビってんのか。可愛いところあるじゃねえか!」


 フェリスがガシガシと、遠慮のない力でユダの背中を叩く。 その衝撃で、ユダの体から強張っていた空気がわずかに抜けた。痛みとともに、止まりかけていた思考が動き出す。

 

 (ああ、そうだ。こいつらは、これを知っているんだ)


 こんな緊張を、死の気配を。それを踏み越えて、なおいつも通りでいられる彼ら。 ユダは震える手で一度だけ強く剣の柄を握り、ゆっくりと息を吐き出した。


 「……そうだよ。心臓が口から出そうだ」

 

 本音を漏らすと、不思議と足の重みが少しだけ和らいだ気がした。


 「そいつはいい! 心臓が出る前に、さっさと会議室に行くぞ。常世隊長の雷が落ちる前にな!」

 

 笑いながら歩き出すフェリス。それを苦笑いで追うアルス。 ユダは、自分の靴が石畳を叩く乾いた音を確認しながら、二人の背中を追って歩みを進めた。

 

 「皆おはよう。既知の事実かもしれないが、今日からユダが正式に任務に関わることとなった。色々と教えてやってくれ」

 

 第一部隊の会議室。長机が並ぶ中、壇上に上がった常世は皆に対してそう話した。

 反応はほぼ同じで、コクリと頷くだけである。さほど今回のユダの件も珍しいことではないのだろう。

 第一部隊の業務を一言で表現するのなら『攻め』となる。

 王都を巡回し国民を守り、事件が発生した場合には迅速に対応する。

 

 「まず本日の業務についてだ。いつも通りの巡回に加えて、避難所に物資の運搬をアアル騎士団と合同することになる。それと──」

 

 常世は淡々と隊員に共有すべき情報を話していった。

 その最中。ユダには二つの選択肢が与えられた。通常業務である王都の巡回に加わるか、それとも避難所の物資の運搬に加わるか。どちらにしても翌日には王都の巡回をしなければならない。

 ユダのとった選択肢。それは──、



 「──本当にいいのかいユダ?」


 友人の心配そうな声。それが耳に入ってくると、ユダは今朝の出来事の追憶をやめにした。


 「ああ。自分でやりたいって言ったんだ。いいに決まってるだろ」

 

 ユダは物資の乗った荷台をくっつけた馬車に乗って移動をしていた。

 馬車の集団は見事な列を作り、学術区にある避難所を目指している。

 

 「ヘイヘイそこの少年! 何しけた顔をしてんだ! そんな調子だと俺が俺が慰めてやりたくなるだろ」

 

 聞こえてきたのは色気染みた男の声だ。艶やかで耳を疑いたくなるその言葉は、風に吹かれることもなく、ただ一直線にユダ達の耳に入ってきた。それにユダとアルスは会話をやめた

 声の方向から察するに、先導していた馬車の人物なのだろう。

 ユダとアルスは顔を見合わせた。自分の幻聴でないことを友人の困惑した顔で確認すると──、

 

 「...誰なんだあの人は?」

 

 どこか訝しむような声でアルスに訪ねた。すると間髪を容れずにアルスは言葉を返した。

 

 「第三部隊の副隊長だ。名前は...何だったっけな。まぁプレイボーイで有名な人だ。男と女関係なく、しかも見境なく」

 

 「げっ...」

 

 ユダがうめき声──相当変な人に絡まれたしまったと──を喉を震わせながら発した。

 好男ならいざ知らず、男女見境なく愛してしまうということならば、変人や奇人の類に分類するしかないだろう。

 

 「そんなに悪名が広まってるにに、何でアルスは名前が分からないんだ?」

 「色んな名前を名乗っているからかな。何たって本名はギルドマスターと第三部隊の隊長しか知らないっていう噂だよ」

 「へぇ、そうなのか」

 

 偽名を名乗るだけであれば珍しいことではないが、複数も名乗るとなるということは中々見ないことだ。そもそもメリットがなく、いったい何がしたいのかとユダは率直に思った。

 

 (まぁなるべく自分から関わるのは辞めておこう)

 

 自己防衛のため、自分の貞操を守るためにユダは意思を固めた。

 その間にも馬車は王都の街道を進んでおり、一行は『学術区』に到着しようとしていた。一度外を見れば、テロの惨劇を感じることができる。そんな地獄の爪痕にユダは再び赴くのだ。

 

 「ユダ。最後の確認だ。本当にいいのか?」 

 

 アルスの最終確認。

 自分のことを思ってのもにに有り難みを感じつつ、ユダは静かにそして力強くうなづいた。

 

 「あぁ、俺はこの目で見てみたい」

 「──そうかい」

 

 それからほどなくして、ギルドの馬車とアアル騎士団の馬車は学術区に入った。薄々その片鱗を感じることはできたが、やはりキツイものがあった。

 まず最初に異質な魔力の流れだ。自然界で例えるのならば、在来種の住処に外来種を放り込んで生態系をぐちゃぐちゃにしたかのような、混沌した魔力がそこにはあった。

 

 「っ!」

 

 体が正常な動きをし、身の毛がよだつ。 


 (ひ、酷い...)

 

 「──酷い」

 

 何も出来ない自分が酷い。

 この景色が酷い。

 二つの意味がこもったユダの台詞。それはアルスには後者の意味で届いたようで、彼は説明口調で話し始めた。

 

 「これでも大分落ち着いたんだ。今は学術区に住んでいる大半の人達は避難所で生活している。まぁ受け入れ態勢が出来次第、安全な区画の避難所に移動することになるだろうね」

 

 「──」

 「少しは状況がよくなるんだよな?」

 「絶対にそうになる!!って僕は言いたいけど、正直どうなるか分からない」

 「そっか...」

 

 それ以降ユダは言葉を失って黙り、アルスは馬を操つって先導する馬車についていく。数分程経った頃、ユダ達は避難所についていた。

 アルスが馬車から降りると、ユダもそれに無心でついていく。自我のない人形のように、ただ背中を見せる緑髪の少年についていく。

 

 「物資をを降ろすのを手伝ってくれ」

 「あ、あぁ」

 

 不意に聞こえた声。それにユダはうろたえつつも、何とか情けない声で言葉を返した。

 

 「っ!」

 

  少年を追う最中、不意に避難所の方へと視線が向いた。


 瓦礫に囲まれた簡素な建物。

 そこに集まる人々は、怯えながらも互いに身を寄せ合い、必死に生き延びようとしている。


 泣き声。

 怒鳴り声。

 それでも、誰一人として歩みを止めてはいなかった。


 先程までのユダの瞳は、狭窄していた。

 怒りと焦燥と責任感に押し潰され、


 ――まるで、世界の広がりを拒むかのように。


 だが今は違う。


 瓦礫の向こうで必死に生きる人々。

 恐怖に震えながらも、誰かの手を離さない子供。

 声を張り上げて仲間を鼓舞する大人。


 (……皆、精一杯生きているんだ)


 守られる存在でも、救われるだけの存在でもない。

 それぞれが、自分の足で踏みとどまっている。


 胸の奥で、何かがほどけた。


 怒りでも、覚悟でもない。

 もっと弱くて、もっと確かな感情。


 ――理解。


 自分が背負わなければならないのは、

 世界そのものではなかった。


 「……行こう」


 足取りが、わずかに軽くなる。


 その時、ほんの一瞬――

 本当に些細なことだった。


 闇の奥に、

 微かな光が見えた気がした。


 それは希望と呼ぶには、あまりにも弱く。救済と呼ぶには、まだ遠い。


 だが確かに、そこにあった。ユダは、その光から目を逸らさなかった。


 逃げるためでも、縋るためでもなく――

 歩き続けるために。

 

 「ヘイヘイヘーイ! おせーよ少年達! アアル騎士団から文句を言われるのは俺なんだ。しっかりしてくれよ!!」

 

 物資を所定の所に持っていた所で待ち受けた男──第三部隊の副隊長から怒りというには緊張感がかけたお言葉を頂く。

 彼の口振りから察するに、今回の物資運搬の任の責任者は陽気なこの男なのだろう。

 

 (近くで見てみると、美顔だな)

 

 軽口を叩きながらも、人を安心させる笑顔だ──腹立たしいほどに整った顔に、ユダは思わず目を奪われた

 小箱に乱雑に乗っている男。まったく気持ちのこもっていない「すみません」を口から吐くと、その美顔に魅入られて気を取られた。

 それに気づかれ、副隊長は艶がかった紫色の髪を揺らした。そして嬉々とした表情でユダのことを誘う。

 

 「おっ! 何だ銀髪の少年!! 俺のことを気に入ったのなら、今夜は俺の部屋にきな! 精一杯可愛いがってやるよ」

 「僕の友達にちょっかいをかけないでください!!」

 

 副隊長の魅惑、アルスの真剣な双眸が互いを絡め合う。ユダには火花を散らしているように見える。

 アルスはかけている剣に手をかけていた。流石に冗談であろうが、少し怖くなって顔をひいたユダは、意を決して喉を震わせた。

 

 「すみません副隊長。俺には大切な人がいるので」

 「な、なんだと!?」

 「本当にかユダ!!」

 

 アルスと副隊長。両者とも目を見張ってこれ以上ない程に驚愕を表現していた。そこまで驚くかとユダは苦笑していたが、あまりこういう話はすべきでないと思い──、

 

 「次は何はすればいいのですか副隊長?」

 

 ユダは副隊長に指示を仰いだが、そう簡単に見逃してくれるわけない。アルスは得意とする『俊剣流』を駆使し、副隊長は狙っていた男が既にフリーではない事を憎悪の薪として、一気に距離をつめた。


 「「おい! 詳しく説明しろ!!」」

 

 どうやらユダは変な人と縁を持ってしまったらしい。



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