第一章第八話『呼び出し』
「疲れたぁぁぁ」
『ギルド』の食堂で、そう疲労感を示したユダ。一ヶ月間にも及ぶ訓練を終えて、通常業務に携わるようになったのだが、ユダの想像以上に過酷であった。
「はっ! この程度で疲れるなんてまだまだだな。これでも大分落ち着いたんだぜ。お前が訓練がしてころが一番きつかった!」
「ユダ君、食事中に悪いが少し良いか?」
「「えっ!?」」
常世が突如として現れたことに、ユダ、フェリス、アルスの三人は等しく驚愕した。
「ギルドマスターがお呼びだ。食事を終えたらギルドマスター室へ行ってくれるか?」
「分かりました。ところで常世隊長はどこから――って、いない!?」
現れたかと思えばすぐに消えた常世に、ユダは驚きを隠せない。一ヶ月間訓練を教わったものの、常世については何も分からなかった。
今判明しているのは、常世が偽名であること、そして腰に差した独特な形の『刀』から、彼が五大国の一つ、『出雲』出身であることの二点のみだ。
「常世隊長の本名って何なんだ?」
常世について考えていると、一つの疑問が湧き上がった。ギルドは実力はあれど、性格に難がある曲者たちの集まりだ。素性を隠すために経歴や家名を明かさないことはあっても、常世のように偽名を使うことはそうそうない。
「――悪いことは言わないから、余計な詮索はやめとけ」
フェリスが、これまで以上に神妙な顔つきで常世の素性を探ろうとするユダを止める。
「なんでだよ?」
「何というか……ジンクスがあるんだよ。常世隊長の本名を知ろうとしたら死んでしまうジンクスがな」
「ジンクスって……」
ジンクスで人が死ぬなんて馬鹿げた話だとユダは思うと同時に、そんなものはありえないと心の底から思った。しかし、二人の反応は、そういった普通の与太話とは違うことをユダに知らしめた。
「……分かった。余計な詮索はしないよ。てか、この前あんなに酒を飲んでいたのに大丈夫なのか?」
以前の宴会の後もこの三人組の誰かの部屋を借りて宅飲みをしていた。無論、ユダは妙に真面目だからお酒を口にすることはなかったが。
脳裏には、宅飲みでべらぼうに酔ったアルスとフェリスの二人の姿が浮かぶ。あれだけ盛大に酔っていたのだから、二日酔いを心配するのも無理はなかった。
「当たり前よ! 俺様を何だと思ってる!?」
フェリスが元気にそう答え、同じくアルスも――、
「心配いらないよ。僕も大丈夫だ」
二人とも、ある程度は飲酒の量を調整できていることにユダは少し安堵した。
「なら安心だ。……ごちそうさま」
二人が二日酔いで業務の邪魔にならないことに安心すると、ユダは目の前の昼食を食べ終えた。
「昼食食べ終わったから、俺はギルドマスターのところに行ってくる」
「おう! ちゃんと盗み食いしてたの謝れよ」
「してないわ! ……二人ともまた後でな」
フェリスと軽口を交わしたユダは食堂を後にした。
―― ―― ――
「俺、なんかやらかしたかな……」
ギルドマスターの執務室――アルデバランが執務を行う部屋を前にして、ユダは思案を巡らせる。アルデバランからの呼び出しに心当たりがないが故に心配だった。
「ウジウジ考えたってキリがないな。入るか」
こんなところで考えていても時間の無駄だ。そう自分に言い聞かせながらドアを叩くと、鈍い音が響く。
「どうぞ」と男の声が返ってくると、ユダはギルドマスター室に入った。
「――ぁ」
執務室に入って一番に目に入ったのは、ユダと同郷の幼馴染、リンだった。彼女とは互いに支え合うという目標を共に立て、ユダはギルドに入隊した。ともあれ、真面目なリンもギルドマスターに呼び出されているのだ。ユダが何かやらかしてギルドマスターに呼び出されたという線はなくなった。
「よぉ! ユダ! 元気にしてたか?」
「こんにちは、ギルドマスター。ええ、もちろん元気にやらせていただいています」
気さくに挨拶をしてきた男――ギルドマスターのアルデバランに、ユダも軽く挨拶を交わす。
「はは! なら良かった。とりあえず腰を下ろしてくれ」
そう言われるがままに客用のソファ―で―リンの隣!!! やったぜ!!――に座る。
「リン、こうやって会うのも久しぶりだな」
「う、うん」
「「――」」
二人の間に沈黙が流れる。
(何か気まずいな……)
以前までは気軽に話せる間柄だったはずだが、なぜか今はうまく話せない。
「そ、その! 今日は天気が良いね!」
沈黙に耐えかねたのか、リンがついに禁断の話題――『天気』について話し出した。ここまで来たらもう終わりだ。
「そ、そうだな! リン!」
「「――」」
再び両者の間に沈黙が流れる。その間に二人は顔を見合わせた。
「はは!」
「ふふ!」
おかしくて、二人から笑みがこぼれた。
「リン、訓練お疲れ様」
「ユダこそお疲れ様」
互いを労い合い、二人はハイタッチを交わした。そしてこの部屋にはユダとリンを見る者が一人。
「随分と仲が良いじゃないか」
アルデバランが三つのコップに慣れた動きで紅茶を注ぎながら言った。
「アハハ、もう長い付き合いですからね。リンとは」
「俺もそういう間柄の人間が欲しかったよ。……紅茶だ、ぜひ飲んでくれ」
そう言いながらアルデバランは、紅茶の入ったコップをソファに挟まれている机に置いた。
「紅茶、自分で入れるんですね」
正直、アルデバランのように高位の人は、使用人のような人に雑事を任せているとユダは思っていた。
「友人が紅茶を入れるのが趣味でな、自然と俺も覚えたんだ」
ユダの正面にアルデバランが座った。さすがギルドマスターの執務室にあるソファと言うべきか、アルデバランの巨体をもソファは優しく包み込んだ。
「遠慮してないで、飲んでくれ」
アルデバランが紅茶を飲むように勧めてきた。リンは目を輝かせる。
「いいんですか!?」
「おう! 俺の秘蔵の紅茶だ。味には期待してくれていいぞ」
香りを堪能すると次は、口元まで持ってきたコップに口をつけて、紅茶を少しだけ口に含む。
「――美味い」
美味い――そんな単純な言葉では言葉足らずだ。しかし今のユダには、ありきたりな言葉でしかこの紅茶の美味しさを表現できない。それが悔しい。
「美味しい……」
どうやらリンもユダと同じように思っていたらしく、その美しい口から感想をこぼす。
「中々良い反応してくれるじゃないか!! さて、舌を湿らせたところで本題だ。準備はいいか?」
「ええ」
ユダの頷く声は少し震えていた。
突然の呼び出し、何か悪いことを想像してしまう。
「お前たちと会うことを望んでいる人がいてな。その人と会ってほしい」
「それって誰ですか……?」
「アアル王国第137代国王、セクメト・アアル様だ」
「――」
二人は無理解に襲われた。
セクメト・アアル。五大国の一つであるアアル王国の現国王であり、若くして王位を授かった誰もが認める為政者。
それを長い時間を経て理解すると、驚きが遅れて二人にやってきた。
「「えっ!?」」
ユダの思春期を経て少し男らしくなった声と、リンの少女らしい高い声が混ざった声が、アルデバランの執務室に響いた。
「な、何で国王様が私たちを……?」
「そ、そうですよ。何で俺達みたいな未熟者を」
しれっとユダがリンのことを馬鹿にしたが、そんなことを気にするほどの頭の余裕はない。てんやわんやな状況になっているユダとリンを見て、アルデバランは静かに嘆息した。
「順を追って話すから、少し落ち着いてくれ」
アルデバランの想像以上にユダたちが混乱していたのか、落ち着くように促す。
「そもそもお前たちは自分の立場を分かってるのか?」
「立場……?」
立場、そう言われてもいまいちしっくりこないのが今のユダたちだ。言葉の意味通りに捉えるのならば、ユダたちの立場はギルド隊員だ。しかしアルデバランが言っているのは、そういうことではないことは分かっている。
「お前たち二人が、アアル魔力大学の唯一の生き残りだ」
「――ぁ」
今まで目を背けていた事実を突き付けられて、ユダの口から不恰好な声が漏れる。周りの反応から薄々気づいていた。
しかしユダはそれから目を背け続けていたのだ。だからそのアルデバランの発言は、ユダの心を――否、ユダとリンの心を鋭利な刃物で切られたかのように傷つけた。
(そんなの……)
ユダとリンだけしか、『アアル魔力大学』の惨劇から生き残っていないなんて、そんなこと信じられない。否、信じたくない。
「古傷を抉り取るようで悪いが、それが事実だ。それを踏まえた上で聞いてほしい。国王様はアアル魔力大学から生き残ったお前たち二人に興味があるようでな、テロの時のことを話してやってほしい」
テロの時のことを思い出すなんてことはユダの弱い心では到底できなかった。しかもユダはテロの狼煙となった魔術攻撃の中心地――アアル魔力大学にいた身だ。人一倍テロの悲惨さを体験している。
「お前たちには、あのテロで一番の被害を受けたアアル魔力大学の悲惨さを後世に伝える責務があるんだ。辛いだろうが、やってもらいたい」
アルデバランは淡々とそうお願いする裏腹で、心苦しく思っていることをユダは感じ取れた。後世のため――そんな大義があるのだ。できることなら二つ返事で了承したい。しかし今のユダには無理だ。やはり怖いものは怖い。
「――分かりました。ぜひ、謁見させてください」
ユダが恐怖で返事に戸惑っている中、リンは了承した。少女の小さな拳を握りしめている姿から、その覚悟をユダは感じた。
また同時に宴会の日のアルデバランの言葉を思い出した。
『お前がそうやって傷つくのは当然の話だ。その痛みは忘れなくていい。だが、その痛みに殺されるな。その傷を抱えたまま、笑ってみせろ。それが『生き残った者の義務』ってやつだ。そうやって笑えたなら、今度はその痛みを繰り返さないようにやれることをやれ』
恐らく今回がその痛みを繰り返さないためにできることなのだろう。
(だったら俺も――)
自分よりも身長が小さくて、可憐な少女が覚悟を決めたのだ。ならばユダが気後れする道理はない。
「リンがそう言うなら俺も覚悟を決めます。俺も謁見させてください」
「よく覚悟を決めてくれた。まあ、俺もついていくから安心しろ」




