第二章第十六話『乱戦』
(何なんだ!? あれは!!)
空より舞い降りたのは、蛇のような長い身体に角や鱗、そして夜の闇さえも飲み込むような漆黒の翼を持つ、巨大な『魔龍』だった。
「ウォォォォン!!」
ユダは動こくことを許されなかった。
『魔龍』がその大翼を広げただけで、周囲には強烈な旋風が広がった。津波ように襲い掛かる風に誰もそれに近づくことを許されない。
否、違う。
「和葉殿!!」
「覚悟するでござるよ!!」
二人の刀剣流の剣士。常世と和葉は、その場にとどまるのが一杯な者たちを置いて、その悪を打倒さんと走り出した。
二人の剣士が、暴風の壁を切り裂く。
魔龍の眉間の前に立つ、『憤怒の罪人』。
「いいだろう相手してやる」
憤怒の罪人は然したる焦りもなく、獰猛な笑みを浮かべた。それと同時に、使役する『魔龍』に命令を下す。
「ブレス」と。指を使い、指向性を持たせながら。
『魔龍』の喉元に熱源が迫る。その熱源は、一瞬で『魔龍』の大口から溢れ出し、極光となって放たれた。
走る和葉と常世どころか、この場の大勢をゆうに飲み込める一撃。常世と和葉は言葉を交わさなかったが、示し合わせたように対処を開始した。
「「『桜流し』!!」」
二者ともに同様の構え。
刀剣流上級技であるその剣技を、一寸の狂いもなく使用する。
左右に展開した二人のしたには、円が広がっていた。
その円に迫る破滅の咆哮。
ブレスが円に触れた刹那、剣技は真価を発揮した。
それはさながら、この城についた時にみた神櫻が散る様。ブレスは、桜が散るように美しく朽ちた。
「流石『剣王』でござるね!! 手合わせを願いたいでござる!!」
「それもこの者たちを対処してからです。龍の方は頼みます」
和葉を軽くあしらいながら、二手に分担。
常世は憤怒の罪人に、和葉を続けて魔竜の相手をする。
「こい!! 旧時代の愚者達!!」
拳を構え臨戦態勢を取った憤怒の罪人。
『刀剣流剣王』と『憤怒の罪人』の激突が起きた時、ようやくユダ達は動きだしていた。
魔竜の翼による風は、ブレスを吐いた時点で効果を失っていた。
「アルス、フェリス。行くぞ!!」
ユダは気づけば叫び、三者は走り出していた。何ができるかは分からない。けど何かをしないといけないという、漠然的な強迫観念がその若き背中を押した。
「おい待て!!」
先輩たちの声は、半ばハイになっていた三人には届かない。
三人の目標は『魔龍』だ。
既に常世と憤怒の罪人は、超常的な戦いを繰り広げており、介入する隙間はなかった。
瓦礫の山を乗り越え、刃を振りかざそうとした時、後方に違和感が走った。
不気味な気配だ。それはさながら死人のような。
「あぁっぁ!!!!」
誰かの発狂が耳を痛く刺激した。
背後。
展開されていたのは、この世の理への反逆。或いは命の冒涜。
(おかしいだろ!! そんなのって!!!!)
幻術の類ではなかった。
それは明確に現実で起きている事象であった。
――死体が動いていた。
四肢の欠損はなく、従来の肉体を維持していたが、蒼白な肉体は、血が通っていないことを示していた。
死体が動いてるだけなら良かった。
けど今動く死体は、獲物を持っていた。この死人達は生者を殺す兵、言うなら『屍兵』だった。
後方にはギルドの者、出雲の武士を含む大勢がいた。だがそれが霞む程の圧倒的な物量が屍兵にある。
そして前方には、『魔龍』に『憤怒の罪人』といった規格外の存在が。
(俺たちの相手は魔龍じゃない!! あの屍兵だ!!)
ユダ達の勇み足は無駄となった。
だがユダの後悔を、隣にいたアルスは自身の剣技を持って切り裂いた。
「『高速抜剣』!!」
ユダの皮膚が風を感じると同時、肉薄していた屍兵をアルスは斬っていた。
屍兵と生者の戦いが始まっており、アルスもそこに紛れて剣を振るっていた。出雲、アアル王国両陣営関係なくだ。
桜花将軍は、三人衆の恵の護衛のもと安全な場所へ避難。恐らく、レオンハルトも先輩達も連れて同様に安全な場所に移動したのだろう。
「先輩達すみません!!」
「チっ!! 俺は龍退治したかったのによ!!」
魔竜の方に行ってしまったことを謝罪しつつ、ユダは手の震えを抑えながら、屍兵の首を斬る。血はできず、物寂しい音を立てながら地に落ちた。
フェリスは御伽のようなことをできず、残念がりながらも明確に屍兵を倒していく。
武の心得があるため、そう簡単には屍兵には負けない。だが如何せん、物量が多い。
(押されている!!)
屍兵の数は衰えることを知らず、倒しても倒しても起き上がってくる。例えば首を斬ろうとも、首無しの状態で人を襲う。
「クソ!! きりがないぞ!!」
フェリスが毒づき、屍兵の刺突を回避しながら強引に斬り伏せる。
「どうしたらコイツラを殺せる!?」
アルスは必死に弱点を探しながら、屍兵の攻撃を待たずに素早く斬り伏せる。
「『桜流し』!! 屍兵なんだからもう死んでるだろう…」
ユダは軽く突っ込みを入れながら、刀剣流の技をで対処をする。
「魔獣で一掃するから、みんな避けて!!」
副隊長マナ・イハートは、魔術を使用することを伝えて、詠唱を開始。彼女が気風が変わるのを肌で感じながら、集団は横にはけた。
「『炎砲』!!」
繰り出されるのは炎中級魔術。
熱い炎の砲撃は屍兵の身を焼いた。まさに火葬。
炎の砲撃が、折り重なる屍兵の群れを次々と飲み込んでいく。
肉の焼ける嫌な臭いと熱風が広がり、一度は屍兵の物量が物理的に削り取られた。
「よし、やったか!?」
フェリスが口笛を鳴らし、盛大なフラグを立てる。
「ダメだ、マナ副隊長!! あいつら、焼かれても灰から再生しようとしてる!」
ユダの言葉通り、炭化したはずの屍兵たちが、黒い煤を魔力で繋ぎ合わせ、再び歪な形となって立ち上がる。それどころか、マナの放った炎の魔力を吸い取ったかのように、その身体に黒い炎を宿し始めていた。
屍兵の猛攻が強まる。
必死に持ちこたえてはいたが、徐々に防衛に綻びが生まれ始めた。より一層濃い死臭が周りに流れる。
「ウォォォン!!」
更に悪い報告と言わんばかりに、魔龍の咆哮が、出雲の空を震わせた。
その直後、魔龍の全身にある鱗が、逆立つようにして赤黒い光を帯び始める。喉元に集約される熱量は、先ほどのブレスを遥かに凌駕し、もはや一方向を焼く線ではなく、周囲すべてを呑み込む爆発の予兆を見せていた。
「――全方位拡散型か。欲張りなことだな」
常世がハマルティアの拳を弾き飛ばす。その声には、剣王としての冷静さと、一抹の焦燥が混じっていた。
「申し訳無いでござる!! 拙者が未熟だったが故に!!」
和葉は膝を地面につき、激しい呼吸をしながら皆に謝罪する。和葉は複数部に出血しており、限界を迎えようとしていた。
「だが止めるでござる!!」
血に染まった唇を噛みしめ、力を振り絞って立ち上がって構えを取るのだった。




