壮大な世界の物語~世界の悪に全てを奪われた少年、絶望の果てに勇者となる~
その日『大罪教』よってテロが行われた。
地獄だった。この世のすべてが、燃えていた。黒煙が空を覆い、瓦礫の街を炎が呑み込む。今まで通っていた『アアル魔力大学』だってそうだ。
誰の叫びも、祈りも、もう届かない。
「リン!! いないのか!? お願いだ...お願いだから声を聞かせてくれ!!」
聞こえてくる燃える音だけ。きっと幼馴染の少女も死んでしまったのだろう。
崩れた建物の下で、ある少年が無力感から膝をついていた。
ある少年ユダは、その光景の中でようやく悟った。
──救いの手はどこにもない。御伽噺で出てくる勇者と呼ばれる存在も、どこにも。
「……クソが」
瓦礫がユダの頭上目掛けて落下してくる。
瓦礫に包まれ、思い浮かぶのは明確な死。
世の不条理への恨みで頭の中が一杯になったとき、ユダは世迷い言を口にした。
「今のこの世界には勇者がいない。だったら──俺が勇者になる」
決意は魂を巡り、封印を行っていた楔を僅かだけであったが解けた。
ユダの白銀の髪が淡く青色に発光した。『勇者』としての覚醒だ。
しかしそれはあまりにも遅く、瓦礫がユダを殺すために落ちた。
鈍い音が響く。
── ── ──
「──ユダ、起きて。寝坊だよ」
(……声?)
まぶたの裏が、白い光で満たされる。
見慣れた天井。木造の梁。
窓の外には、陽の光と、鳥のさえずり。
( ……夢、か?)
ユダの視線の先で、少女が笑っていた。
長い青髪に、快活な目。
幼馴染の少女リンが、そこにいた。
「朝ごはん冷めるよ」
「……ああ。ごめん、リン」
テーブルにはパンとスープ。
当たり前の日常が、そこにあった。
温かくて、眩しくて、どこか痛い。
ユダはただ、その光景を見つめていた。
「ねぇ、ユダ。今日の課題、ちゃんと終わらせてよ?」
「分かってるって。……もう、遅刻はしないさ」
そう言って笑った。
リンも笑い返す。
まるで、あの地獄が夢だったかのように。
だが、その瞬間。
彼女の姿が、ふっと、揺らいだ。
パンくずが空中で止まり、世界が静止する。
光が弾け、視界が白く染まる。
──幸せの記憶が、消えていく。
「リン──!」
手を伸ばす。だが掴めない。
光がすべてを呑み込み、再び闇がやってきた。
── ── ──
「──はっ!!」
意識の覚醒。
全身からヒリヒリとした痛みを感じる。しかしそれがユダが今を生きていることを証明した。
「ようやく目を覚ましたか。お寝坊さんだな」
耳に入ってきた男の声の主を確認しようとして、体をユダは起き上がらせた。
(寝台で寝ていたのか...)
「あなたは?」
ユダの寝ていた寝台。その横の椅子に座っていたのは赤髪の男だった。その赤髪の男は蒼炎の目でユダをじっと見つめて──
「アルデバランだ。王都の警備を任されている民間組織、そして今回のテロを起こした『大罪教』の撲滅を目論む『ギルド』の最高責任者だ。よろしくな、えーっと」
「ユダです」
「そうか。俺は難しい話は苦手だからな。単刀直入に言わせてもらう。ユダ、お前を俺の組織に...『ギルド』に入って『大罪教』と戦え」
「は...? どういうことですか?」
困惑の最中、ユダが唯一紡ぐことができたのはそんな台詞だった。
アルデバランの真剣な眼差しに穿たれて、ユダは目を逸らすこともできない。
「言った通りだ。あの地獄、『テロ』は大罪教に行われた。俺たちはそれを鎮圧する最中、アアル魔力大学でお前を見つけて救出した。...お前の魂を見込んでだ」
(ってことはここはギルド本部の医務室ってことか...? 魂を見込んでって何だよ)
「お前には力がある。誰かギルドに入って手伝って欲しい。世界の悪を、『大罪教』をこの世から消すことを。お前も思うだろ、今回のテロを起こした『大罪教』に復讐したいって」
「っ!!」
自分の中のどす黒い部分を見破られ、ユダは瞠目した。
確かにユダはこの男からテロを起こした組織のことを教えられ、復讐したいと思った。だって友達に大切な人を殺されたのだ、当然帰結だろう。
でも心に残った良心がそれをすることを良しとしない。
「なら守るためならどうだ。復讐ではなく誰を守るために、俺たちに力を貸すのはどうだ?」
アルデバランはユダの顔つきから察したのか、別の視点からユダをギルドに誘った。
「もういないです!! 守りたいと思った人はどこにも!! テロで死んだんだ!! きっと、きっと...!!」
ユダは今まで抱えていた感情を爆発させた。アルデバランは何も言わず、ただユダの激情を受け止めた。
「違う。お前にはまだ残っている。マナ!! 彼女を呼んでくれ」
「今のは誰ですか?」
「マナ・イハート。この医務室の主で、お前の治療をしてくれた少女だ」
視界の隅に映った桃色髪の幼女のことをユダはアルデバランに聞いた。ギルドは10歳ほどの少女を働かせないほどに人手不足なのだろうか?ならば今回のアルデバランの誘いも、彼が今まで吐いた言葉も全部が詭弁なのかもしれない。
そんな悪い可能性に思考を働かせているうちに扉は開いた。そして彼女が現れた。
目先で青髪が靡いた。
「え...? リン...? 本当にリン...?」
「うん、私はここにちゃんといるよ」
必死に彼女のもとに行った。足はふらゆき、今にも折れそうだった。最後、ユダは限界を迎え、リンの体の方に倒れた。
優しい抱擁が行われる。
「あ、あぁぁぁ!!」
リンの体温を感じながらユダは情けない声を喚き散らした。
「大丈夫。大丈夫だよ...」
ユダのあさましさをリンは軽蔑もせず受け止めてくれた。次第にユダは落ち着きを取り戻していき、「ごめん...ありがとう」と声を漏らして自主的にリンから離れた。
羞恥でユダの顔は赤くなっていた。しかしそれ以上にリンが生きてくれていたという喜びの感情が心の中で溢れている。
「実は私、話を全部聞いてたんだ。...だからさ、私の考えをユダに伝えさせて」
「う、うん」
ユダは溢れる感情を抑えてうなづいた。「良かった」とリンは安堵の声を漏らして、話を続けた。
「弱い者同士助け合おう。 お互いのことが大切なら、二人で守り合おうよ。 今の私たちは弱い、全部を守ることなんてできない。だけど、二人で守ることくらいはできるはずだから!」
「そうだな、そうしようリン!」
ユダは考える時間もなく、激しくうなづいた。涙をこれ以上流していられない。これからユダは彼女と共に守りあうので、弱さばかりは見せられない。
ユダはリンではなくアルデバランの方を向いた。リンもだ。
二人並んで『決意』を口にする。
「アルデバランさん、俺を俺たちをギルドに入れさせてください!!」
「アルデバランさん、私を私たちをギルドに入れさせてください!!」
二人の声が重なった。想いは同じだ。
「ああ、歓迎するぜ。二人とも。そして心から感謝しよう、『ギルドマスター』アルデバラン・イハートの名前をもって、お前二人の『勇気』に」
こうしてユダとリン・フィオーレはギルドに入ることを決めたのだった。
世界の悪と戦うという大義はほんの少ししかない、今はただ目の少女(少年)を共に守る為の力を求めて──
アルデバランの相貌が歪む。そして──
「それじゃぁお客様対応も終わりだ! 明日から実力をつけるために死ぬほどキツイ訓練を受けてもらう。せいぜい頑張れよガキども!!」
全力訂正。
ユダとリン・フィオーレは問題児ばかりのギルドに飛び込んでしまったのだった。
── ── ──
「っ!!」
ユダの視界の端に気配が走る。
振り返るよりも早く、背中に衝撃が突き抜けた。
「がはっ!!」
地面に倒れ込み、肺から空気が全部溢れ落ち、痛みが体全体を巡り、まともな思考能力が剥奪された。
「立て。今のその瞬間で君は数回殺されるぞ」
ユダを木剣で斬ってきた男は淡々と事実を述べた。励ましてはいない。だからと言ってユダを蔑ろにしていない。彼なりの優しさだ。
「言われなくても!!」
ユダに訓練をつけてくれている男の言葉に触発され、ユダは立ち上がった。利き手で剣を握っていた右手が痺れる。
剣の重さも疎くなる中、ユダは勇ましく吠えた。
「うぉぉぉ!!」
「威勢も十分。だがまだ足りない!」
(あ、これは死ぬやつだ...)
木剣が大きな弧を描きながら、ユダを襲う。何も言い残すことができず、ユダの意識は飛んだ。
物語はこの地獄のような訓練が始まった日に戻る。
── ── ──
「お前にはこいつから訓練をつけてもらう事になる。因みに剣術の訓練だ。お前には剣術の才能があるからな。常世、任せるぞ」
ギルドマスターの執務室。中にはギルドマスターが使う机椅子に、客人用の向かい合ったソファ。部屋は全体的に調和が取れて、ギルドマスターも浮いていなかった。
そこでユダは、アルデバランと一人の男が座っている向かい側のソファに座りながら、ギルドマスターの話を聞く。
「ギルドマスター殿の説明通り、俺が君の訓練を担当することになった『第一部隊隊長』の常世だ。宜しく頼む」
常世と名乗った男は、ソファ越しでも分かる長身だ。凛とした顔立ちをしており、黒色の髪は長く、髪と同じく黒い瞳はダイヤモンドのようだった。
「と、常世隊長。宜しくお願いします!!」
「おいおいユダ。あんまり緊張するな。常世って変な偽名は名乗っているが、ギルド内で珍しいまともな奴なんだぜ。それにお前はこいつが隊長をしている第一部隊に所属することになるんだ」
アルデバランが茶々を入れた。
彼の口から出た『第一部隊』がギルドの四つある部隊の一つにして、ユダが所属する部隊だと理解したとき一つ疑問が浮かんだ。
「彼女は...リンは俺と同じ部隊の所属になるんですか?」
「彼女ってお前ら交際──」
「してないですよ! 三人称です!!」
ユダは『交際』という言葉に食いつき、アルデバランの方まで顔を近づけて、名誉を守るために──主にリンのものを──勢い良く否定した。
「わ、わかった。わかった! 三人称だよな」
アルデバランがちゃんと分かってくれたことに安堵し、ユダは自分の行動に羞恥を感じながら顔を戻した。
ふと気になり双眸を常世の方に向けると、彼は今のアルデバランとユダの会話に興味がさほどないのか、出された紅茶を何食わぬ顔で飲んでいた。
しかしその姿は、紅茶を味わっているようには見えなかった。
「コホン、それでリンのほうだがあいつは第二部隊の所属になった。まぁ...ユダとは違う部隊だな」
「そ、そんな! それじゃ約束は!!」
落胆の思いを込めた声を発したユダ。瞬時にアルデバランの鋭い眼光に穿たれる。
「別にお前達の約束を無下にしたいわけじゃない。けどなユダ...ギルドはどこの部隊も人数不足だ。貴重な新人二人を同じ部隊に所属させるわけにはいかねぇんだ」
アルデバランは優しく諭すように、ギルドの内情を話した。
「それにお前らが同じ部隊じゃないと約束を果たせないってわけじゃないだろ?」
(確かにな...)
ユダは考えを改めた。
「...そうですよね。すみません」
ユダが脳裏に少女の笑顔を浮かべながら、残念そうに静かに呟いた。別に大きな問題ではないと、心の中で割りきると、今までの熱を冷ますように出されていた紅茶を口に含んだ。
(熱っっつ!!)
「ともかく、君との一ヶ月間の訓練で、君には俺が流派...『刀剣流』の中級剣士を目指してもらう」
「っ!!」
常世が目標を語る中で、ユダは理解した。この人についていき、訓練を乗り切ったらユダはリンとの約束を果たせるようになるのだと。
故にユダは──
「常世隊長! 早速俺に訓練をつけてください!!」
── ── ──
「っっは!! あ、あれ俺どのくらい意識が飛んでいましたか...?」
「二十分程だ。──休息時間には十二分だっただろう」
訓練が始まった日のことをユダは思い出し、リンとの約束を守るんだろ俺!!と、自分を鼓舞して岩石のように重い体を動かした。
剣を構える。それが訓練開始の合図となった。
「では行くぞ」
常世は踏み込み、ユダに斬り掛かった。
その攻撃はユダの目にはあまりに早すぎて、対応できないもの。そのはずであったが──
「っ!!」
喉元に迫った木剣を気づけば振り払っていた。
(対応できた...常世隊長が手を抜いたのか? いや俺が成長しているんだ!!)
自分が常世隊長の攻撃を不完全ながら捌けたという慢心がいけなかった。
さらに次の段階へと
「一撃を何とかして程度で満足するな。二、三撃目も対応できるようになれ」
「ぐへぇ!!」
気絶。
「二、三撃目も対応できるようになったら、今度はカウンターを決めれるようになれ」
「は、はい!!」
また気絶。
「今度はカウンターを自分がしやすいように俺を誘導しろ」
「はぁはぁはぁはぁ、は、はい!」
またまた気絶。
(や、やばい。生きた心地ちがしない!!)
何とかひと休憩を頂き、ユダは地面に倒れて肩で呼吸をする。呼吸をゆっくりと整えながら上目遣いで常世の方を見ると、彼はユダと何度も斬り合っていたのに息の乱れ一つもなかった。
(俺程度じゃ常世隊長を疲れさせることもできないかの...)
「ほ、本当に俺は強くなっているんですかね?」
「強くなっているさ。はっきり言って、『異常』なほどに」
一瞬常世がユダのやる気を下げないための戯言に思ったが、彼の真剣な眼差しがそれを否定した。
自分が成長している。師である常世が言ってくれた
「だったら他のギルド隊員と戦ったら!!」
勝てるかもしれない。
「いや、それは絶対ない。君の友人、アルスやフェリスと戦ったら十中八九瞬殺されるだろう。...今はな」
「げっ!!」
残酷な事実を突き立てられ、ユダは意気消沈した。だが成長しているというのは紛れもない事実なのだろう。
そんなことをユダは考えていたため「いずれ彼らを超えて、そして俺を超えるだろう...だって君は『勇者』なのだから」と、ユダへの期待を込めた言葉は耳には入らなかった。
「もう昼時だな。このまま昼休憩に入ろう。また一時間後ここに集合だ」
昼を告げる鐘の音が響き、ユダの訓練は一旦お開きとなった。ユダは先程常世の口から出たアルスとフェリスといった友人たちとご飯を食べるために食堂に向かうはずだった。
ユダは臍を嚙むことがないように、常世の方を真っ直ぐ見た。
「もう一回、もう一回だけお願いします!!」
ユダの決意を常世は受け止めた。
「……一度だけだ。来い」
その言葉に、ユダの心臓が跳ねる。全身が痛いのに、体が勝手に前へ出る。
ユダは深呼吸をすると、胸の奥底に押し込めていたテロの日の記憶へ手を伸ばした。
──炎。
──叫び。
──崩れる瓦礫。
──伸ばした手が届かなかった幼馴染。
燃える建物。死にゆく人々。
ずっと見ないふりをしていた光景を、今あえて呼び起こす。
(全部、全部……俺が弱かったからだ。だから力を手に入れる。リンを互いを守れるような力を!!)
その瞬間、体の奥で何かが弾けて、魂が熱く燃え上がった。
「行きますッ!!」
爆ぜるような踏み込み。
常世が受けの構えに移るのを見て、ユダは意図的に魔力を一点へ集めた。
手が熱い。
剣が震える。
そして──
青い光が剣を包んだ。
美しく、その淡く光る青色はさながらリンの髪のようだった。
(……え? 何だこれ能力…?)
ユダは自分の剣の変化に気づきながらも止まれない。
止まる必要もなかった。
ただ自分を信じるだけ。
「ふッ!」
振り下ろした瞬間、ユダは確信した。
それは今までのユダの一撃ではないこと。
剣が空気を裂き、
地面が反発し、
視界のすべてが線になる。
常世の木剣が受けに入る──
だが、
バンッ!
常世の剣が、押し返された。
常世自身が、床を滑るように一メートル後退した。
普段崩れない常世の体勢が、
わずかに、しかし決定的に揺らいだ。
訓練場の空気が止まる。
常世は、驚愕ではなく──
喜びにも似た表情 を見せた。
「……素晴らしい一撃だ」
その声は、今まで聞いたどの声よりも深かった。
剣士として、師として、心の底から称賛する声。
ユダの胸が一気に熱くなる。
「……っしゃあああ!!」
気づけば拳を握り、全力でガッツポーズしていた。
込み上げる歓喜は抑えられない。
── ── ──
昼を告げる鐘の余韻がまだ残る中、ユダは食堂の扉を押し開けた。
途端に、肉の焼ける匂いと、煮込みの湯気、ざわめく人の声が押し寄せてくる。
さっきまで剣を振っていた訓練場とは、まるで別世界だ。
(……生きてる)
そんな当たり前の事実に、思わず安堵する。
トレーを手に取り、適当に料理を盛る。
量は多い。常世に言われた通り、体力をつけなければ話にならない。
席を探して視線を彷徨わせた、その時。
「──ユダ!!」
聞き慣れた声に顔を上げると、手を振っている二人組がいた。
短髪で快活な笑顔のアルスと、眼鏡越しにこちらを見ているフェリスだ。
「こっちこっち!」
ユダはトレーを持って駆け寄り、二人の向かいに腰を下ろした。
「顔色悪いけど、大丈夫か?」
「大丈夫……って言いたいけど、正直ボロボロだ」
ユダが苦笑すると、フェリスは声を上げて笑った。
「ははっ! 訓練始まって一週間でそれなら上出来だろ」
「いや、常世隊長が相手だと上出来の基準が壊れるんだよ…」
フェリスがスプーンを止め、じっとユダを見る。
「常世隊長に直で剣を見てもらえるって、普通じゃねぇ」
フェリスが身を乗り出す。
「だって常世隊長って、“刀剣流の剣王”でしょ?」
「剣王……?」
ユダが首を傾げると、フェリスは「は?」と驚いた顔をした。
「あ、そっか。まだ教わってないのか」
アルスはスプーンでスープをかき混ぜながら、何気ない口調で続ける。
「剣術ってさ、階級があるじゃん」
「……なんとなくは」
詳細を知らないユダは、そんな生返事をした。
「初級、中級、上級。ここまでは年月をかければ目指せる」
「その上が、豪級」
「さらに上が、王級だ」
さらっと言うが、その声には僅かな重みがあった。
強者達への称号を語るアルスの目には憧憬があった。
「王級ってのは、流派の頂点だ。隊長クラスはだいたいここだけど、五大国に一人いるかどうか。ギルドの戦力が高すぎるんだよね」
ユダは、無意識に握った自分の手を見た。
あの一撃。
あの時、確かに——常世の体勢が揺れた。『刀剣流剣王』という圧倒的強者の。
「でさ」
アルスが少し声を落とす。
意識が手から離れた。
「王級ですら、上があるんだよ」
「……上?」
剣の王の上とはいったい何だろう。そんな疑問は重圧感をもった言葉に押しつぶされた。
「剣帝」
その言葉に、ユダは黙った。今の自分が如何にちっぽけなのかを理解したように。
「流派とか階級とか、全部ぶっ壊した存在。
その時代で、一番強い剣士にだけ与えられる称号ってわけだ!!」
フェリスは笑って肩をすくめながら補足した。
「ま、伝説みたいなもんだけどな!!」
ユダは、思わず苦笑した。
「……俺には遠すぎるな」
「今はだよ。ユダ」
アルスが、はっきり言った。
「中級にすら届いてねぇのが現実だ」
「うっ……」
ユダが言葉を失う前に、アルスが軽く肘でフェリスを小突いた。
「でも」
フェリスはユダの目を真っ直ぐ見た。
「訓練で、常世隊長が直々に見てる時点で、
普通の道じゃねぇ」
フェリスも、柔らかく笑う。
「中級目指すって言われたんでしょ?」
「……うん」
「それ、簡単じゃないよ」
「中級剣士って、“実戦で人を守れる”ラインだから」
ユダは、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
(守れる……)
剣の階級。
称号。
どれも、今の自分には遠い。
それでも——。
「ま、」
フェリスが明るく言った。
「まずは生き残ろ。常世隊長の訓練」
アルスが真顔で頷く。
「死ななきゃ、次がある」
ユダは、苦笑しながらスプーンを握り直した。
(中級でもいい。王級でも、剣帝でもない)
——今はただ、
もう一度、あの一撃を出せるようになりたい。
そう思いながら、ユダはようやく昼食の手を動かした。
「……でも、目は死んでないね」
「え?」
ユダがきょとんとすると、フェリスは小さく息を吐いた。
「前はさ、もっとこう……焦ってる目をしてた」
「……」
言われて、ユダは言葉に詰まる。
「今は違う。痛そうだけど、ちゃんと前を見てる」
アルスも頷いた。
「確かに。なんか一段階、上に行った感じするぞ」
「そ、そうか?」
ユダは照れ隠しにスープを一口すすった。
だが、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。
(……ちゃんと、伝わってるんだ)
訓練場での一撃。
常世の言葉。
あの瞬間が、ただの自己満足じゃなかったと、初めて実感できた。
「……でもさ」
アルスが声を落とす。
「無理はすんなよ。最近、街の空気おかしいし」
「大罪教の件か」
「うん。アアルの目っていうテロを手伝った組織が、まだ街を荒らしてるんだ」
フェリスが静かに続けた。
「ギルドも、王都も……まだ落ち着いてない」
「だからこそ、だろ?」
ユダは拳を握った。
「俺が強くならなきゃいけない理由は、減らない」
二人は何も言わず、ただユダを見た。
その沈黙は、否定ではなかった。
「……ま、ユダがそう言うなら止めないけどさ」
アルスは肩をすくめ、笑う。
「死ぬほど強くなったら、俺らにも手加減しろよ?」
「常世隊長に瞬殺されるって言われたばっかなんだけど……」
三人は声を立てて笑った。
食堂のざわめきの中で、その笑い声は小さい。
それでも確かに、今のユダを現実に繋ぎ止めていた。
(守るって、こういうことか)
剣を振るだけじゃない。
誰かと笑って美味しいご飯を食べる、この愛おしい時間を失わないために。
ユダは皿の最後の一口を噛みしめるように飲み込んだ。
午後の訓練も、きっと地獄だ。
それでも――
(行ける)
そう思えた。
―― ―― ――
「――常世隊長」
声には重圧感といったものがあった。
今までのユダとは違う気風。
剣を携えているユダは、常世の剣を求めていた。
(言葉交わす必要はないな)
呼応するように、木剣を持ち常世は構えた。
音が消える。
だがそれは刹那的で、瞬きをすれば剣と剣の衝突音が鬱陶しくなるほど聞こえる。
――カンカン!!
「――っ!」
ユダは食らいついていた。
ほんの少し前までは、一手でなぎ倒されて気絶していた少年が、今は二手、三手と増えていっても倒れる気配はない。
(ならば次の段階に)
踏み込みが強くなり、より過酷な斬撃がユダを襲う。
こうしている内にユダは訓練最終日を迎えようとしていた。
その時、常世の視線はユダ以外に向いていた。青い残像を見逃す程常世の魔力感知は弱くはなかった。




