第二章第十五話『襖』
「っつ!!」
出雲城内を一人の女性が走っていた。
『三人衆』最後の一人。八雲琴音。
「ほっんとうに!! わずらわしいんやから!!」
口を開ければ、そんな恨み言が出てくる。
急ぎ将軍の下に向かい、ある『情報』を伝えないといけない。なのに着ている着物は走りにくく、城内の複雑な構造は到着を遅くさせる。
防衛策が正しく機能している証拠でもあるが、やはり煩わしいことであった。
(あともうちょっと!!)
そう思って自分を鼓舞する。
眼の前に立ち塞がるのは巨大な襖。
ターン!!
勢いよく開けた。品性の欠片もないが、有事なのでしょうがない。続いて現れるのは、また襖。
ターン!!
琴音はこれを、前回よりも勢いよく開けた。彼女の行動には襖への怒りが込められている。
(これでようやく将軍の下へ…)
ところがどっこい。
また襖。
いい加減面倒くさい。
琴音は怒りのあまり、蹴り上げてこれを突破。
襖、突破。
襖、突破。
襖、突破。
「あぁぁ!! もう!! 将軍やばいんやからね!!」
最後の襖を突破した時、眼前に広がったのは、出雲の武士とアアル王国のギルド一向。琴音は会議の、そしてシリアスな場面に乱入してしまったのだ。
―― ―― ――
(え? 誰??)
唐突な乱入者にユダは瞠目。
まるで小説の一説のような展開だ。
結婚式に誰かが乱入してくるような。
まぁここは祝の席でもないし、さっきまでシリアルな雰囲気だったので、その表現も確かと言えるかも分からない。
――静寂。
物理的な破壊音と共に飛び込んできた少女、琴音。その勢いのまま放たれた「やばいんやからね!!」という叫びが、広大な謁見の間に虚しく反響する。
そこには、完璧な礼節を持って対峙していたレオンハルトと桜花。そして、今まさに「出雲の真実」を暴き出そうとしていたヒリつくような緊張感があった。
「失礼を承知で申し上げるで!! 現在、大罪教の集団が城に接近!!」
「「っ!!」」
乱入者が持ってきた悲報に、この場にいた全員が瞠目した。
アアル王国の思惑は潰えた。
元来の目的である同盟を結び、その後に出雲と協力して大罪教を叩く。
ギルド、王国の目的を共に果たせるという点で、それが最善だった。しかしこうなった以上それは叶わないだろう。
「同盟の締結は、この戦いを生き延びた後にしましょう。今、この場においては……出雲の将軍としてではなく、一人の武人として、貴殿らの武勇を乞いたい」
彼女は深々と、そして気高く頭を下げた。
レオンハルトは、一瞬だけ驚きに目を見開いたが、すぐに口角を歪めて不敵に笑った。その笑みには、老練な外交官としての計算ではなく、かつて戦場を駆けた一人の男としての覇気が混じっていた。
「……全く。これが出雲流の歓迎の挨拶ですかな、桜花閣下」
レオンハルトは皮肉混じりに呟いた。だが協力要請の否定ではなかった。
「常世、恩は売っておけ。そうしたら後々、こちら側が先導して同盟を結べる」
悪辣な笑みを浮かべたレオンハルト。
それだけで十分だった。常世の周囲の空気が一変し、肌を刺すような鋭い魔力が空間を支配する。
「ギルドの諸君。……我々アアル王国一行は、これより出雲幕府との『暫定的な共闘』に入る。敵は人類の宿敵、大罪教だ。異存はないな?」
「了解」
常世が短く応じ、腰にかけている魔剣に手をかける。
その瞬間、城の深部から地響きのような爆鳴が轟いた。
ユダの鼻が、これまで感じたことのないほど強烈な腐った血の匂いを捉える。
(くる……ッ!!)
直後、謁見の間の巨大な天井が、黒い炎を纏った一撃によって粉砕された。
爆音と伴って落下するそれは、ちょうど真下にいた桜花に襲いかかった。
――キン!!
騒音を一筋の剣筋が切り裂いた。
三人衆の一人、紫川和葉だ。
「――『桜流し』」
立ち込める白煙と、砕け散った天井の礫。
その混沌の真ん中で、和葉の抜刀はあまりに鮮やかだった。
降り注いだ一撃は、和葉の刀が描いた円の軌跡に吸い込まれるようにして、桜花の頭上数センチで霧散する。
「間に合って良かったでござる。――さて上に何かがいるでござるね」
神妙な顔つきで和葉は見上げた。
それにつられて全員が天井が抜けた穴に、視線が移る。
魔力感知では何も感じられない。
(けど何かがいる!!)
ゴクリと、ユダは喉を鳴らした。
「有象無象の癖にやるな」
男の声が降り注ぐ。「誰だ!?」と、反射的に叫びそうになった次の瞬間、世界がぐらいついた。
何も起きていないように思えたが、確かに変化は起きていた。
この大広間、その中央に世界の異物。
世界の異端児は、何の違和感もなく存在。
「……っ、いつの間に!?」
ユダの叫びは、その場にいた全員の驚愕を代弁していた。天井の穴から降り注ぐ瓦礫の雨、その渦中に、男は音もなく着地していた。
魔力感知を、あるいは人間の持つ生存本能としての直感を、完全にすり抜ける。まるでそこには虚無しか存在しないかのような、不自然な気配。
男は深い黒のローブを纏い、フードの影からは暗く沈んだ瞳がこちらを冷淡に観察している。
「名乗りは必要か?」
「名乗ってほしいでござるな」
和葉が数歩前に出て答えた。
桜花は既に恵、琴音と共に後方に移動。レオンハルトの身は、常世が全力で守っている。両陣営の頭共に、一応の安全は確保できていた。
「大罪教の最高幹部である『七大罪人の一人』。『憤怒の罪人』サタン・ハマルティアだ。新時代の天地開闢の意思を持って、この出雲の地を穢す」
「『天地開闢』だと?……大きく出たものでござるな」
和葉の言葉とは裏腹に、その背には冷たい汗が伝っていた。
「どうやって行うのか、ぜひ聞かせてほしいでござる」
和葉の行動は時間稼ぎ、あるいは単なる興味か。
「我らが崇拝する『大罪者』、あの御方には世界を変える力があるのだ」
(っつ!!)
ユダは憤怒の言葉を嘘っぱちだと、叫んで否定できなかった。彼の言葉に一切の嘘はなかった。
『大罪者』、権能者の一人にして次代の『管理者』候補ともいえるその存在は、他の権能者を殺すことによって管理者になりうる可能性がある。
故に世界を変える力があるのだ。
「『大罪者』が転生を果たせば、世界は確実に変わる。この愚鈍と醜悪に満ちた旧世界を変え、新時代を開闢するのだ。そのために、この城を渡せ。俺は、血を流すことは望んでいない。無血開城といこうでないか」
「ふざけないでくうださい!!」
そう叫んで、憤怒の罪人の言葉を桜花は切り裂いた。
「この城は、この出雲大地は!! あなた方に到底渡せれません!!」
桜花は制止する三人衆を振り切って、憤怒の罪人に啖呵を切った。対して憤怒の罪人は、「残念だ」と短く呟きローブを脱いだ。
罪人の顔が現れる。
血が通っているのか、疑いたくなるほど白い肌。しかし、俗人と違わない茶色の髪は、彼が確かに人である証拠であった。
罪人は冷たく言い放つ。
「交渉は決裂だ。この地の神櫻とともに、旧時代の残滓として灰に帰せ」
ドゴォォン!!
次の瞬間響くのは、龍の咆哮。
罪人、否、大罪教との戦いは『魔龍』のブレスと共に始まった。




