第二章第十二話『到着』
出雲の停船所に到着したギルドの一行。念の為に直ぐに上陸せず、船内で待機していると独特な衣装である着物を着た集団がこちらに近づいてきた。
(敵か、それとも…)
頬を伝う汗を感じながら、剣に手をかけて警戒態勢を取っているユダ。だが次の瞬間にはその緊張の糸は解けた。
「おいやめろユダ。歓迎されているんだぞ」
先輩隊員の一人がユダの肩に手をポンと置いた。ユダは「あぁ…」と呆気ない声を出す。どうやら視界が狭かったらしい。
少し周りを見渡せば、他の隊員達は敬礼の体制を取っていた。
(俺だけか…恥ずかしい)
ユダは真っ赤になった顔を伏せるようにして、慌てて剣の柄から手を離した。
確かに、よく見れば近づいてくる着物の一団に殺気はない。それどころか、先頭を歩く人物は恭しく巻物を捧げ持っており、その後ろには歓迎の意を示すためか、色鮮やかな旗が風にたなびいている。
「緊張するのは無理もないさ。大罪教がここにいるもんな」
そうフォローしたアルスの手は微かに震えていた。
彼もまたこの地にいる大罪教に恐怖、あるいは他の感情を持っているのだろう。唯一、フェリスは馬鹿みたいにユダたちを笑って、馬鹿にしていた。
ユダ達は早足で敬礼の体制を取っている先輩隊員達の列に加わった。
「ギルド一行敬礼!!」
常世の号令が、潮風を切り裂いて響き渡った。
整然と並ぶギルド隊員たちの鎧がカチャリと音を立て、一糸乱れぬ敬礼が捧げられる。その中央、タラップを降りてきた外務大臣の横に、常世は静かに寄り添っていた。
それに応えるように、着物の一団がタラップの数メートル前で足を止める。
中央が左右に割れ、そこから一人の少年あるいは少女が歩み出た。
(女子…? いや男子かな)
年はユダより少し上ぐらいか。
髪は茶色で、肩のあたりまで伸びている。
服装はどこかで見たことがある巫女服というもので、『巫女』という特殊な役職を想像させる。
その中性的な顔からユダは男子か、女子かを判断できなかった。
「遠路遥々、海の向こうよりお越しいただき、心より歓迎申し上げます。僕は将軍の懐刀である三人衆の一人の石動恵でございます」
(イスルギ・メグミさんか…)
「お出迎え感謝する。私はアアル王国外務大臣レオンハルト・セレジアだ」
外務大臣が仰々しく名を名乗ると、中性的な少年——恵は、その穏やかな微笑みを絶やさぬまま、出雲流の丁寧な一礼を返した。
その所作は流麗で、風に舞う木の葉のように自然だった
「石動殿。我々も急ぎの身だ。さっそく将軍閣下にお目通り願いたいが……」
常世が、レオンハルトの背後から一歩前に出る。 その瞬間、恵の瞳がわずかに細められた。常世の圧倒的な魔力と、その奥に潜む「何か」を、恵は見透かそうとしているようだった。
「もちろんでございます、馬車は用意しておりますので、将軍のいる出雲城までご案内します」
「それでは、こちらへ」
恵が静かに手を差し出すと、停船所の奥から、王国のものとは意匠の異なる豪奢な馬車が数台、音もなく滑り込んできた。
車体には出雲の象徴である櫻の紋章が彫り込まれ、それを引く馬たちもまた、不思議なほどに落ち着き払っている。
ユダは促されるままに、アルスやフェリスと共に後続の馬車へと乗り込んだ。 車内に漂うのは、清涼な線香のような、あるいは古い紙のような、嗅ぎ慣れない異国の香りだ。
「歓迎するでござるよ!! 王国のご武人達!!」
「「は…?」」
馬車内にいた先客にユダたちは衝撃を隠せなかった。
先輩隊員達に助けを求めることはできなかった。先輩達は別の馬車収まっており、この馬車には余り物のユダたちしかいない。
困惑して言葉を失うユダたちを置いてけぼりに、先客の男は陽気な態度を続けていく。
「将軍には『貴方が行くと面倒くさい事になるので、出雲城で待機しないさい』と命令されたでござるが、客人を迎えに行かないのは武士として恥!!」
(まじで誰なんだよ…)
言葉から出雲幕府の人間であることは間違いないとして、この武士は一体誰なのか。
「あ、あの…お名前を聞いてもよろしいですか?」
(さっすがアルス!!)
アルスが勇気を出すと、ユダは内心で彼にこれ以上にない賛美の言葉を与えた。
男は「むむ」と、小説ぐらいでしか聞かない言葉を口にすると、
「失敬失敬!! 拙者は『三人衆』の一人、紫川和葉でござる!!」
(シカワ・カズハさん…)
ユダは心の中でその名を繰り返した。
先ほどの恵と同じく『三人衆』。つまり、この暑苦しいほどの熱量を放つ男もまた、この国の最高戦力の一角ということだ。
和葉は、携えた『刀』に邪魔されないように腕を組んだ。
「ガハハ! 驚かせてしまったようでござるな! 拙者、こう見えても将軍の命を守る盾、そして刀剣流の剣豪でござる!」
「刀剣流!! 俺と同じです!!」
「そうでござるか!! 出雲以外の国に刀剣流の剣士がいたとは驚きでござる!!」
初めて見た常世以外の刀剣流の剣士。興奮するのはユダだけではなく、和葉もだった。
「……三人衆、か。さっきの石動さんとは、随分とタイプが違うんだな」
フェリスが皮肉げに呟くが、和葉は全く気にする様子もなく、むしろ嬉しそうに身を乗り出してきた。
「そうでござろう! この二人が揃ってこその三人衆よ! ……おっと、もう一人、さらに面倒な『才』を持つ者が城で待っておるが、それは会ってからのお楽しみでござる!」
馬車が動き出す。出雲の街並みは、王国の石造りの風景とは一変し、瓦屋根の家々や、たなびく煙、そして何より色鮮やかな花々に彩られていた。
「ところで王国の御仁! 出雲の飯は食ったことがあるでござるか? 今夜の晩餐は豪華でござるぞ! 特にてんぷらという油の魔術が施された料理は絶品で……」
(……緊張感が、死んでいく)
和葉のノンストップな喋りに、ユダは遠い目をした。
大罪教の恐怖に震えていたはずのアルスですら、今は和葉の勢いに圧倒されて、震えるのを忘れている始末だ。
馬車は次第に勾配を上がり、山の上に鎮座する白亜の巨城へと近づいていく。
和葉の陽気な笑い声の裏で、ユダはふと、決戦が始まる気がして、剣の柄にそっと手を添えた。
「あ、和葉さん。あの出雲城が囲むようにしている巨大な木は何ですか?」
「あれは『神櫻』と呼ばれる特別な桜の木でござる!! 千年前の三界戦争の時代からずっと美しい桜を開花させているでござる!!」
力説する和葉。
「あれこそが出雲の誉れ、国の象徴よ!」
和葉はさらに身を乗り出し、窓の外にそびえ立つ巨木を指差した。
出雲城の背後に鎮座するその木は、遠目からでもはっきりと分かるほどに巨大だった。空を覆い尽くさんばかりの枝には、季節外れという言葉を嘲笑うかのように、淡い紅色の花びらがこれでもかと咲き誇っている。
「三界戦争から千年……一度も枯れたことがないって言うのか?」
アルスが信じられないといった様子で身を乗り出す。魔知的好奇心が、和葉の勢いへの恐怖を上回ったらしい。
(まるで出雲城が『神櫻』を守っているみたいだな)
理外のものを見てユダはそんな感想を抱いた。和葉は豪快に笑ったが、その目だけは笑っていなかった。
ユダは背筋に微かな寒気を覚える。
(この人……軽いだけじゃない)
刀剣流。
同じ流派だと名乗ったが、和葉の纏う気配は常世に近い。
軽口の裏に、張り詰めた刃が隠れている。
「守るため、ってどういう意味だ?」
「それは…」
「「それは…?」」
三者ともにゴクリと唾を飲み、和葉の次の言葉を待つ。
「それは…ひ、み、つでござる!!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、和葉は腹の底から笑い出した。
「ガハハハハ!! いやいや、そう簡単に国の根幹を話すわけにはいかぬでござろう!」
「……」
ユダは真顔になった。
アルスは肩透かしを食らった顔で口を半開きにしている。
フェリスは額を押さえた。
(真面目な空気返せ!!)
しかし。
和葉はひとしきり笑ったあと、ふっと息を吐いた。
その瞬間だけ、空気が変わる。
「……冗談半分、本気半分でござるよ」
低い声。
さっきまでの陽気さは影を潜めている。
「守っているのは事実。ただし、それが何からかは――将軍の口から聞くがよい。将軍ならきっと主らに出雲の抱える秘密を話すでござろう」
視線が城へ向く。
神櫻の花弁が風に乗り、馬車の屋根を淡く叩いた。
「三人衆は将軍の懐刀。だがそれ以上に、出雲という存在理由でござる」
「存在理由……?」
アルスが小さく呟く。
「この国は、美しいでござろう?」
瓦屋根の町並み、整えられた石畳、色鮮やかな花々。
戦乱の気配は、表面上は見えない。
「だが美しさは、常に何かの上に成り立つものでござる」
和葉の目が、ほんのわずかに細まる。
「『神櫻』は出雲が成り立つ理由にして、『呪い』でござる」
「それって…」そうやって言葉を紡ごうとしたが、和葉は「出雲城に着いたでござる!!」と、先程のシリアスをかっと飛ばす陽気さに、言葉は行き場を失ってしまった。
どうやら出雲はただの国ではないらしい。
そしてそこには『大罪教』が出雲を狙う理由がある。




