第二章第十話『出会い』
「ふふんふ〜ん!」
鼻歌交じりにリンは王都の街を散策する。
今日は待ちに待った休日。
折角の機会だから友達であるノア、そして友人兼副隊長であるリリと遊ぼうとしたのだが両者から「今日は予定があるから」と断られ、無き崩し的にリンは一人になった。
(まぁ、別にいいんだけどね)
一人は一人でいい。誰かに気を遣わないで済む。
けどどうしてだろうか。
今のリンは自分の隣に、ノアやリリではなくユダが居てほしいと思っている。
(ユダが遠征でいないから恋しくなちゃってるんだな…)
「……私、好きすぎでしょ」
自分の思考に呆れ、リンは小さく溜息をついた。
無意識に足を止めていたのは、色とりどりの砂糖菓子が並ぶ小さな露店。甘い香りに誘われたというよりは、記憶の中にある「誰か」の姿に引き寄せられたようだった。
もし、今ここにユダがいたら。
彼はきっと、なけなしの財布を叩いて「どれがいい?」なんて格好をつけながら、この砂糖菓子をリンに手渡して、子供のような無邪気な笑顔を見せてくれるだろう。
(……バカだな。いない人のことなんて、考えても意味ないのに)
そう自分に言い聞かせながら、リンは店員に硬貨を差し出した。
けれど、ふと気づけば、彼女の手には可愛らしく包装された砂糖菓子が二つ握られていた。
「重症だな、私……」
自分の分だけを買うつもりだったのに、当たり前のように隣にいるはずの「あいつ」の分まで注文してしまっていた。
手に残る二つ分の重みと、分け合う相手がいない現実。
「……これ、どうしよう」
一口かじれば、口いっぱいに広がる暴力的なまでの甘さ。いつもならユダに「甘すぎ!」と文句を言いながら半分押し付けていたはずの味が、今はただ、喉の奥を熱くさせるだけだった。
一人で二つ食べる気にもなれず、かといって捨てるなんて選択肢は最初からない。リンは持て余した砂糖菓子の袋を抱えるようにして、あてもなく人混みを彷徨う。
(……あいつがいなくなってから、街が広すぎる気がする)
訓練場の騒がしさも、ギルドの食堂の喧騒も、今のリンにはどこか遠い世界の出来事のように思えた。
そんな時だった。
「きゃぁぁぁぁ!!」
突如として王都の喧騒を切り裂いた悲鳴に、リンの思考は一瞬で戦闘モードへと切り替わった。
反射的に懐の杖へ手をかけ、声のした路地裏へと駆け出す。ユダがいない今、王都の平和を守る魔導師としての責任感が彼女を突き動かしていた。
「何事!?」
角を曲がり、影の差す細い路地へと飛び込む。
しかし、そこに広がっていたのは凄惨な光景ではなく、拍子抜けするほど静かな空気だった。
そこには、腰を抜かして座り込む一人の女性と、それらを取り囲む数人の武器を持った男。
「おいおい、親分どうするよ」
「ただのアマだろ。さっさと黙らしたらいい!!」
「やめなさいよ、あんたたち!」
路地裏に響き渡るリンの凛とした声。
男たちがぎょっとして振り向く。
そこには、今しがた買ったばかりの砂糖菓子を片手に抱えながらも、もう片方の手で杖をぴたりと突きつけるリンの姿があった。
「なんだ、お前は……ギルドの魔術師か?」
「だったらどうするの? 女の子一人に複数人でかかるなんて、王都の法律以前に男として最低ね。……痛い目を見たくなかったら、今すぐ消えなさい!」
リンが杖の先に魔力を込めると、鋭い光が狭い路地を照らした。
男たちはその魔力の質が自分たちとは比べ物にならないことに気づくと、「ちっ、運がなかったな」と捨て台詞を吐き、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……ふぅ。大丈夫だった?」
リンは杖を収めると、地面に座り込んでいた女性へ手を差し伸べた。
そこにいたのは、見惚れてしまような白銀の髪を長く伸ばした、息を呑むほど美しい女性だった。整った顔立ちにはまだ恐怖の色が残っているようで、彼女はリンの手を恐る恐る握り返した。
「ありがとうございます……。本当にお強いんですね」
「あはは、これでも一応ギルドの一員だから。怪我はない?」
「ええ、おかげさまで。私はミレイユ……ミレイユ・アモールと申します。……あの、もしよろしければ、お礼にお茶でもいかがでしょうか? このままお別れするのは申し訳なくて」
見ず知らずの人と急にお茶、というのも普段なら断るリンだったが、ミレイユの纏う柔らかく、どこか人を惹きつける不思議な空気に、つい「いいですよ」と頷いてしまった。
――数分後、二人は大通りにある、落ち着いた雰囲気のテラスカフェにいた。
「わあ、ここ、ずっと気になってたお店!」
「お口に合うといいのですが。……リンさん、でしたね。先ほどは本当に助かりました」
運ばれてきた香り高い紅茶とケーキを前に、ミレイユは穏やかに微笑んだ。
話してみるとミレイユはとても聞き上手で、リンはいつの間にか、自分から進んで話をしていた。今日、友人たちに断られて一人だったこと。そして、遠征に行ってしまった「大切な仲間」の存在まで。
「……ふふ、そのユダさんという方。きっとリンさんにとって、砂糖菓子よりもずっと甘くて大切な存在なのですね」
「えっ、あ、いや……ただの腐れ縁というか、手のかかるバカっていうか!」
顔を赤くして否定するリンを見て、ミレイユは目を細めた。
その瞳の奥で、わずかに紫色の魔力が揺らめいたことに、リンは気づかない。
「素敵なことだと思います。誰かを想う心は、人を何よりも強く、そして美しく変えてくれる……。私、リンさんのこと、とっても気に入ってしまいました」
ミレイユはテーブル越しにリンの手を優しく握った。
その手は驚くほど滑らかで、リンの心の奥にある「寂しさ」を包み込んでくれるような温かさがあった。
「これからも、お友達として仲良くしてくださいね?」
リンは嬉しそうに「もちろんです!」と返した。
目の前の女性が、人々の心を惑わし、執着の毒で世界を蝕む『色欲の罪人』であることなど、夢にも思わずに。




