EP531:伊予の物語「内攻の瘡(ないこうのかさ)」 その5~美味い料理に舌鼓をうつ~
翌朝は日の出前に影男さんが出仕するから、一応、妻として振る舞うために眠い目をこすりながら着換えを手伝い、お見送りした。
昼頃までは、兄さまの文がくるのをソワソワしながら待ってた。
母君が影男さんの袴を仕立てるようにと、布を持ってきたので針仕事で手を動かしながら。
昼過ぎになって、雑色が私のいる東の対へやってきて困惑した顔で
「若奥様、竹丸と名乗る従者が、主の使いでやってきて、若奥様を市へお連れしたいというのですが、いかがいたしましょう?」
えぇっ??!!
イキナリ?
誰にも何も言わずに出ていっていいのかな?
家出とか失踪扱いにならない??
とためらったけど、このチャンスを逃すと次はないかもっっ!と腹をくくって
「行くわっ!
ええと、影男さん、じゃなくて殿?には
『友人と市へ出かける』
と伝えておいてね!」
市?へ出かけるなら荷物の葛籠は持っていけないわね?!
後で誰かに届けてもらえばいいかっ!
よしっ!
いざという時に動きやすいよう、水干・括り袴・下げみづらの従者姿に着替え、一応、市女笠で顔を隠してすばやく門から外に出た。
路に出て辺りを見回し、馬の鼻を撫でてる竹丸の姿を見かけるとすぐに近づいた。
竹丸が
「あっ!姫っ!来ましたねっ!
じゃ、後ろに乗ってください!
若殿は東市で調査中なので、姫を連れてくるように言われたんです!」
そう言うと、ヒョイ!じゃなくて、モッチャリ!って感じで鐙を踏んで馬に乗り、私も続いてヨイショッ!って感じで鐙を踏んでよじ登り、竹丸の背中にしがみついた。
「急ぐので、馬を駆けさせます!
ちゃんとしがみついててくださいねっ!」
そう言うと、いつもの竹丸からは想像もつかないぐらい速く馬を走らせ、私も必死でしがみついてた。
あっ!という間に東市に到着すると、馬の速度を落とし、ゆっくり人混みの中を歩かせる。
売る人は筵や棚に品を並べて、景気のいい声で客を呼び込んでるし、買う人は価格を交渉するために微笑んだり脅したり泣き落としたり忙しそうで、相変わらず賑やか。
東市の中央通りのさらに真ん中まで来ると、ひときわ広い場所に、屋根と柱があり、その下には木製の机と椅子がぎっしり並んだ店があった。
二十人ぐらいは座れそうな長~~~い机と椅子が、人ひとり通れるかなという隙間で、密に三列並べてあって、すでに全席が埋まってて人々が何かを食べてる。
その人々が何を食べてるのか観察しながら竹丸が馬をつないでるのを待ってると、ギュウギュウに詰まって座ってる客のひとりが私に手を振る。
竹丸が私に近づいて
「あっ!若殿っ!!姫を連れてきましたよ~~~!」
とその客に手を振り返した。
背中に触れないように気を付けて客の後ろを通って、兄さまの席までたどり着くと、兄さまが隣に座るように指さすので、隣の人に詰めてもらって空間を確保して座り、机を挟んで向かい合った席に竹丸が座った。
机の上の皿には二寸(6cm)ぐらいの楕円?六角形?の甲羅の、爪の大きい、真っ赤な蟹が山盛りになってた。
「わっ!美味しそうっ!!」
竹丸と同時に歓声を上げる。
兄さまが
「さ、どうぞ。」
「わ~~い!いただきま~~~す!」
言い終わるか終わらないかぐらいで竹丸は必死で足をもぎ、甲羅を割ってすすりながら蟹を食べ始めた。
私はちょっとお上品?に
「これはモクズガニ?よね?茹でであるの?味付けは?塩茹で?!」
兄さまはうなずきながら蟹の足をもいで、甲羅を割り、白いエラの部分と腹部を取り除いて渡してくれた。
「匙で掻きだしてすくって食べると良いよ。ミソも身も絶品!」
感動しながら黙々と食べ続けてると、兄さまが
「浄見のために用意した屋敷の都合が悪くなった。
別の屋敷の準備ができるまで左大臣邸で過ごしてくれる?」
「えっ?なぜ?何があったの?」
「実は、静かな住宅街を選んだんだけど、向かいの屋敷を臺与が買ったらしく、管理の雑色によると、引っ越しの挨拶に来たらしい。
屋敷の持ち主が私だとはまだ気づいてないらしいが、臺与の目の前の屋敷に浄見を住まわせるわけにはいかないだろ?」
う~~~ん。
怪しい!
向かいのお屋敷の持ち主が兄さまって臺与は知ってたんじゃないの?
ワザと向かいの屋敷を買ったんじゃないの?
それに、と疑問を持ち
「お屋敷をすぐに買えるぐらい、尚侍ってお給料が良いの?」
兄さまが首を横に振り
「いいや。そんなことない。
だから臺与は尚侍の地位を利用して、不正に銭を稼いでるんじゃないかと睨んでる。
もし商売の方法に違法性があれば尚侍を辞職させることができるかもしれない。」
「ふ~~~ん。
で、東市で調べてるのね?
このカニ料理店が怪しいの?
店主は臺与なの?」
兄さまが嬉しそうにほほ笑み
「そう!さすが浄見は察しが早い!
だが残念なことに、この店には何の違法性も無いんだ。
モクズガニは川でとりたての新鮮なものだし、値段も高すぎることはない。
だから人気で繁盛してるが、大した売り上げは無いと思うんだ。」
私は顎に指を添え考え込み
「じゃこの店で儲けてるわけじゃないのね?
他にも店を出してるんじゃない?」
兄さまは
「そうかもな。」
と同意した。
そのとき、上から若い女性の声で
「あら、与四郎さん!もうお帰り?
いつもご苦労さま!」
声の方向を見ると、給仕してくれてる女子が客に蟹の皿を運んでる途中に誰かに話しかけたようだった。
視線の先をふと見ると、昨日、馬を脅かされて落馬するところだった荷車を引いてた男・『荷車ガラ悪男』だった。
その『荷車ガラ悪男』こと与四郎が
「あいよっ!また明日っ!」
と給仕の女子に手を振って立ち去った。
兄さまの耳に口を寄せ
「あの人!昨日馬で帰ってる途中、荷車に木くずを積んで運んでるのを見たわ!」
くすぐったそうにニヤケた兄さまが
「ふむ。なるほど。そういうことか。
私もあいつは知ってる。」
何が『なるほど』なの?
と思ったけど、兄さまが竹丸に
「よしっ!次の店に調査に行くぞっ!」
竹丸は中身を食べつくした甲羅や足をチューチュー吸うのに忙しそうだったけど
「は?はい・・・・わかりました・・・もうちょっとだけ・・・」
兄さまがギロっと睨みつけると、殻を皿に投げつけ
「さっ!行きましょっ!姫っ!グズグズしないでっ!」
スクッ!と立ち上がった。
(その6へつづく)




