EP498:伊予の物語「報復の越境(ほうふくのえっきょう)」その2~伊予、反省する~
影男さんのひそめた眉の下の三白眼の白目の部分がギラッ!と光ったような気がした。
ハッ!ヤバッ!見てたのがバレるっ!!
と慌てて後ろに身を引き、めくってた帷を元に戻した。
急いで褥に寝っ転がって目をつむる。
有馬さんが
「ねぇ、・・・・どうしたの?まだ途中でしょ?具合でも悪い?」
荒い息遣いでそう言うと、影男さんが低い押し殺した声で
「いえ、大丈夫です。
少し野暮用を思い出したので、今夜は失礼します。」
ガサガサと衣擦れの音と有馬さんの焦ったような
「はぁっ??!!
野暮用って何よっ!!
待ちなさいっ!!伴影男っっ!!」
声が聞こえ、影男さんの去っていく足音が聞こえる・・・かと思ったのに一向に聞こえない。
その代わり、東廂側の私の房を区切る几帳の向こうから
「伊予さん、入りますよ」
『はい』とも、『いいえ』とも応えてないのに、几帳をめくって黒い影がニュッ!と房に入ってきたので、びっくりして飛び起きた。
影男さんが水干と袴を手に持った状態で私のすぐ目の前に現れた。
小袖の乱れは整えてあり、腰紐はちゃんと結んであることにホッとした。
胡坐をかいて座る影男さんと正座して向かい合った。
手に持った衣の塊を横に置き、影男さんが低い掠れ声で
「見ましたね?どう思いましたか?」
はぁ??!!
「どうって・・・別に・・・お盛んだなぁとしか・・・」
モゴモゴ呟く。
暗さに慣れてきた目には影男さんの真剣な表情が見えた。
「なぜ、私がこんなことをしたか分かりますか?」
へっ??!!
「なぜ?!って言われても、う~~~ん、私への仕返し?報復?とか?」
暗い中で影男さんがウンと頷いたのが見えた。
「あれ以来、あのときのあなたの顔が目の前にチラついて離れなくなりました。」
はっ??!!!
あのときの、自分の、あられもない姿を思い出してゾッ!とした。
あれをっ??!!
恥ずっっ!!!
顔がカッ!と熱くなった気がした。
「ごっごめんなさいっ!!
本当にバカなことしてしまってっ!!
あのときはどうかしてたのっ!!
兄さまが臺与に媚薬?かなにかを盛られて、それが衣に染みついてたのね、そのせいで、それと、暑くてイライラして、頭が変になってたみたいっ!!
もう二度としないから許してっ!!」
手を合わせて謝った。
影男さんは首を横に振り
「いいえ、絶対に許しません。
そのせいで女子が欲しくてたまらなくなり、望子に手を出すところでした。
向こうもその気になり、毎日文で結婚を要求してきます。
しかし今夜はついに、女色を我慢できなくなり後腐れの無い有馬を誘ったんです。」
は?私のせい?
影男さんの自制心が弱いだけでしょ??!!
とは口に出さず
「別に私の夫でもないから、望子さんでも有馬さんでも好きにすればいいでしょっ!
屋敷に籠ったら私的に護衛してくれるって約束でしょ?
それって、仕事上の付き合いなんだし・・・影男さんが妻を何人持とうが私は気にしないし、全然っ構わないわ!」
言ったあと、ちょっとだけ、チリッ!と胸が焦げた。
ホントは奧さんに、ほんのちょっと?は嫉妬するかも。
でもこれは独占欲みたいなもので、お気に入りの玩具を誰かに貸したときにあるやつ!
恋愛じゃないっ!!と思う。
チラと上目遣いで様子をうかがうと影男さんは眉根を寄せて、口をへの字に曲げムッとして不機嫌そう。
「あなたには夫が一人なのに、不公平じゃないですか?
彼には妻が三人もいて?
あなたは平気なんですか?」
ズキンッ!
心がえぐられた気がした。
「だって!しょうがないじゃないっ!!
私が大人になるのが遅かったんだもの!
兄さまを責められないわ!」
グッ!
影男さんが身を乗り出して、顔を近づけた。
ヤバッ!
口づけされるっっ!!
焦って、顔を背けると、影男さんが
「横になってください。按摩してあげましょう。そのあと添い寝も。」
落ち着いた静かな声で呟いた。
(その3へつづく)