EP494:伊予の物語「辱熱夜の媚薬(じょくねつよのびやく)」その1~伊予、焦る~
【あらすじ:朝廷の権力者であり、私の中では既に『夫』だと思ってる時平様が予告もなしに私の房に逢いに来てしまった。やましいことがなければ、嬉しいっ!幸せっ!ってだけのイベントだけど、物事はそう単純にはいかない。もう何度目?!かの『鉢合わせ』からの→『修羅場』にだけはしたくないっ!!私は今日も、自分の中の制御不能の感情に振り回される!!】
性的表現が不愉快と感じられる方もいらっしゃるかと存じます。
ご不快な場合は、今回は全体を通して『無視』して読み飛ばしていただけますと幸いです。
一話ずつ毎日23:00~公開します!
灼熱の昼間が過ぎ、わずかに湿気を含む涼しい風が吹き始めた夜更けのことだった。
丸みを帯び満ちつつある月が、周囲に白紗のような光を広げる様子が、まるで、何層もの薄布の帷を隔てて、現世から奥ゆかしく身を隠す、高貴な麗人のようだった。
南の廊下で待つのをやめ、雷鳴壺の東にある自分の房に戻った。
するとすぐ、几帳を隔てた東廂側から硬く低い男性の声で
「伊予、私だ。入ってもいいか?」
ドキンッ!!
大きく一度、脈打ったあと、小さく速い鼓動がドキドキと打ち続ける。
焦った私は、上ずった声で
「は、はいっ!どうぞっ!」
・・・・大丈夫かな?
落ち着いてるように見える?
心臓バクバクで、兄さまを房に招き入れた。
冠直衣姿の兄さまが、品のよい白檀の香りを漂わせながら、優雅な動作で背を伸ばし、私に微笑みかけた。
蒼く、暗く、透けるように白い顔をみると、夜に咲く烏瓜の花のように、寂寥とした儚さを感じた。
ギュッ!
一瞬、胸が苦しくなったけど・・・・気づかれなければ大丈夫!
だよねっ??!!
兄さまは直衣を脱ぎながら
「今夜は、宜陽殿で一晩中仕事しながら宿直するつもりだったんだが、思わぬ邪魔が入ってね。」
兄さまから脱いだ衣を受け取り、皺にならないように畳みつつ、ウンと頷き
「そうでしたわね。
文にも今夜はいらっしゃらないとありましたので、ちょうど休もうかと思ってましたの。」
兄さまが袴の紐をほどきながら、上目遣いにチラッと鋭いまなざしを投げかけたような気がした。
ギクッ!!
もしかして語尾が不自然に上ずった??
微妙なソワソワを見破られてる??
内心ヒヤヒヤしてる。
兄さまはニヤッと口を歪めて、何か面白いことを思い出したみたいに
「さっき、ひとりで仕事してると、臺与がね、酒を持って宜陽殿にやってきたんだ。」
「・・・そうですか。」
「疲れてるだろう、とか言って、酒を注がれるから、何の疑いもなく次から次へと盃を干してたんだけどね」
ん?
臺与と二人で仲良く酒を酌み交わしたってこと?
宿直中に?
何の自慢っ??!!
『オレ、モテるぜ!』アピール??!!
ちょっとムッ!として
「まぁ!お仕事熱心ですこと!」
ワザと感心したように大げさに皮肉をいうと、私が嫉妬して怒ってると思ったのか、兄さまは『してやったり顔』でニンマリと笑い
「それはいいんだけど、いつのまにか強い匂いの香が焚かれてたんだ。
むせかえるように粉っぽくて甘い、吸い込むと眩暈がしそうなほど強い匂いで気分が悪くなって、そのまま倒れ込みそうになった。
これはヤバいっ!って思ったから、フラフラになりながらも、やっとのことでここにたどり着いた。
よかったよ、もう少しで・・・・ところだった。」
語尾をモニョモニョごまかす。
そういえば、畳んだときに気づいたけど、兄さまの直衣には白檀に混じって甘い独特の匂いがついてた。
ふんっ!!
どーせっ!!
「何の香を焚かれたの?
臺与の仕業?
・・・・ってことは、もしかして、麝香?」
兄さまが大きく頷きながら、寝所にしている畳の褥の上に座り込む。
「そう!
かの有名な唐渡の生薬で、雄のジャコウジカの分泌物!
催淫作用のある媚薬!
あのまま宜陽殿で一晩過ごせば、臺与とどうにかなったかもしれない。
危なかったーー!!
浄見もそう思うだろ?
ん?あれ?
これは私の送った文?」
ハッッ!!
ヤバっっ!!!
文箱に入れるのを忘れてたっ!!!
(その2へつづく)