EP491:伊予の物語「黎明の贋作(れいめいのがんさく)」その5~伊予、見知らぬ世界に放り出されたときのことを考える~
取り残された私は、立ってるのもつらくなって、ヘナヘナと座り込み、袖で涙をぬぐいながら泣きじゃくった。
「っうっ・・・っうっ・・・・・・」
これからどうすればいいの?
兄さまが『本物の浄見』だと思ってるその女子と結婚することになったら?
その女子が『本物の浄見』と認められ、私は追い払われたら?
私が浄見なのにっ!!!
捨てられるの?
兄さまだけじゃなく、椛更衣や、茶々や、影男さんや、梢から、偽物だと思われて嫌われて、私に成り代わったその女子が、宮中に上がるの?女房として勤めるの?
私はどうすればいいの?
田舎に引っ込む?
山で自力で暮らす?
そんなことできるかしら?
不安でいっぱいになり、涙が止まらない。
でもいつまでもグズグズ泣き続けててもどうしようもない!と気持ちを切り替えようと顔をあげた時、目の前にしゃがみ込む、忠平様の姿が見えた。
手を伸ばして、親指で私の頬の涙を拭い、優しく
「心配しなくていい。
伊予は伊予だ。
浄見じゃなくてもいい。
私は今の伊予が好きなんだ。
出自がどうとか、教養がどうとか、育ちがどうとか、そんなのはどうでもいい。
今、目の前にいる、君のことが好きなんだ。」
は?
そんなこと言われても?
さっきまで私のことあざ笑ってたでしょ?
同情してくれて感激!ありがとうっ!というよりも、ムッ!として
「私はあなたのことを好きじゃないっ!!
同情してくれなくていいわっ!!
都から放り出されたって田舎でも山でも、ひとりでもちゃんと生きていくからっ!!」
言い放つと、キョトンとして驚き、呆れたようにため息をつき
「甘いな。今までちやほやされてぬくぬくと育ってきた姫さまが、ひとりで何ができるって言うんだ?
山?田舎?放り出された途端、せいぜい農民、悪くて賊に手籠めにされて、よくて妻に収まるか、悪くて弄ばれて捨てられるかのどっちかだよ。
自力で生きるったって、傀儡の踊り子にでもなるのか?
自由に見えても彼女たちだって体を売って生活してるんだ。
機織りや縫製の職人になったって、庶民の得られる食い扶持は微々たるもんだ。
今までのように優雅な生活は絶対にできない。
これだから世間知らずは嫌なんだ。
腕力も権力も財力もないくせに、どうやってひとりで『ちゃんと生きる』んだ?」
完っっ全っに論破されてぐうの音も出ない。
だからってホイホイ言いなりになるのはシャクに障るっっ!!
「あなたの言いなりになるぐらいなら、兄さまか年子様に頭を下げて、屋敷の隅に侍女としてでも置いてもらうわっ!!
今までのよしみでそれぐらいはしてくれると思うし。」
忠平様は嘲りの笑みを満面にたたえて
「本物の浄見に成りすまして二年も騙した悪女を、兄上が許すと思うか?
今までの情にすがるだと?
無理だな。
あれほど愛していた兄上が上皇に浄見を奪われた今となっては、自分を騙して時間と労力を浪費させたお前を見るたびに憎しみを募らせ、虫酸が走るぐらい嫌悪するだろうよ。」
「いっ、いいわよっ!それなら、もう一度川に入って野垂れ死んでやるからっ!!」
また涙がボロボロ湧いてくるのを無視して、金切り声で叫んだ。
もうここには一秒だっていられないっ!!って思って、枇杷屋敷を飛び出した。
結局、今は内裏に戻る以外の方法がないので、帰り道をトボトボ歩きながらこの先のことを考えてみた。
私は、本当に、本物の浄見だけど、もし、そうじゃなければ、兄さまは好きになってくれなかったってこと?
でも、左中将さまに嫁入りさせられそうになったとき、
『大人になって初めて出会っていたとしたら一番に求婚していた。誰にも渡さなかった。』
って言ってくれたし、今の私を好きなんだと思ってた。
幼い浄見の成長した姿でなければ、愛してくれないの?
もしそうなら、私じゃなく、私を通して『幼女の浄見』を愛してるんじゃないの?
やっぱり、幼女でなければ愛せない変質者なの?
偽物かもしれないと聞いて私を無視して、フラフラと立ち去った兄さまの態度に、計り知れない不安を抱きつつ、雷鳴壺に帰った。
不安でどうしようもなくなった私は、椛更衣に恐る恐る
「もし、もしもの話ですけど、私の、身元が嘘だったなら、その、源昇の遠い親戚の貴族の娘じゃなくて、田舎育ちの娘だとか、そういう出自だと分かったりしたら、更衣さまはどうされます?」
椛更衣はクリッとした目をさらにまん丸くして眉を上げ、ビックリした表情で
「まぁ!!そうね~~~!どうしようかしら?」
と言ったあと、目を細めてからかうように私をジロジロ見つめ
「ここから摘まみだす?フフフッ!内侍司に身分詐称を通報して?」
えっ??!!
やっぱりっっ??!!!
ギクッ!!として、息をのみ、身を硬くして縮こまる。
椛更衣がイタズラっぽく語尾を上げて
「フフフッ!嘘よっ!そんなことしないわ!伊予は伊予だし。
身分を気にしたりしないわ!
一緒にいて楽しいお友達がいなくなるなんて悲劇よ!
伊予がいなくなれば誰と打ち解けたおしゃべりをすればいいの?」
ホッとして、嬉しくて、椛更衣に思わずギュッ!と抱きついた。
「まぁ!変な子ね!」
といいつつ優しく背中をトントンされ、またジワッと涙が滲んた。
(その6へつづく)